4 帰郷
今朝の目覚めは久しぶりに味わう清々しく心地よいものだった。
そして次の瞬間、眠りに入る前の記憶がありありと甦ってきた。と同時に、「ソロ!」そう叫んでいた。
「豊様、おはようございます。ご機嫌はいかがですか」ソロは何事もなかったように平然といつもの挨拶を返す。
それを聞き張りつめていたものが一瞬にして解け崩れ安堵感が全身を覆う。
「よかった無事で。よかった」私はその言葉を繰り返すので精一杯だった。
「試みは成功しました。おめでとうございます」ソロがいう。
「ほんとうにおまえのおかげだ。恩に着るよ」私は礼を述べた。そしてこの時からソロへの親近感がさらに強くなった。
それからもいつ終わるとも知れぬ長い宇宙での旅が続く。
ソロはアルファケンタウリの惑星で回収した異星人の通信機器の分析をほぼ終えていた。そして私はその驚くべき結果報告を受けた。長年ソロが詳細にそれを調べた結果、それは人間によって造られたものだという結論に達したのだ。
そんなことはありえない。ある筈がない。私はソロの述べる理論を否定した。だがソロはその理論を曲げようとはしなかった。それに対し私はいささか感情的になっていた。そんなことを意地でも認めたくなかったからだ。地球を旅立ち長い昏睡状態を継続しながら死の恐怖にさいなまされ25万年の年月を費やしてやっと辿り着いた太陽系外惑星に自分より先に同じ人間が足を踏み入れていたなんて。私にとっては許し難かった。
ソロの提唱する理屈はこうだった。確かに人類初の有人恒星探査船はメビウスであっただろう。しかしながら25万年は膨大な年月である。その間に人類は飛躍的進歩を遂げ驚くべき性能の宇宙船を開発した。それは光速をも凌ぐ速さで進むことが出来る。メビウスが旅立って何千年か何万年後かに最新式宇宙船がアルファケンタウリに向け飛び立ったならそれはメビウスより遥かに早く到着してしまうことになる。その理屈を聞き私はそれ以上の反論は出来なかった。しかし胸の奥を深い敗北感が満たしているのも事実だった。
その時を境に私の中に強い帰郷願望が生まれていた。もちろん帰ったところで両親に再会出来る訳はない。他の友人たちにもだ。だが今、自分の末裔たちがどのような姿でどのように生きているのかを見たくなったのだ。
ソロは最終的に私の要望を受け入れてくれた。但し帰郷した時に人類がどのような状態であろうが決して落胆し自暴自棄にならぬこと。そして状況を確認した後はふたたび宇宙への旅を続けることを約束させられた。考えてみればそうだ。数百万年の時の経過は人類を人類の状態では保つまい。進化によりまったく別の種に変異してしまっているか、もしくは滅亡してしまっているかもしれない。その可能性の方が著しく高いのだ。
それとソロは最近かなり人間についての理解を深めてきたと感じる。人の複雑なる感情についてもだ。というよりは私の性格がわかってきたというべきかもしれない。
メビウスは太陽系に進路変更した。
それでも地球に帰還するのに58万年かかるだろうとソロは予測した。別に過度に驚き気が遠くなるようなことはまったくない。その間私は眠って膨大な時を超えるからだ。そして意識がある時間はそれまでと変わらぬパターンを繰り返す生活が続く。それまでと少し変わったのはソロから宇宙工学を学ぶ時間が増えたことだ。天文学の知識にせよソロと比べたら私など足元にも及ばぬのが事実だ。今まであらゆる情報の分析も地球への送信もすべてソロ任せにしてきた。しかしながら宇宙を旅する以上、目にするすべての事象を自分自身で理解し納得したかったからだ。それがどのような想像を絶することであっても。
「豊様、最近また変わられましたね」ソロが感心したようにいう。
「そうか。俺はわからないがなあ」
「強い向上心を持つようになられました。まさにそれが人である証だと思います」
「当たり前だろ。人間とは常に上を目指して走り続けるものなんだ」
「そうでしたね。私も出来る限りお力になります」
「ああ、頼りにしているよ。相棒」
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