第13話 Nova O G

 黒いジェラルミンケースを持ってホテルを出てきた卍を見付けると、巴は吹かしていた J T ジョイントを吸いきり、卍に近付き声を掛ける。


 「大丈夫だったか? 」

 「ちょっと目眩がするけど、大丈夫よ」

 「目眩? 大丈夫か……? 取り引きは? 」

 「明日の夜」

 「早くねーか! 」

 「向こうの要望」


 大勢の人が行き交う靖国通りを二人は話しながら歩いて行き、人混みに溢れる歌舞伎町の雑踏から、人気のない寂れた路地裏へと入って行く。

 立チンボや O K Mオカマ を尻目に、地元の先輩 D G ドラゴン がやっている、新宿ゴールデン街の外れに有るスナックカゴメのドアを開けた。


 Fela Kuti のレコードが流れるカウンターの中で、丸いメガネを掛けた D G はタバコを吹かしてラジオライフを読んでいた。 

 カウンターには一人、見かけない小奇麗な女が漫画を片手に酒を飲んでいて。奥の小さな席にはいつも居る常連の中年男と淫売婦が、人目もはばからずチチクリあっている。


 卍は D G と目配せすると、カウンターの脇にある、天井部分にThey Live・We Sleep彼らは生き、我々は眠ると、白いペンキで小さく書かれた暗く狭い急な階段を2階へ上がった。


 巴はカウンターで漫画を読む女と一つ間を空けて座り、D G に C C S カナディアンクラブソーダを頼むと、気取られぬように紅い眼を擦って女をチラ見する。


 少し年下ぐらいか、化粧けが無いところがこの辺りには似つかわず、清楚な印象を受けた。スタイルも良く、目鼻立ちのとおった綺麗な子だなと巴は思う。すると女も巴をチラリと見る。D G が C C S をカウンターに置くと、巴は作り笑顔でグラスを持ち、「乾杯! 」と言って、漫画を読む女にグラスを傾けた。

 女はチラッと巴を見てすぐに目を伏せる。面倒臭そうにグラスを持ち、まったく聞き取れないか細い声で何かを言った。


 カウンターの中でラジオライフを読んでいた D G が一瞬視線を向ける。


 作り笑顔で女に傾けたグラスをそのままゆっくり引き戻し、巴は作り笑顔を浮かべたまま C C S を口にする。


 カゴメへ来る道行、卍と巴は猥雑なネオンがひしめきあう通りを歩きながら取引の話をする。今日は先に半金支払われた分のモノを卍がホテルの部屋へ届けた。


 部屋の中には初めて見るダークスーツに身を包んだ爬虫類顔の男と、その秘書らしき紫のスーツ姿の女が居た。

 シオンが男を会長だと言って卍に紹介すると、ダークスーツの男はモノが気に入ったから有るだけ買いたい、あとどれぐらい持っているのかと探りを入れて来たが。取り敢えず50kで話を纏める。

 今日すでに20k持って来たから合わせて70k。いくら金払いが良くても量が多すぎる。しかもこの短期間に、アンダーグラウンドでもない奴らが。

 有るだけ売っちまえと巴は言っていたが、他にも回してやりたい所も有る。

 それにシオンが言った、「私は奴隷よ……、自由にして……」という言葉と、瞳孔が開き切ったシオンの目が、卍の頭から離れずにいた。


 去り際に蛇のような目をしたダークスーツの男が言う。


 「君の持っているものは特別なんだよ……」


 その言葉の真意が、単にモノの品質が良いという事だけではないと、スーツ姿の男が卍を見詰める冷たい蛇のような目が物語っていた。

 卍はあいにく買い手の購入の動機を穿鑿せんさくする趣味はまったく持ち合わせてなく、翌日の約束だけをしてそのまま部屋を立ち去るが。シオンの目を見た卍が、街中に溢れる△から覗くシオンの目とリンクして、サブリミナルのようにシオンの目が脳裏にフラッシュバックすると。卍は今までに感じた事のない、強い目眩がした。


