1  放浪

 私はある大財閥の御曹司として生まれた。

 千坪を超える敷地に建つ大豪邸に住み何不自由なく育った。身のまわりの世話をしてくれる使用人たちも数多いた。幼き頃から不羈奔放な生活をしてきたのだ。

 だが誰もが羨むような暮らしをする私に突然不幸が降りかかった。脳に悪性の腫瘍が見つかったのだ。両親は私の治療のため金を惜しまなかった。しかし日本の医学では完治は困難を極め、私はアメリカの最も優秀な外科医に治療を委ねられることになった。

 そこで二度の大がかりな手術を受けたが、腫瘍の転移は防ぎきれず私の延命出来る確率は限りなくゼロ%に近いと判断された。

 それでも生きたい。死にたくない。わずか九歳の私は涙ながらに両親に訴えた。その時の両親のこの上ない悲しみに打ちひしがれた顔は永遠に忘れることはない。

 そんな時だった。アメリカの人工臓器の開発を手掛けていた企業から人間の完全なサイボーグへの移植という話が両親のもとに舞い込んだ。これは当然人類初の試みであり、成功率すら算出不可能といわれる程のことだった。従って誰ひとりとして自分の体を提供しようなどという者はいなかった。だがもしこれが成功すれば体を提供した人間は半永久的な寿命を得ることが出来る。

 わらにも縋りたい両親は全私財を投げうって私をサイボーグにする移植手術依頼を申し出たのであった。だがそれには大きな問題点があった。悪性腫瘍に侵された私の脳細胞をすべてサイボーグに移植するのは不可能だったからである。

 それでも両親は望みを捨てきれなかった。そして人脈を駆使して得た情報の中で見つけたのが人造人間に適応させるべく開発中の人工頭脳であった。しかしこれに生身の人間の記憶をコピーするなどという前代未聞の試みなど誰一人として考えるものはいなかった。

 だがアメリカのNASA航空宇宙局に勤める科学者の中にひとりだけ変わり種が存在した。彼の名はモハメッド・ソロといった。彼はナノテクノロジー研究の第一人者であった。

 人間の細胞サイズのナノマシンで造られた人工頭脳に生身の人間の正常な細胞データを複写させることは可能だとの持論を提唱していたのだ。私と両親にとってはまさに僥倖であった。

 当然のことながら両親はソロ博士の元にも足を向けた。そして懇願した結果、ソロ博士もこの人類未踏の実験に一役買うことになったわけである。

 只、条件があった。この移植手術が成功した時は私、つまりそれまでの私の記憶をコピーされた人造人間を人類初の有人恒星探査船メビウスの飛行士として搭乗させるということであった。なぜならナノ細胞で構成された体は地球での生活には百パーセント不適格になるからであった。そして現在の科学では生身の人間を使った恒星探査など到底不可能だったからである。数十年の寿命しかない人間を搭乗させてもこの任務を果たすことは出来ない。ナノ細胞で造られた人造人間にしかその可能性はない。しかし機能を継続維持するためこのナノ細胞は莫大な休眠時間が不可欠だった。

 休眠しながら人間の感覚では到底計り知れない宇宙的長時間を生きていく。まさにそれが私に与えられた使命であった。それを保全管理するためメビウスには最高機能を備えた人工知能ソロが搭載されたのである。

 メビウスの目的地は太陽系近傍にある恒星系である。

 アルファケンタウリ、バーナード星、シリウス、アルタイル等であった。しかしこれらの恒星までの距離は数十兆キロという途方もないものである。数十年、数百年などという時間はあっても無意味なのである。現在の科学ではまさに万年単位の時を要するのだ。

 それでも人類の宇宙に対する果てしない探求心はとどまることなく膨れ上がる。

 最新式探査船メビウスは過去に放たれたパイオニアやボイジャーなどとはまったく比べものにならない程の機能を備えていた。

 船体に使われる材質は莫大な費用をかけて開発された特殊合金であった。これの耐久期間は計り知れない。燃料は恒星のエネルギーから摂取し作られるという画期的なものであった。通信機器は入手した宇宙の情報を永遠に地球に発信し続けられるように造られた。

 全人類はひとりの人造人間と一体の人工知能に大いなる期待を託したのだ。

 かくして私の移植手術は奇跡的に成功した。

 人造人間豊として目覚めた私はアメリカ航空宇宙局で宇宙飛行士としての訓練を一通り受けた後、日本に帰国し束の間の時間両親と水入らずで過ごした。

 そして永遠の別れを告げ私は探査船メビウスに搭乗したのである。

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