第12話 Lemon Skunk x Super Silver Haze

 6号室のドレッドの男は、巴の部屋から出てきた卍と階段の入口で顔を合わせると会釈した。卍はドレッドに爽やかに微笑むと、バイクに跨りヘルメットを被ってエンジンを吹かし、あっという間にビルの谷間へ走り去る。


 エキゾチックな顔立ちと中性的な卍のスタイルに、ドレッドは走り去るバイクが見えなくなるまで見蕩みとれていた。そしてアパートの階段を2階へ上がる途中で、足元に転がる生乾きの大きな B D バッズを1つ見付ける。B Dバッズ を拾って臭いを嗅ぐと、猛烈な H Hハッシシ の香りに確かにコレは愛しのメリージェーンに間違いないと確信した。それも完璧に種無しの 、誰かが丁寧にマニキュアした S Mシンセミア B D バッズだと。


 だが、何故こんな所に B Dバッズ が一つ落ちているのか? B D バッズを手に持ち周りを見回して考えるが、さっぱり分からず。まさか今のバイクの彼女かと思ったが。まぁいいや、そんな事はどうでもいい。「これは神の啓示だ! 」と、ビルの谷間の空を見上げ、巴の隣の6号室へそそくさと入っていった。


 まだ生乾きの B D バッズを取り敢えず乾燥させなくてはならないと、ドレッドは洗濯バサミを取りにベランダへ出る。


 高層ビルに囲まれたアパートのベランダ越しに、隣の部屋から The Wailers の Rasutaman chant が聞こえてきて、ドレッドは思わず背伸びして柵越しに隣のベランダを覗く。イスに座ってビールを飲み、トウモロコシにかぶり付く巴と目が合い会釈した。

 ドレッドは気不味そうに洗濯バサミを取り部屋へ入ると、天井のハリにヒモを通し洗濯バサミで B D バッズの茎のところを軽く挟んで吊るした。そして腕を組み、天井から吊るされた B D バッズを満足そうに見詰める。


 「素晴らしい……! この豊潤ほうじゅんな香りに B D バッズを覆い光り輝く T C トライコーム(油脂線)のクリスタル。それに丁寧なマニキュア。マジで完璧じゃないか! この天使からの贈り物は今この俺の部屋で、俺を神の領域へ誘い覚醒せしモノへと最期の変貌を遂げようとしている。俺はその時を魂で感じて、待てばいいという事か……」


 1週間が経ち、ドレッドは毎日天井から吊るされる B D バッズに優しく触れ、慌てず焦らず B D バッズの乾燥具合。色、香り、ビジュアルのメタモルホォーゼを魂で感じ取り。ハンズで買ったシュナイダーのルーペで B Dバッズ の表面をつぶさに観察する。


 そこに見えたものは、 B D バッズの表面を覆い尽くす T C トライコーム(油脂線)が結晶化した Δ9 - T H C デルタナイン・テトラヒドロカンナビノールのクリスタル。それは水晶のように神々しく光輝き、ドレッドを宇宙に浮かぶ光の結晶の曼荼羅へと連れ去って行く。


 「素晴らしい……」


 新宿の紀伊国屋の地下で買ってきた、大型でガラス製のフラスコ型 B Gボング を、ドレッドは机の上にセッティングした。


 B G ボングに水を入れ、吸い口の所へ程好いロックアイスを1つ滑り落とす。エッジの効いたロックアイスの冷気がドライアイスのケムリのように 、B G ボングの中へゆっくりと流れ落ちて行く。

 Δ9 - T H C デルタナイン・テトラヒドロカンナビノールの結晶に覆われた B D バッズを親指の先ほど千切り取り、サイケなグラインダーを使い手の中ででクラッシュした。


 グラインダーのフタを開けると、猛烈な H H ハシシの香りがガツンと鼻を突く。その香りはスカンキーでスパイシーな鋭いキレが有る。それでいて深く濃厚に熟しきったフルーティーで濃い豊潤香りが弾け飛ぶ。微かに甘く腐りかけて発酵したチーズのような香りも後からやって来て、理性を超えて直接魂を揺さぶる魔性の香りを、ドレッドは笑みを漏らして堪能する。


 グラインダーの中でモグサのようにフワフワになった G J ガンジャを、優しく指で一撮みして B G ボングの火受け皿の中へ入れた。

 片手で B G ボングを掴んで持ち、吸い口に口を付ける。火受け皿に入った濃い緑がフワフワの G Jガンジャ に、バンコクのパッポンの夜店で買った、ビカビカと七色にフラッシュするチープな電子ライターの火を回す。


 ポコッ、ポコッ、ポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポコポッ!


 ゆっくりと B Gボングの中の空気を吸い込んでいくと、透明なフラスコ型の水と氷の入った B Gボングの中に、摂氏8百度で燃焼し真っ白に気体化した G J ガンジャのケムリが。一度クリアな水を通って冷却され、タールや余分な熱や不純物が綺麗に濾過ろかされる。限りなく混じりっけの無い純粋な 0・01ミクロンの粒子の集合体のケムリが、吸い口の所に嵌まる氷の冷気でさらに冷却され、B Gボングの中満杯に白くて濃いG J ガンジャのクリアなケムリが充満する。


 いったん火を止める。まだケムリの入っていない肺の中の空気を全部外に吐き出すと、B Gボング の中に濃密に充満した純粋な白いケムリを、ドレッドは一気に吸い上げた。


 B Gボング の中に充満したケムリは小さな竜巻のように渦を巻いて口の中へ吸い上げられて行き、肺の奥の奥へと流れ込んで行く。

 肺に溜まったケムリは張り巡らされる毛細血管の中へと溶け込み、身体全身を巡ってチャクラにまで行き渡る。ドレッドは瞑想するように眼を閉じてしばらくケムリを肺に溜めると、ゆっくりと口と鼻から大量のケムリを吐き出した。


 眼を瞑ったまま、波間に浮かんでいるような浮遊感に包まれ始めると、突然脳細胞がスパークした。


 眼を見開くと、最近慢性化していた偏頭痛がピタリと止み、久しぶりに頭の中がスッキリして。このところ常に頭の中にチラ付いていた痛みを伴う、モヤモヤとして追い詰められたネガティブなイメージが吹き飛んだ。


 点けっ放しのTVからは、ドレッドが慢性的な偏頭痛の症状を抑える為にいつも買っていた薬のCMが何度も流れている。

 部屋のゴミ箱には△マークの増量パックの空き箱が幾つも捨ててあって、溢れた空き箱は床にまで転がっていた。

 バビロンの美しき聖なる女神の化身は、街中に溢れる△のサブミニナルを摺り込むが如く。何度となくTVから同じ事を繰り返しループさせる。


 手の平を合わせてから正面に一気に広げた△から覗く片目からは、誰も逃れる事はできず。バビロンを支配する女神は発光するTVの中から実体が現れたかのように、ドレッドの前に愛らしく佇む。


 ケムリの立ち籠める部屋の床に転がる△マークの空き箱を拾い上げたドレッドは、真紅に染まった眼を見開いて呟く。


 「解ったよ……」


 △マークの空き箱をゴミ箱に放り投げ、眼の前に愛らしく佇む女に言った。


 「薬をもったな……」

 

 

 

 

 

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