 2階から降りてきた卍は、カウンターに座る巴の隣に腰を下ろす。D G にビンタンを頼むとカウンターに片肘を付き、手の平に頬を乗せて溜め息をついた。

 真顔で溜め息をつく卍の顔を、紅い眼を細めて覗き込んだ巴が、わざと大きな声で聞く。


 「な~、女同士の Anal Fuck て、どうやんの? 」


 卍はまた溜め息をついて巴に言った。


 「 ファックてわけじゃないでしょ、むこうがアナルでイッタって話。お前せめて A F とかって言え。バカ、ボケ、カス……」


 つい口が滑ってきのうシオンと寝たことを巴に話してしまった卍だったが、巴の大好きな△薬のCMに出てる子がシオンだとは、話がややこしくなるので言わずに黙っていた。


 「Poo ウンチ付かねーのかよ? 」

 「あんたしたことないの? 下剤飲んで洗浄してんのよ」

 「ふん! そーなんだ。で、彼女は A F でイッちゃたのかよ? 」

 「そりゃーケモノの刻印を押されたようなビッチだもの、Peeオシッコ撒き散らしながら白目剥いてイキまくりで歯ガタガタいわせてケイレンしてたわ! 」


 悪どく眼を細めてニヤ付いて言う卍の顔を、巴は眉間にシワを寄せて見た。そして若干じゃっかん引き気味に C C S を飲み干して言う。


 「そりゃーやっぱしアレだな、奴らの薬だな! 」


 「そうね……」


 D G がカウンターにキンキンに冷えたビンタンを出す。巴は C C S のお代わりを頼み。臆面もなく涼しげに「そうね」などとクールに吐き捨てビンタンを口にする、隣の間の子のレズビアンの姉に正面を向いて指を差し、大きな声で言った。


 「 Asshole ……! 」


 するとなにやら背後に強い視線を感じて巴が振り返ると、カウンターで漫画を読んでいた女がこっちをガン見していた。

 その熱のこもった熱い視線は巴を通り越して、一直線に卍へ注がれている。

 巴は卍と女を交互に見ると、女が手元に開いた漫画の中身が眼に映り、巴は小さく絞り出すように声を漏らす。


 「えェェェェェ……」


 女が読んでいた漫画はエゲツないホモ漫画で、ナイスガイな抜き差しがこれでもかとグロく描かれていた。


 巴が石のように固まるとカゴメのドアが開き、女が一人入って来た。ホモ漫画を持つ女に「遅れてゴメンネ皐月~」と、声を掛けると、コートを脱いで壁に掛け、ホモ漫画と巴の間に座る。


 固まった体の眼だけを動かしてチラ見する巴に、女は軽く会釈をすると、D G にレッドアイを注文した。


 巴がチラ見する女の体は、抜群なスタイルの良さを強調する黒のニットのワンピースで、超ウルトラビッチ級のエロさをかもし出している。しかしそれよりも驚かされたのが、ホモ漫画の女とニットのワンピースの女が、いきなり手話で話始めた事だった。


 巴はカウンターに身を乗り出して D G に小声で聞く。


 「隣の子たち、初めて見んだけど」

 

「最近よく来る。手前の子は裏の劇場に出てるストリッパーの子で、その隣はちょっと耳の不自由なアッチの子だよ」


 「なるほど……、どうりで……て、ウソ! あの子アッチなの? 」

 「そうだろ、気付かなかったのか? 」


 「マジ見えねーわ……」 


 まったく気付いていなかった巴は、D G の言った気付かなかったのかと言う言葉が、O K Mオカマに気付かなかった事を言ったのか、ろうに気付かない事を言ったのか、それともそのどっちもなのか一瞬考える。すると隣に座ったストリッパーが巴に話しかけてきた。


 「すいません、二人はカップルじゃないって皐月が言うんだけど、本当ですか? 」

 「はい、本当です! 」


 巴は即答した。すると皐月が激しく手を動かし、ストリッパーは卍に聞こえるように、皐月が卍の事が超タイプだと訳す。


 卍は皐月の思い詰めたような熱い視線に手に持ったビンタンが止まると、巴は椅子から立ち上がって皐月に言った。


 「いや~、せっかくだからボクが席変わってあげるよ、ね! 君が卍の隣に座ればいい。大丈夫、彼女は A F のプロだから。て、聞こえないか……? 」


 まんまと皐月を卍の隣へ追いやった巴は、したり顔でグラスを片手にストリッパーに名を訪ねる。眼を細めて巴に中指を突き立てた卍の薬指の内側に、皐月は確りと彫られた Like,a,lady のタトゥーを見逃さない。


