第4話  L S D - Barneys

 日の出とともにテントを片付けた二人は、足早にキャンプ場を後にした。青く澄み切った秋空の下、朝の山の気温はとても冷たく、日差しは強いが吐く息は白い。


 「これほど昼と夜との寒暖の差が激しければ、 G J ガンジャはきっと良い成熟をしているはずだわ……」


 奇抜に色付く山の羊腸道を、朝日に照らされた2台のバイクが登って行く。10キロほど戻り、きのう S Mシンセミア を見付けた川の上流まで来ると、2台のバイクは河原まで下りて行く。


 朝日に輝く河原は、また異次元の美しさで二人を招き入れる。何度かイタチやタヌキかイノシシが顔を出すと、その先には無数の蝶の群れが羽を休めていた。

 バイクが近付くと蝶は一斉に羽撃き、河原一面が黒紫のおぼろで大きな影に飲み込まれる。朝日に輝き羽撃く無数の蝶は幻への誘い水のように、二日飛びの卍と巴の無意識に刻み込まれたビジョンをフラシュバックさせる。空へと舞い上がる無数の蝶の群れは。一筋の紫煙のように連なり、一斉に川上へと飛び去って行く。


 霧が晴れたように視野が開けると、蝶が飛び去った河原の先に1本 G J ガンジャが生えていた。

 

 G J ガンジャは背丈が140センチ位の痩せたオスで、グローブをした手で卍が♂に触れると、しっかりと♂株は白い花粉を撒き散らす。


 二人は♂には用はなく、あくまでも熟した処女、受粉してない S M シンセミアを探していた。しかし、人が手を入れない全くの自然界で S M シンセミアに出会えるなど滅多にある事ではなく。深夜の円山町で、無茶苦茶カワイイ処女の女の子が T バック姿で歩いているのに等しい。

 

 きのう発見した S M シンセミアなど奇跡に近く、受粉して種子を身篭れば、それはもう S M シンセミアとは呼べない。種付きでも状態の良い♀株ならまだしも、花粉を撒き散らす♂株などもっての外。普遍的な男女関係の上辺的な世間の価値観と、概ね人も G J ガンジャも同類だ。

 

 そしてもう一つ、二人がわざわざ汚染された立入禁止区域にまで入って G J ガンジャを探すのには理由が有った。放射能を浴びて突然変異を起こした G J ガンジャが群生しているという情報を得ている。放射能がどう G J ガンジャの遺伝子に影響を及ぼしているのかは謎だが、汚染されてる訳ではなく、寧ろ汚染を除去していると聞く。きのうの飛ばされ具合いを見れば、ここに生えてる G J ガンジャがいかにヤバイ代物なのかは十分に理解できたつもりだ。卍と巴は真実を確かめる為、この川の上流を探せばいずれ G Jガンジャ の群生地を見付けられると確信を持ち、川の流れに沿ってバイクを走らせる。


 陽が頭上へ昇るといっきに気温が上昇し、9月も下旬だが日中の日差しは強烈で、容赦なく二人の体力を奪っていく。河原に大きな流木が大量に散乱してたりすると、いくらモトクロスバイクに乗っていても、卍と巴は迂回せざるをえなかった。怪しい場所はバイクを降りて歩きで確認したが、もう昼を過ぎても♂株一本しか見付けてない。

 早朝からろくになにも口にしていない二人は少し休もうと、強烈な日差しを避けて草むらに立つ巨木の木陰に腰を下ろす。


 水筒の水をガブ飲みすると草の上に二人は仰向けになった。木陰からのぞく青く透明に透き通った空をしばらく眺めて、思い出したようにザックから菓子パンやポテチを取り出して口に頬張る。

 どうも朝からケムリ無しでは上手く勘がつかめない巴は、またアレルギー反応が出て、やむを得ずザックから△印のケミカルを取り出し水筒の水で飲み込むと、額の汗をタオルで拭って卍にぼやき始める。


 「な~、 B D バッズまだ吸えね~よな~……」

 「まだ全然乾燥させてないんだから無理よ! 」

 「ケムリがねーとシンクロできねーし、電子レンジでも有れば B D バッズの2・3個ぐらいすぐに乾かせんだけどな! 」

 「ここから半径約20キロ圏内は立入禁止区域よ、空家に電子レンジが有っても、電気が止まってるから無理ね! 」

 「まえさ~、千葉の館ヤーマンでもらった生 G J ガンジャ5・6本、すぐに吸いたくて海沿いのコインランドリーで乾燥機にブチ込んだら乾燥しすぎて粉んなっちゃったんだよ。全部乾燥機の隙間に入っちゃって、取れねーはクッセーは熱ちーはで、あれはマジで悪夢だった。枝だけになっちまったなんて、最悪だった……。今度はぜってー上手くやっけどね、乾燥させ過ぎなきゃさ、少量なら何かにくるんで……」


