5  目的地

 メビウス宇宙暦年6329765年7月12日8時19分21秒。

 またしても私は長い眠りから目覚め現世に引き戻される。崩壊した地球を後にしてから五百万年。ずいぶん遠方まで来たものだと外の景色を見て我ながらに感心している。

 超新星、ブラックホール、中性子性などの興味深い数多の天体の観測も間近で実施出来た。だが最近、私の体のリズムに変化が起きていた。それは徐々に眠っている時間が長くなり、目覚めている時間が短くなってきているということだ。心なしか自分の体力が弱まってきているようにすら感じる。これは人間でいう老化現象というものか。老化現象であるならその後間違いなく死が訪れる筈だ。そう考えても私の中にあった死への恐怖心は今ではかなり薄らいでいた。不思議なことだ。あれほど死を恐れ生に執着していた自分が。まさにこれが人の心情の変化というものか。それとも私自身が人間として成長したということなのか。只、目的地だけには何としても辿り着きたい。その一念だけだった。発信され続ける信号を頼りにひたすら前進する。

「散開星団の中に突入した模様です。ここは若い星々が数多く存在します」ソロが報告する。確かに船外の様子はそれまでとは一変していた。恒星の占める密度が高く、それまでの暗い宇宙ではなく無数の太陽が輝く真昼間の世界だった。

「例の信号は変わらず発信されているか?」私はソロに訊く。

「二十万年ほど前から受信される電波は強くなってきています。われわれが発信元に近づきつつあるのだと思われます」

「そうか、彼らが定住する惑星が近いということか」

「はい、でも豊がこの質問をするのは三度目です。記憶にないのですか?」

「ああ、覚えてないな」

 これも私に起こりつつある変化の一つだった。物事を記憶出来なくなっているのだ。人は老いると痴呆を発症するということは知っていた。人間の細胞は老化し死んでいくからだ。だがナノ細胞も老化するのだろうか。人間の細胞に似せて造られているとは聞いていたが、そんなことは考えもしなかった。それをあえてソロには訊けない。私の中に躊躇いがあった。ソロもそれには触れなかった。

 変化が生じていたのは私の体だけではない。メビウスの船体にも起こっていた。近隣の恒星から摂取出来るエネルギーには事欠かないが船体自体に劣化が生じていたのだ。船が航行を続けていくのにそれは致命的であった。そしてそれは突然起こった。船は動きを止め静止してしまったのである。もうこれにはわれわれになすすべはなかった。

「もうここまでか・・」私は呟いた。ソロは答えなかった。

 目的地に辿り着くことは出来なかったが無念だとか悔しいという感情はまったくない。心情はきわめて安らかだった。それは広大な宇宙をここまで歩んでこれたのだという自負のせいだろう。そしてソロも同じなのだと確信する。

 激しい睡魔でぼやけかける視界の中に眩い光を見る。それは船の前方に突然姿を現した。小惑星ほどもある巨大な球体。その時私は全知全能の神に遭遇したような錯覚に陥っていた。

 それはまさに最新の技術をもって造られた空母だった。表面には七色の光を点滅させながら静止している。今まで宇宙で見てきたどんな物体よりも美しく神々しかった。

 やがて球体の中央部に閃光が走り巨大生物がパックリ口を開けるように横長に大きく開くとメビウスの船体がそこに引き寄せられ中に吸い込まれていった。それを確認した後、私の意識は途絶えた。

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