第17話 Crystal METH
不様に歯茎に縫い込まれていたフルメタルのワイヤーや、内蔵に突き刺さっていた何本ものカテーテル類は外す事ができたが、損傷した臓器の手術を優先した為に、骨折した骨盤の骨は折れたままになってしまった。その為、へそから下の下半身が麻酔を打ったかのように全く感覚がなく、完全に神経が麻痺している。
それでもどうにか車椅子に乗れるまで体は回復していたが、何度も切開と縫合を繰り返した下腹部を襲う猛烈な激痛には耐え切れず、卍はナースコールで看護婦を呼び、栄養剤が入った点滴のバックにモルヒネを注射させた。
頭上から垂れ下がり左腕の静脈の血管に突き刺さる点滴の細い管の中を、モルヒネが一滴ずつゆっくりと滴り落ちてくる。
卍は目を瞑り、自分の血管に突き刺さる銀色の針の先端から血液の中へモルヒネが染み出す瞬間、0.001秒後には、卍はモルヒネが体内に入って来た事を悟る。そして生暖かい風に吹かれると、卍はいつものお気に入りのアンティークな木製ロッキングチェアに揺られて、草原の小高い丘の上から眼下に広がる半島の、美しく吸い込まれるような
白昼の空には光明な白銀の満月が、有り得ない大きさで頭上に迫り、足元には今が盛りとばかりに鮮やかな真紅に染まる
これ以上の心地よさはこの世にない……
丘を吹き抜ける澄んだ風に微睡むと、卍は空に紅い流星を探す。
モルヒネの効力はだいたい4・5時間で失われ、しばらくするとまた卍はモルヒネを打ってくれとナースに頼む。
頻繁にモルヒネの注射をせがむ卍に看護婦長は体に毒だと言って断わるが、卍は引き下がらず、必要に御託を並べ続けた。看護婦長は根負けし、これが最後とモルヒネのアンプルを1本持って来ると、もうしばらくはモルヒネを要求しないと卍に約束させる。
とは言っても、強い痛みがあれば打たざるを得ない訳だから、その場しのぎの確約でしかない。それでも最期の1本と婦長に何度も念を押されたモルヒネが、ガラスアンプルの頭部を折って開封する時に、「ポンッ」と鳴る小粋な音が、まるで高級シャンパンの栓が抜かれた音のように聞こえて失笑する卍に、アンプルから注射器へ吸い上げられたモルヒネが、静脈の血管に直結する点滴バックに注射される。
生暖かい風に吹かれると、卍はすでに丘の上のロッキングチェアに揺られて微睡んで居る。
下半身は麻痺したままでも上半身は普通に動かせた卍は、D G が見舞いに来ると点滴をしたまま車椅子に乗って病院の屋上へ上がり、高層ビルがひしめくバビロンを眺めながら
預かっている
宣言
バビロンニ散在シ真実ヲ知リ得ル民ヨ、覚醒セヨ!
数多ナ時ヲ不当ナ権力ニ弾圧サレ続ケテキタ兄弟タチヨ、団結セヨ!
