3  暴走

 このところ眠りが浅い。数十年から数百年間隔で目覚めることが多い。短い時は数日ということもままある。

 起きている数年間の間やっていることは毎回同じことの繰り返しだ。ソロと暇つぶしの会話をするか読書するか。そして幾度も繰り返し過去の回想に更ける。 

 そんななかで最近夢中になっているのが哲学だ。プラトン、アリストテレス、ソクラテス、ルネ・デカルトなど主立った哲学者の書はほとんど読み終えていた。そして今、人間である私は人間の在り方について考えてみる。しかしながらそれは人間として生きる条件が揃った上で成り立つものである。私が現在置かれている環境はどう考えてもそんな条件など何もないのだ。ソロ同様に私が人工知能であっても。さらにいえば意志を持たない単純な宇宙船用操縦ロボットであってもよいのだ。従って私には哲学など全く不要という結論に達するわけだが、私自身の中には人間の探求心が満ち溢れているのだ。この矛盾をどう克服すればよいのか誰か教えて頂きたい。

「ソロ、おはよう」

「豊様、おはようございます」

「おい、ソロ、様づけはやめてくれと言ったろ。俺はおまえを友達だと思っているのに」そういいながら自分が滑稽に思えてきた。

「今まで何度このやりとりを繰り返したのかな」

「正確にいうと185326回です」ソロは平然と答える。

 私は筋電義足をきしませながら船内を歩き回る。生身の人間ではないのになぜか体がなまっているように感じる。だからといってラジオ体操をしたところで何にもならない。

 船の前方に目を向けると白色に輝く一等星が見えている。シリウスだ。メビウスの次の目的地である。

「ソロ、シリウスまであとどのくらいかかる?」

「約62万年です」

「今度は62万年間眠り続けることは出来ないものかね」つい本音が出た。初めの頃は眠るのが怖かった。その時いつも感じたのが死への恐怖だったからだ。だが今はその恐怖心が少しばかり薄らいでいた。むしろ起きている方が苦痛に感じる時さえある。やはり人間は非合理的な生き物だ。


 

 その時の目覚めはいつもと違っていた。

 遠い昔の記憶にあるやさしい呼びかけに私は深い眠りから目覚めさせられたのだ。

 私が睡眠カプセルの中から外に目をやると二人の人影があった。急いで睡眠カプセルを開け体を起こしてその二人の顔をしっかりと見た。それは紛れもなく地球で生き別れた両親だった。

「父さん、母さん・・」そう言葉を発したつもりだが、こみ上げる感情があまりに強すぎてどのような声を発したのか記憶がなかった。両親は宇宙服に身を包んでいた。どうやってここまで辿り着いた? 地球で何があった? 私は二人に尋ねたかったのだが、うまく言葉にならない。しかしそんなことはあり得ない。両親は何十万年も昔に死んでいる筈だからだ。これは夢なのだ。そうに違いない。しかしながら夢であれ突然の邂逅に胸はときめいた。

 ソロはナノ細胞は夢を見ないといった。だがこれが夢でなくて何だというのだ。そう考えると頭の芯がズキズキと痛み出した。

 横で黙って佇む両親は寡黙に私を見つめ優しく微笑んでいる。何も心配することはない。大丈夫だ・・そう語りかけるように。その両親の顔を見ているとなぜか気持ちが安らぎ激しい睡魔に襲われた。そしてそのまま眠りについた。

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