宇宙ひとり

@kubota63

1  放浪

 ウォン、ウォン、ウォン・・・規則正しい船のエンジン音が深宇宙の中の唯一の存在であるかのように響く。それはあたかも自分の命を維持する心臓の鼓動であるかのように。

 そしてこの音が存在するから生きているのだと安堵する。心地よいゆりかごの中にいるような静かなる安らぎは延々と続いていく。永遠にこのままだとしてもそれはそれでよいのだ。しかし神はそれを許してはくれない。

 今朝もまた同じ反復音で目覚めさせられる。だが今朝は朝ではない。目覚める時を朝だと太古の昔から習慣づけられているからに過ぎないからだ。目覚めが夜であっても何らさしつかえない。そもそもこの空間に朝も昼も夜もない。従って私の睡眠時間は疎らで不規則だ。短い時はほんの数日だが長い時は何万年も続く。それはどちらも大差はない。なぜなら時間は知覚が感知しうる尺度で計られるため意識のない状態では何万年であれ何億年であれ感覚的にはほんの一瞬に過ぎない。

 私は睡眠カプセルの真横に設置されている宇宙暦年計数器の数字に目をやった。

 466536年6月18日9時23分12秒。そしてさらに一秒ごとに時を刻み続けている。確かこの前眠りについたのは255345年10月9日2時12分3秒。私の記憶は鮮明に甦り始めた。

 私は信頼高きパートナーに問いかけてみる。

「ソロ、今回の眠りはことのほか長かったな」

「豊様、おはようございます。アルファケンタウリ星系を離脱して211191年3か月21日7時間11分28秒経過しました。豊様の身体機能は正常で問題はありません。ご安心ください」

「おい、ソロ、様づけはやめてくれと言ったろ。俺たちは同志だろ。俺はおまえを友達だと思っているのに」

「友達? 私には友達という概念が理解出来ません。私は豊様をお守りするためにメビウスに搭載された人工知能に過ぎないのですから」

「またかよ。もうこの話はやめよう。また堂々巡りだ」

 私は睡眠カプセルを開けサイボーグの体をきしませながら上体を起こす。

 手足を動かす度にギシリギシリと音をたてる。下半身に力を入れ筋電義足を踏ん張る。そのまま立ち上がると船の自動操縦室から外を眺める。

 無数の星々がきらめいている。その合間に青やピンク、白色がかった赤いガス星雲が占めている。20万年前と何ら変わっていない。それは当然のことだ。宇宙での20万年などほんの瞬きする一瞬なのだから。



 星々は海底の砂に大量に散りばめられた金粉のように見え、この船自体が深海を進む潜水艦であるかのような錯覚に陥る。そしてどうにもならない閉塞感に胸が押しつぶされそうになる。俄かに呼吸が浅く早くなっていく。

 ハーハーという息はゼーゼーと苦し気に変化する。それでも人工臓器として造られた肺は精一杯酸素を取り入れ働いてくれている。

「豊様、大丈夫ですか? 気持ちを落ち着かせてください。これは過呼吸症候群です。精神的ストレスが原因と思われます」ソロはいつもと変わらぬ助言をする。

「そんなことはわかっている。わかっているさ・・でもどうにもならない」

「それは仕方ないでしょう。豊様は人間なのですから。人間は常に不安を抱く生き物なのです。これは不安神経症という精神の病です」

 人間・・そうだ。私はかつて一人の人間だったのだ。だが今は違う。完全に造られた体、人造人間なのだ。軽金属ですっぽり覆われた体の表面は何をしようが痛くも痒くもない。そして体の内部には最新のナノテクノロジー技術をもって造られた人工臓器が埋め込まれている。だが頭部にある脳だけは少し違う。完璧な機械なのだ。電子頭脳と呼ばれる最新式のコンピューターシステムであり、人間の脳としての役割は十分担っている。

 その頭脳には私がかつて生身の人間であった頃の記憶が埋め込まれているのだ。なぜなら死にかけていた私の脳細胞をこの機会の頭脳にコピー(転写)したからだ。そして私がこうして目覚めている間、人間であった頃の思い出に浸る。

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