2  生命体

「この小惑星帯には多くの有機化合物が存在しているようです」ソロが上擦った口調で報告する。

「有機物だって! それじゃここに生命が存在している可能性が高いってことか」私ははちきれんばかりの期待に心臓の鼓動が高鳴る。

「主に炭水化物と糖質のようです。恒星に近づくにつれその割合は増大しています。このまま進みますか?」ソロは私の指示を仰ぐ。

「当たり前だろ。レッツゴー!」逸る気持ちを抑えきれず大声を出す。

 メビウスはさらに進んだ。バーナード星はもうかなり大きく見えている。

 船外の温度は摂氏20度を超えた。もうこのあたりがこの星系のハビタブルゾーンらしい。

 恒星に近づくと小惑星は皆小粒サイズになり、外側のような大きなものは見当たらなくなってきた。小粒とはいっても数百メートルはあろう。それら無数の岩石は互いに均衡な距離を保ち浮遊している。まるで海中に大量発生した海月のように。

「ソロ、これらの岩石の成分は分析出来たか?」私はソロに問う。しかしソロからの即答がない。

「おい、どうした? おまえも睡眠時間に入ったか」

 するとソロは慌てふためいた様子で答える。

「ゆ、豊様、生命体です!」

「おい、俺を担ごうとしてるんじゃないか」私は慌てもせずに返す。だがソロは口調を変えずに続ける。

「36度前方にある白い塊、カルシュウムです」

「な、何だって!」この時になってはじめて私は驚きの声を発した。

 ソロが指定した物体に目をやるとそこには乳白色の細長い個体があった。明らかにまわりの岩石とは色も硬質も異なる。だが大きさは優に50メートルは超えている。

 よく見るとそれが微かに上下左右に動いているのがわかる。

「ソロ、あれはいったい・・・」

「有機物から成り立つ生命体ではないかと思われますが・・」

「それじゃ、初めて地球外生命を発見したのか!」私は浮足立った。

「但し、この物体が生命の定義にあてはまるかどうかは何とも・・」

「あれは自分の意志で動いてるんだろ。だったら生物に間違いないじゃないか」

「おそらくここに豊富に存在する有機化合物を餌にしていると思われます」

 メビウスはさらに恒星に近づいていった。

 やがて船の前方に広がる光景に私は息を呑んだ。

 あの乳白色の物体が無数ひしめいていたのである。外殻はカルシュウムで構成されているようだが、形は貝というよりはまるで蓑虫だった。どれも先端に本体の首を出すためであろう円形の穴が空いている。

 しばらくの時間、これらを観察し続けた。するとメビウスが静止状態になってから数時間後それらは各々独自に動き始めた。おそらくそれまでメビウスのエンジン音に警戒して動かなかったのだろう。それらの個体はそれぞれが近くにある岩石にへばりつき丸い穴から赤茶色をした芋虫のような本体をゆっくりくねらせながら首を出すと岩に吸い付いた。岩に付着する有機化合物を摂取しているのだろう。中には互いの外殻に吸い付きあっているものもいる。

「なかなかおもしろい光景だな」私はソロにいう。

「こんな場所に生命体が存在するなんて前代未聞です。今までの常識は完全に覆されました」驚愕するソロに私は言い放つ。「宇宙なんてこういうものだったのさ。奇想天外そのものさ」

 そして初めて味わう不思議な陶酔に浸り眺め続ける。これこそが宇宙の神秘なのか。

「岩石の採集を始めましょう。おそらく興味深いものが多く採れるでしょう」ソロが催促する。

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