 「だからここは立入禁止区域よ! コインランドリーが有っても電気が無いの、解かる? 」


 しつこい巴のぼやきに、「チッ! 」と、舌打ちをして卍は起き上がると、面倒臭そうに溜め息をついてザックの中を手で探り、小さなビニール袋を取り出す。


 「あった、これならあるわよ! 」

 

 ビニール袋の中には、M M キノコが入っていた。

 

 「島のシャーマンに貰った例のやつ、食べる……? 」


 卍が手にした M M キノコは、巴が前に赤道直下の島でこれのオムレツを食べて、一緒にホテルに入ったローカルのビッチがマンゴーを頬張ると完全なモンキーに見えてしまい。恐怖のあまり失禁したというトラウマが鮮やかに蘇る、巴にとっていわくつきのネタだった。


 「どうなる……? 」

 「分からん……? 」

 「大丈夫かな~? 」

 「あんたねー、金玉付いてんだろ! 」


 灰色掛かって乾燥した薄茶ろの細いシメジのような M M キノコを、プチ切れ気味に眉をひそめて卍は全部取り出し、5・6本で半分に分けて巴に渡す。


 卍はすぐに口の中に放り込むと水筒の水で胃に流し込んだ。巴は怖々と M Mキノコを口に入れると、使い古した雑巾のような臭いが鼻に抜け、慌てて水筒の水で流し込む。


 乾いた風が通り抜ける木陰の木漏れ日に、M M キノコを食って草むらに仰向けで寝転ぶ二人は、心地よく微睡みながら空を眺め、M Mキノコ の呼び掛けに耳を澄ます。


 やがて二人は暖かくて心地いい幸福感に包まれた。体の疲れもすっかり取れて行き、大らかで寛容な優しさに満ちて、目にするもの全てが愛おしく輝き始める。二人の両目は黒々と大きく黒目が笑み、世界中の幸せを手にしたような喜びに満ち溢れる。


 巴は笑みを浮かべて立ち上がると、光溢れる世界に背伸びする。自分の体が気持ち良くどこまでも光の中へ伸びていくような、不思議な感覚にとらわれて口走る。


 「見える、スゲーよく見える! ワイパーかけたみたく綺麗に見える。体も伸びたり縮んだりして、第三空間へシフトしてる……」


 「平和な世界に入ったわね、とても気分が良くって、何だか身体を動かせないわ……? 」


 「俺は全然動けるよ……」


 巴はストレッチをするように調子よく体を動かして見せた。体を伸ばすと自分の手や爪も果てし無く光の先へ伸びて行くような不思議な感じに、どっぷりハマって笑みを漏らす。しかし、調子に乗って体を動かし、首をグルリと何度か回転させると、突然キィーンとハウリングを起こしたような耳鳴りがして、焦った巴は耳鳴りを治そうと激しく首を振った。


 狂ったペコちゃん人形のように激しく首を振り続ける巴を、「ちょっと、首回しすぎだから! 」と、卍が這いつくばって注意するも、一向に耳鳴りは止まず。卍が何を言っているのかも聞こえなくなった巴は、徐々に辺りが日が暮れた様に暗くなる。そして一人暗黒の井戸の底にでも居るかのように、周りの全ての音がディレイ遅れてくる音がかって猛烈に反響し始めた。


 嫌な予感に、額から粘り気のある脂汗が地面に滴り落ちる。


 卍も巴と共鳴するように、高ぶる幸福感は消えていった。這いつくばった体勢でふと目にした髑髏ドクロの指輪に金髪の毛が生えて、一瞬目玉がギョロリと卍を見据える。


 「何、幻覚……? 」


 寒気を感じた卍は、何かがヤブの中で蠢くのに気付いて目を凝らす。音を立てて激しく揺れるヤブの奥には、確かに何かが居る。


 「これは……、幻覚じゃないわ……」


 井戸の底から抜け出そうと草むらの上で結跏趺坐けっかふざを組み、巴は目を瞑って意識を集中させるが、ズルズルと泥沼の井戸の底へ滑り落ちて行き、気付けば人混みに埋め尽くされる猥雑わいざつな夜の繁華街を、巴は一人で歩いていた。

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