1 放浪
宇宙に飛び立ってからもう46万6千年。だが地球を旅立ったのがついこの前だったように感じる。それだけナノマシンは休息を要し長い眠りが不可欠だからだ。そのかわり栄養を補給する必要はない。つまり私はほとんどの時間眠っていたのだ。
意識があり活動したのはせいぜい数十年。その間に時は意に反して恐ろしいスピードで私を未来に誘う。
「また地球での思い出に陶酔していますね」ソロが話しかけてくる。
「仕方ないだろ。ここでは他に何もすることがない」
「チェスでもしますか?」
「それも飽きた」
「それじゃ、ポーカー」
「それもだ」そしていつもの如く深いため息を漏らす。
長時間地球で過ごした頃の思い出に一通り更けると今度は宇宙に旅立った以降へと移っていく。
地球を旅立って25万年後、そして21万年前に人類として初めて太陽系以外の恒星系アルファケンタウリ星系に辿り着いた時の事だ。
ここにはたったひとつだけ惑星が存在していた。
この惑星を発見した時の気持ちの高揚はいったい何だったのだろう。何か新たなる未知の者との出会いに胸がときめいたのだ。そんな可能性はゼロ%に近いとわかっていたのに。
そしてメビウスは橙色の主系列星Bを巡るその地球型惑星に立ち寄ったのだ。
その惑星はふたつの恒星に近すぎて高温のため生命が存在するには不適合であった。
惑星表面の大気は気薄で昼間も薄暗い。砂に覆われた大地の空には明るいふたつの太陽と赤く小さな太陽の三つが輝いている。
地表の温度は摂氏200度を超える。頻繁に砂嵐が起こり、時折巨大な竜巻が発生する。ここは太陽系の金星に酷似した地獄さながらの世界であった。
これという目ぼしいものも発見出来そうになく失望して立ち去ろうとしたその時だった。
惑星上のある地点から発信されている微かな電波をキャッチしたのだ。誰かが信号を発信している。その時の心境はまるで宝くじの一等を引き当てたような強い衝撃だった。
震える気持ちを押さえつつ電波の発信源を必死で探した。そして探り当てた場所は小高い丘の側面に掘られた洞窟の中だった。どうやらこの洞窟は人工的に造られたもののようだった。中に足を踏み入れてみると外とは違いかなり涼しい。とはいっても摂氏60度くらいはある。サイボーグである私の体は摂氏200度くらいまでは行動するのに支障は来たさない。低いのは零下50度くらいまではОKだ。何せ生身の人間の感覚とはまったく違う。只、炎の中に飛び込めば熱いと感じるかどうかはわからないが、何らかの苦痛は感じるだろう。
さて、そこで見つけたものは小型通信機器のようなものだった。明らかに外部に向けて何かのメッセージを発信し続けている。見るとそれは地球の通信機に酷似している。しかしこれが地球のものでないことは確かだった。
まわりにはそれ以外何もない。洞窟の内壁は白い岩塩で覆われ、まるで鍾乳洞のように見える。これは推測だが、この機器の持ち主がここを訪れて数千年から数万年が経過し人間と類似したタンパク質と水で構成された生命体であったならすでに風化されこの洞窟の一部になってしまったのかもしれない。
私は落胆し大きなため息をついた。それでも収穫はあったのだ。この未知の機械をメビウスに持ち帰りソロに分析を依頼しよう。ソロの頭脳をもってすれば必ず何かを見出してくれる。私はそう期待した。それは自分勝手な買い被りだろうか。
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