3 暴走
今朝の目覚めは最悪だ。ひどい頭痛は続く。それに加え吐き気もする。
そして意識が鮮明になってくると体の節々が筋肉痛のように痛む。いや、そのように錯覚しているだけかもしれない。
起きあがろうと目を開けて驚愕した。ここはメビウスの船内ではない。するといったいここは・・・白色の眩い光に思わずまた瞼を閉じる。
ゆっくり目を開いてまわりを見るとまるで見たこともない場所だった。私は大きな金属製のストレッチャーのようなものに寝かされている。そこらじゅうに初めてお目にかかる機械類があり、あちこち七原色の光を点滅させている。体を起こそうと力を込めるがまったく動けない。
私はまず気持ちを落ち着かせ冷静さを取り戻すとじっくり考える。あれは夢ではなかった。メビウスはエイリアンの襲撃を受けたのだ。今鮮明に記憶が甦ってきた。その次の瞬間、あのエイリアンたちが私のまわりに姿を現した。まるで彼らが悪魔か極悪な獣のように見える。声を出そうとするがまったく出ない。何も出来ないのだ。私は恐怖心で身震いしてきた。
そしてエイリアンの一体が片手を上げると天井から機械装置らしきものが降りてきた。そこから一本のアームが伸びると先端に備え付けられた円形の金属が回転し始めた。電動ノコ? -やめて!-そう叫んだつもりがまったく声にならない。
電動ノコは回転しながら私の体に迫ってくる。私の体を解剖、いや、分解するつもりなのか。もうこれまでか・・・心の中で覚悟を決めた。だがこのようなことは過去にも経験したということが脳裏を過った。幼い頃の私は地球で死の宣告を受けていたのだ。それでもどうしても生きたいと願う生への執着が、そして両親の計り知れぬ深い愛情が奇跡を起こしたのだ。生きたい。今また強く願う。するとエイリアンたちの後方に二人の人間が佇んでいるのを見た。紛れもなく両親だった。母さん、助けて・・そういったつもりだったが言葉にならない。両親は只黙って微笑みかける。-大丈夫だ。心配いらないーそう語りかけるように。
「豊様・・豊様」何度も自分に呼びかけるソロの声で目を覚ます。
気がつくとメビウスの催眠カプセルの中で横たわっている。
-いったいこれはーわけがわからず私の精神は混乱した。カプセルを開け重い体をゆっくりと起こす。激しい頭痛と吐き気が今だに続いていることを自覚する。
「ソロ、あのエイリアンたちは撃退したのか?」
「エイリアン? いったい何のことですか?」
ソロの返答に私はさらに混乱する。
「宇宙蛍だよ。あの円盤群団は?」
「やはりそうでしたか。私の悪い予感は的中していたようです」
「それどういうことだよ?」ソロの言っていることがまったく理解出来ずに問う。
「豊様の体内のナノマシン、つまり脳のナノ細胞が暴走を始めているのです。この前、豊様はご両親の夢を見たと言われましたね。その時わかったのです。ナノ細胞は夢を見ることは決してありません。それはナノ細胞がすでに異常をきたしているからなのです」
「す、すると今まで俺は夢を見ていたってことか。宇宙蛍もあのエイリアンたちも夢の出来事だったのか」
「そのように思われます」
「俺はこれからどうなるんだ?」不安に耐え切れず私はソロに訊いた。
「私も過去にこのような事例を見聞したことが一度もないので何とも言えませんが、このまま暴走が進めば豊様の体自体が豊様でなくなってしまうと考えられます」
その時、激しい怒りと悔しさが体の中を駆け巡った。生身の人間であった時に死の病に侵され生きたいと願う強い気持ちと両親の並々ならぬ苦労のおかげでやっと不死といわれる人造人間に生まれ変わったというのに・・・なおも死の影は執拗につきまとうのか。よほど自分は死神に気に入られてしまったのか。耐えがたい失望感に打ちのめされ私は頭を抱え込んだ。
「ひとつだけ手立てがあります」そうソロが発した言葉に耳を疑った。
「助かる方法があるというのか?」必死の思いで尋ねる私にソロは説明を始めた。
「私の構造と豊様のナノ細胞の構造は基本的に同じ造りなのです。なぜならどちらも製作者はモハメッド・ソロ博士だからです。従って私自身が発する電磁波を豊様のナノ細胞に送り続けることでナノマシンの暴走を食い止めることが出来るのではないかと思われます」
「しかし、そんなことを行えばおまえ自身の機能が停止してしまうかもしれない」私は思わずそう発していた。
「豊様、これは賭けです。現状ではこの賭けに運命を委ねるしか豊様が生き残れる道はないのです。もし私の機能が停止しても豊様が助かるならそれで本望です。元来、私は豊様を守り助けることが使命でこのメビウスに搭載されたのですから」
「ソロ、おまえ・・・」目から涙こそ出なかったが胸が張り裂けそうな思いがこみ上げた。しかしこれを拒否する選択肢などない。私はソロの指示に従った。まず、私の体の主要部分をソロと電子回路で接続する。そして私の体内のナノマシンが発する同じ周波数の電磁パルスをソロが私に送り続ける。ソロの計算上133日間それを継続しなければならないとのことだった。
準備が整い私はカプセルに横たわった。
「それでは始めます」ソロは落ち着いた口調でいう。
「ああ、頼むよ」私は静かに答える。
「大丈夫です。必ず成功します。ゆっくりお休みください」
「ああ・・」頷くと私は深い眠りに落ちていった。
そこは地球だった。私は幼き頃に戻っていた。まだ死の病に魅入られていなかった健康な頃に。青い芝が生える広い庭で両親と走り回って遊んでいる。空が青く澄んで綺麗だった。夜には両親と豪華な夕食を頂く。そして柔らかい羽毛布団にくるまれ母の優しい笑顔を見ながら眠りについた。
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