 ストリッパーはシーナと名乗り、源氏名だけどねと付け加える。じゃー皐月も源氏名かよと巴は思うが、そんなことは別にどうでもよかった。

 血生臭さが漂ってきそうな鮮血をグラスで汲み上げたようなレッドアイがカウンターに出されると、4人は乾杯した。


 皐月はホモ漫画をバッグに終うと、代わりにメモ用紙とペンを取り出して卍と巴の名をシーナに書かせる。そして巴の名前が女みたいだとシーナに言わせてほくそ笑み、(シーナの巨乳にバカな男がたかって来るからマジゲスイ! )と、紙に書いて巴に毒づき、卍の腕に凭れ掛かる。


 シーナは作り笑顔が固まる巴に、「皐月は口を読むから気をつけて」と、耳元で言った。


 カウンターに置かれた大量のレコードの中から Bob Marley の Survival のジャケットをシーナは取り出し、D G にかけてとジャケットからレコードを抜いて渡す。

 カゴメに Bob Marley の歌声が響くと、シーナは Survival のジャケットを食い入るように見詰めて、「質問があるんだけど……」と、言った。


 「バビロンシステムって何? 」


 巴が言った。


 「支配、教育、金融、戦争、弾圧、粛清、メディアコントロール、プロパガンダ……」


 卍が言った。


 「権力、搾取、社会、洗脳、宗教、歴史、企業、格差、ケミカル、右や左と、誘導操作……」


 D G が言った。


 「W G I P ウォーギルトインフォメーションプログラム、3R5D3S、 N W Oニューワールドオーダー 、M K ウルトラ……」


 「どれも願い下げだわ! だって」


 3人の言葉をシーナがメモに書き、それを見た皐月の手話を訳して言う。皐月が鼻を鳴らすと、卍は皐月にゆっくりと話した。


 「私たちは今バビロンのド真ん中に居るのよ、自覚は災いの元だけどね」


 皐月は卍の腕を引き寄せ、訴えるように何かの絵と言葉をメモに書き、それを卍に渡すと何度も首を振る。


 「もう一つ質問、G J ガンジャてどうなの? 」


 シーナの質問に、卍と巴は思わず顔を見合わせ沈黙すると、D G がカウンターに手を付いて言った。


 「 They Live・ We Sleep彼らは生き、我々は眠る……! バビロンの中で眠らされ、俺たちが皆見せられている悪夢の虚構から目を覚まさせる。今流れている Bob Marley の歌のメッセージと同じさ、Survival ! 目を覚まして生きるんだとね。G Jガンジャ を上手く使えば、バビロンが垂れ流すケミカルや情報操作で身も心もシステムの奴隷と化してコントロールされる事もなくなる。そうすれば眠りから覚めて洗脳も解け、全く世界が違って見える。毎日当たり前のようにケミカルな飲み物と食物を垂れ流すメディアの洗脳。小金を得るために何も考えず、死ぬまでストレスを抱えて奴隷として生きていくのが常識とされる社会。そして街に溢れ返る薬や電磁波や放射能で、ガンや病気にさせられる事もなくなるよ。話せばキリが無いけどね。だが同時に、卍がさっき言ったように、この虚構の現実から目を覚まして真実を知り理解するということ事は、余りの常識という洗脳された狂気の現実とのギャップに、辛くなる事も多くなる。だけど、それがこの世の真理だよ……」


 (何かまるで悪くないみたい、じゃーなんで捕まるんですか? )


 卍の腕に凭れ掛かる皐月が口を尖らせて、走り書きしたメモをカウンターの上に出すと、「だから捕まるのよ」と、卍に言われ。なぜか皐月は顔を赤らめ、それを誤魔化すように卍に甘えてみせる。


  Survival のライナーノーツを読み終えてシーナは巴に聞いた。


 「ねぇ、G J ガンジャて誰でも育てられるの? 」

 「育てられるよ、簡単に、アレは雑草と同じだからね。インドアだろうがアウトドアだろうが、種を蒔いたら簡単に育つよ」

 「私育ててみたい」

 「じゃー、種もらえば」

 「誰に? 」

 「うん、そこの人から」


 D G がカウンターの下で何かの入れ物を物色して立ち上がると、シーナの前に手の平を差し出しす。

 D G の手の平には、艶があり丸々と太った若草色や茶色混じりに黒光りした麻の実が10粒ほど乗っていた。それを自分の手の平に乗せてもらったシーナは、指で麻の実を転がして食い入るように種を見詰める。


 「沢山あるみたいだから、今から蒔きに行く? 」


 シーナは顔を上げて巴に聞いた。


 「どこへ……? 」


 「その辺……」



 

 

 

  

 

 

  

 

 

 

 

 

 

 

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