吾ラハ幾度トナク平和リニ自由ト開放ヲ国ニ求メタ。
憲法第13条・個人の尊重・生命・自由・幸福追求ノ権利ノ尊重
憲法第14条第1項・法ノ下ノ平等
憲法第19条・思想及ビ良心ノ自由
憲法第25条・生存権・国ノ生存権ノ保護義務
憲法第31条・法延手続ノ保証
憲法第36条・拷問及残虐ナ刑罰ノ禁止
国ハコノ憲法ニヨル能書ノ下、権力ヲ横暴ニ行使シ、汚イ遣リクチデ人ノ尊厳ヲ踏ミニジミ、カエッテ多クノ兄弟達ガ罪ナキ犯罪者ノ烙印デ額ヲ焼カレ、管理サレ、謂レノ無イ罪ノ汚名ヲ背負ワサレ、獄中トイウ名ノ強制労働収容所へ送ラレテシマッタ。
コノ狂気ノ現実ヲ目ノ当タリニスルナラバ、人ヲ家畜化シテ暴騰シ続ケル国ノ行為ニ、自ラ真ノ自由ヲ求メ解放セントスル者ノ社会的行動ヲ起コセルハ寧ロ必然。
兄弟ヨ、吾々ノ真ノ敵タル者ハ、政府ヲ自在に操リ人ヲ人トモ思ワヌ人間ノ皮ヲ被ッタ死神デ有リケモノ達デ有ル。奴ラノ巧ミナ工作ニヨッテ民ハ洗脳サレ、病気ニサセラレ続ケテイル。目ハ開イテイルガ真実ハ何モ見エズ、眠ラサレテイル。ソシテ露骨ナ血族階級社会ノ生ケ贄トシテ、病気ニサセナガラ生キ血ヲ吸ウ。
吾々ハ奴等ヲ知ッテイル。
民ハ呪ワレノ悪夢ノウチに盲目ニ死神ニ誘導サレ、何モ気付カズ自ラ進ンデ死ノ階段ヲ駆ケ上ッテ行ク狂気ノ世界ニ生キテイル。
今、真実ヲ知リ得タ民ガ覚醒シ、多クノ民モ眠リカラ目覚メル時ガ来タ。
吾々ハ自由ノ実行者デアリ、国ノ洗脳政策ノ奴隷デ有ル事ヲ断固拒否スル。
吾々ハ人間性ノ原理ニ覚醒シ、人類最高ノ次元到達ノ完成ニ向カッテ突キ進ス。
ネフィリムハカクシテ生マレタ。
人ノ世ニ支配ナキ自由アレ。
人間ニ光アレ。
吾々ハ必ズヤ永住的ニ魂ヲ呼ビ起コス革新世界ヘ到達スル。
サア、己ヲ解放シ、種ヲ育テヨ。
文章の書かれたチラシの端には、種らしきモノが入った小さなパケが1つくっ付いていた。卍はパケを引き剥がすと中身を手の平に開ける。中には黒光りした種が10粒ほど入っていて、卍は種を見詰め指で転がす。
「ネフィリム……。間違いないわね、コレはユタの仕業! 」
意識を取り戻してもまだ口を聞く事が出来なかった時に、ユタは突然卍の前に現れた。たまたま新宿に来たと言うユタは、前に山で話した新宿ゴールデン街の外れに有るスナックカゴメの事を覚えていて、ユタが店に顔を出し、D G が連れてきた。
「殺されかけた兄弟の礼はさせてくれ」
口の聞けなかった卍はユタに言われ、相手の詳細を書き込んだメモと、現金、そして D G が持っていた、卍の血が染み込んで赤黒く染まった手榴弾と一緒にユタに渡す。
何処までユタが本気だったのか、あまり深く考えていなかった卍だったが、それから一ヶ月が過ぎた頃 D G が持って来た新聞で、ダークスーツの男が死に、秘書の女も重体になった事を知った。新聞にはシオンの事は載っていなかった。あれからユタは顔を見せない、まだ新宿に潜伏してると D G は言う。
卍が手にしたチラシは今、ビルの壁面や電信柱や公衆便所など新宿の街中いたるところに貼り付けられていて、怪文書付きの
そしてチラシを街中に貼り付けているのがホームレスのオッサン達らしく、実際何人かホームレスが路地でチラシを壁に貼っている所を、 D G が見掛けている。
このチラシにユタが関わっているのは間違いない。
その真意が、羊に狼の見分け方でも教える気なのか? 本気で民を覚醒させるつもりなのか? それとも巴が獄中へ収監されてしまった事にたいしてなのか? そもそも手のこんだ冗談なのか? いずれにせよ本人に会って話を聞くまで解らない。
確かダークスーツの男が、これは特殊な染色体を持ち、ミカドに仕える
第三の目を覚醒させ、次元を開いて多次元にアクセスできてしまうケムリの、一つなのかも知れない。
言われてみれば、確かにね……。
点滴を打ちながら車椅子に体を沈め、病院の屋上の空えとへケムリを吹き出して笑みを浮かべる卍に、D G が思い出したように言った。
「そうだ、巴からの伝言があった。
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