1  放浪

 コンピューターに保存されている膨大な数の電子書籍を読破する。昨日も今日もそして明日も。

 私のIQは人間レベルの220に設定されているらしいのだが、これが利口だとか賢いということなのかは理解出来ない。それはここには自分自身と対比させるべき対象物が存在しないからである。何に対して利口か。誰より賢いのか。

 時間の許す限り地球のありとあらゆる書物を読むことでいつしか私の頭の中は豊富な知識で埋め尽くされた。それらの知識を吸収することによって精神年齢は著しく向上した。メビウスに搭乗して数十万年後に私は成人したのだ。

 アルファケンタウリで回収した通信機器は構造上はわれわれのものと大差はなかった。

 ソロが信号の周波数を分析した結果、それは同じものを何度も反復しており彼ら異星人仲間への救難信号だったのではないかということだった。

「豊様、今日で987日間まったく睡眠をとっておりません。もうそろそろ頭脳を休ませた方がよろしいのではないかと・・」ソロがいつもの如くお節介を焼く。

「いや、もったいないんだ。時間が。こうしている間に少しでも多くのことを知りたい。あと少しでデカルトの書を読み終えそうだ」

 そういいながら自分の行動が非合理的だとわかっている。これ以上の矛盾があるだろうか。未来に時間は腐る程あるのだから。

 そしてソロは助言を続ける。「しかしながらナノ細胞は人間の細胞に似せて造られているのです。休息は不可欠です」

「そうだな。おまえの言う通りかもしれない。だけど今度眠ったらもう永久に目覚めないんじゃないっかて・・・不安なんだよ」

「その心配はご無用です。私が監視しています」

 ソロにそういわれて安堵する。いつものことだ。宇宙に飛び出してから何度同じことを繰り返してきたのだろう。ソロが私にとって唯一の屈強なる命綱だとわかっているのに。それと同時に自分の中に人間の精神が深く根付いていることを自覚する。人間なんて所詮非合理的な生き物なのだ。



「次の目的地までどのくらいかかる?」

「約30万年です。アルファケンタウリの三つの恒星から十分なエネルギーを確保しましたから当分船の運航に問題ありません。これから向かうバーナード星は暗い恒星です。エネルギーはそれほど吸収出来ないでしょう」

 私は電子書籍をオフにすると立ち上がり船の外に目を向けた。

 船の前方で輝く星々を見ながら童心に返って期待に胸を膨らませている。幼い頃、両親に連れられてアドベンチャーワールドに行った日の前日の夜のように私は子供に戻っていた。過ぎし日の遠い昔に。

 私は意を決して睡眠カプセルの方へゆっくり歩いて行った。

 筋電義手に力をこめてカプセルの蓋を開く。そして体の動きを止めソロに問いかける。

「今度はどのくらい眠るんだ?」まるで痛い注射を打たれる前の子供のように訊く。

「最低10万年は必要かと思われます」

「その間、夢は見ないんだよな。夢でも見れれば少しは楽しいだろうに」

「それは無理でしょう。夢を見るということはナノ細胞を働かせ続けることなのですから。何も心配はいりません。眠っている間はほんの一瞬です」

 そうだ。眠っている間はほんの一瞬なのだ。だが常に自分の中に潜在する得体の知れない恐怖を心から拭い去れない。しかしそうだからこそ私は確実に人間なのだ。

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