第3話 AK - 47
陽はとっくに暮れて辺りは闇に包まれる。山の気温はいっきに下がり、吐く息は白く体の芯まで冷え切った。ランタンで灯りをとりテントを張って、ガスコンロで湯を沸かし、二人は冷え切った体を熱いコーヒーで温めた。
新聞紙を引き詰めたテントの中へ黒いポリ袋いっぱいに入った
2・3 時間引きこもって
油を入れた小鍋を携帯コンロに掛けると、 巴は
こんがりと揚がった
こうして、立入禁止区域で閉鎖され朽ち果てたキャンプ場のテーブルに、カップヌードルとフレッシュ
卍がストックしていた
揚げたての
すぐに効きめは分らなかった
煮立った鍋からは強烈な
小麦粉をつけたブロッコリーのような
揚げ物に没頭する巴を尻目に、卍はテントからコーヒーと毛布を持って来る。バビロンでは決して拝むこともできない天空を埋め尽くして光り輝く星々を眺めるため、毛布を被って天を仰いだ。すると徐々に星の輝きが増していくのをつぶさに感じ、卍は
猛烈な
「バリッ、クシャ、バリ、シャカ、グシャ、クチャ、ゲボッ……」
音を立てて
巴の表情からは決して人間が食べられるモノを食べている感じがまったく伝わってこない。現に巴は根性で
腹を抱えて卍が笑うと、巴は炊事場の蛇口から直接水をガブ飲みして、声を震わせ身震いを繰り返す、そして放心状態のまま椅子に座って小声で呟いた。
「チェンマイで食ったメンダーの素揚げより不味い……」
メンダーと言えばタガメの事で、昆虫より不味いんかいと突っ込みたくもなったけど。卍はそれほど嫌いでもなかったタガメのフルーティーな味わいを思い出し、テントから毛布を持って来て巴に被せてやり、熱いコーヒーを入れてあげた。
闇に包まれたケモノの遠吠えに巴がバカっぽくたじろぎ、「出た……」と、真顔で言うので、卍は呆れた顔して、「何が? 」と尋ねる。
「女だよ、白いシカの体をした獣人だよ……」
意味が分からず卍は巴がガン見する闇の方を見たが、真っ暗で何も見えるはずもない。シカでも居たのかと巴の眼を怪しむように覗き込むと、巴の両目が見事なほどに真紅に紅く染まっていた。
「マジで顔だけ人間の女の顔してるし、どおゆうわけか俺に付き纏ってる。昼間も見たけど直ぐに消えた。今も消えたけど、あの女の顔は忘れねー……」
高揚した巴の瞳が、今まで見た事もなく鮮やかな真紅に染まり、アメコミの超人キャラのように怪しく光る。瞬間、卍は机に1つ無残に転がる
「巴、片眼の開く音が聞こえるの……? 」
片眼を手で押えた巴は、卍にゆっくりと微笑みかけると、片眼の眉毛を上下に高速で動かす。
巴が完全に第三空間へシフトしているのを確信した卍は、冷たくなって朽ちた机の上に転がる
音を立てて
朽ちた机の上を揺らいで照らすランタンの炎に微睡む卍は、いきなり時間の感覚がプツリと消える。体の力を抜き夜のしじまに身を委ねれば、徐々に高次元で濃密な闇に吸い込まれていく。座ったまま確かな幻へ覚醒していくのを感じる卍は、消えた時間次元が闇にうねってゆがみ、空間が無限に広がりリバースしながら迫ってくる様を、鮮やかに真紅に染まった眼で見据えた。
デジャブのように闇の中にケモノの遠吠えが響きわたり、獣人の彼女が迎えに来たんじゃないと半笑いで卍が巴を見ると、巴は空を仰ぎ手を伸ばして夜空を指差している。
紅く光る巴の瞳の奥に、何かの眩しい光が映り込むのを見た卍が、巴の指差す夜空を見上げると、頭上を埋め尽くす星々の間を高速で突き抜けていく流星が何個か見えた。
流星は次々と幾つも飛来し始め瞬く間に空を埋め尽くし、二人の頭上に白昼のスコールのように降り注ぐ。その中にひときわ大きく紅い光線を引く流星が現れ、二人は同時にその紅く放たれた光線の重力に引き込まれていくような感覚に囚われる。
二人は本気で焦って強く地面に必死で足を踏ん張るも、頭上を渦巻き回転する紅い流星からは逃れきれず。
ダメだ、このまま激突して世界が終わるんだと二人が本気で思った瞬間、完全にコントロールを失った。
薄らだが確かに、断片的に何度も輝く光の中へ吸い込まれていくように、上下左右の3次元の空間が光に飲み込まれて消滅する。卍と巴は何処かは全く解らないが、紅い閃光に包まれた5次元空間にポッカリと浮いているような感じがした。
なぜか物理的に有り得ないパラドックスな空間に渦を巻く閃光に、二人は違う次元に自分と同じ人間がもう一人存在しているかのような幻が見えると、その光の一つ一つにハッキリと、確かな映像が鮮明に見える。
それは静止画のようで有り動画のようで有って、長かったり短かったりと、伸び縮みしながら波のように寄せては引いた。自分たちの姿もまったく違った物体に見えたりもしたが、それに意味など考えも及ばず。閃光の中にハッキリと見える色鮮やかに移り変わっていくビジョンが、チャクラが開いた卍と巴の無意識の中へと止めど無く刻み込まれる。
それはおぼろに消えゆく残像と、二人の頭上に渦巻いた流星の消えゆく輝きを、卍と巴にいつまでも追いかけさせ、二人は心を震わせる。
どれほど時間が経ったのか? すごく長くも感じたが、ほんの一瞬だったのかも知れない。
流星の出現が止み、二人が自分のコントロールを取り戻して、今の巨大な竜巻並みに制御不可能なリンボはいったい何だったんだと顔を見合わす。そのあまりにもブッ飛ばされたお互いの間抜け面を見て同時に噴出す。
そしてクスクスと笑いが止まらなくなると、次第に腹を抱えてケラケラと笑い合ってるうちに本気でどうしょうもなく可笑しくなり。終いに笑い死にするほどに毛は逆立って毛穴は開き、涙を流して息も絶え絶えに悶絶しながら過呼吸なみに気を失ってしまうほどに、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑って、笑いまくった……。
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