4  帰郷

 それからも眠りと目覚めを繰り返し続けた。何度目の目覚めだっただろうか。

 宇宙暦年計数器は1384532年3月29日11時13分47秒となっていた。

 私は駆り立てられるように船の前方に目をやった。そこに見えたのはふたつの明るい恒星だった。

「ソロ、太陽系まであとどのくらいだ?」私はソロに訊く。

「約14兆キロ、1.5光年です。只、異変が生じているようです」

「それどういうことだ?」

「恒星グリーゼ710です。今太陽系に大接近しているのです」

「なんだって!」私は思わず声をあげた。黄色の太陽のすぐ傍らに橙色の太陽より一回り小さい恒星が確かに輝いていた。

「これは百万年以上昔から予測されていたことです」

「なんてこった。こんな時期に帰って来たなんて」私は頭を抱え込んだ。

 その時、船の警報サイレンが鳴りだした。

「どうした?」

「前方から無数の隕石群が襲来して来ます」

 見ると遥か前方から大小様々な小惑星が迫ってくる。

「船を自動操縦から手動に切り替える」私はそういうとすぐさま船の舵を握った。そして必死で舵を切り隕石群を避けた。

「グリーゼ710の重力で太陽系の外殻のオールトの雲がかき乱されカイパーベルトの小天体が四方八方に飛び散っているのです。このまま地球に向かいますか?」ソロは私に伺いを立てる。私は数秒間沈黙したが、きっぱりと答えた。

「このまま地球に向かう」

「しかし太陽系の惑星はグリーゼ710の重力の影響を受け大きな変化を来たしていると思われます。破壊されてしまっている可能性もあります」ソロは冷静に状況の予想分析をする。

「地球に帰ろう。これはわれわれの使命であり義務だと思う」私は思うままをソロに告げた。

「わかりました」ソロは異論を唱えなかった。

 オールトの雲の大半は塵尻になり、その場所にはほとんど何も残っていない状況だった。それに代わるようにグリーゼ710がさらに内側まで移動し鎮座している。不気味に輝く来訪者を背にメビウスは地球を目指し進んでいった。

「船外から微妙な電波をキャッチしました。これは間違いなく人為的なものです」突然ソロが報告する。

「それは地球から発信されているのか?」

 俄かに降って沸いた期待に気持ちは高揚した。だがソロの返答は意外だった。

「かなり電波自体が微弱で場所をはっきり特定出来ませんが、天の川銀河中心の方角5光年以内だと思われます」

「そんな所から人類が・・いや、高度な異星人からか」私はどういうことかすぐには理解出来なかった。

「ソロ、このままその電波の分析を頼む」私はそう告げると前方で輝く太陽をしっかりと見た。そして待っていてくれ。地球よ、人類よ。そう呟かずにはいられなかった。

 メビウスが太陽から70億キロまで近づいた時だった。前方に見慣れぬ天体があったのである。

「ソロ、あれは?」

「太陽系の既存の惑星ではありません。おそらくグリーゼ710が引き連れてきた惑星のひとつかと思われます」

 近づいて見るとそれはかなり巨大なガス惑星だった。直径は木星の二倍。質量は十倍とのデータがはじき出された。今回の大接近で太陽の重力に捕えられ、太陽系惑星としての周回軌道を取り始めたのだ。その惑星には褐色の縞模様が多数見られる。自転速度は想像を絶する速さだ。さらに近づくと表面には木星の大赤斑に類似した巨大な渦巻きがいくつも陣取っている。極の部分には金色の巨大なオーロラが悪魔の王冠の如く輝いている。

「凄まじい惑星だな」私は思わず呟く。

「これ以上接近すると惑星の重力に捕まってしまいます」ソロが警告する。

 私は船の舵を大きく切った。やがてメビウスは太陽まで50億キロに近づいた。

「このあたりは海王星の軌道の筈だな」そういいながら船外のどこを見ても惑星らしきものはない。計測器でもまったく探知されなかった。ソロの分析によると侵入した巨大ガス惑星の重力の影響で海王星も天王星も系外に弾き飛ばされたのだろうということだった。そしてさらに進むと天王星の軌道あたりに土星があったのである。外側の巨大惑星に引っ張られているのだ。

 これらの状況を踏まえ考えると内惑星のことが深く案じられる。

 全速で進もうとしたその時だった。前方から小惑星群が一塊でこちらに向かってくる。それを辛うじて避ける。するとすぐさま別の小惑星群が別の方向から迫ってくる。それも何とか避ける。そんな繰り返しをしながら元の小惑星帯があった位置に辿り着くとそこには小惑星は疎らに点在するだけだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る