第16話 DJ Short Blueberry

 新宿警察署の留置所に拘留されて48時間が経った。接見禁止の巴は国選弁護人を私選にして D G と連絡を取る。


 部屋からは15k の G Jガンジャ が押収された。しかしその3分の2は処分してなかった L F リーフだ。だがそれをマジで検事に説明したところでどうにもならない。

 彼らにとっては B D バッズL F リーフも枝や根っこも、下手すりゃ種だって、まるで鬼の首でも取ったかのように。 G J ガンジャの全てが悪の権化と信じて止まないのだから、いくら真実を語っても欲求不満のババアのようにヒステリーを起こす。全く自分でものを考える事のない、思考が停止したバビロンのゾンビには改めて呆れてしまう。


 寧ろ、自分たちで何も考えずに言われた事だけを間に受けて信じ込んでしまうお前たちの方にこそ、必要なものなのだというにもかかわらず。


 しかし、善悪は別として、それが L F リーフで有ろうが法律で禁じられたモノが出てしまった事は仕方ない。

 巴は素直に15k の所持を認めると、T M 大麻取締法違反の T M 大麻の所持で、起訴される事となる。


 弁護士は量が多いので、裁判では身元引受人に身内を立てないと危ないと言う。

 営利の証拠は出てないものの、巴の部屋からは G J ガンジャと一緒に電子量りや真空パックの機械が複数押収されている。そこへ大量のペーパーやクラッシャーや B G ボング等も複数有り、現状証拠として限りなく営利に近いと疑われていた。それに巴には少年の時に T M 大麻の前歴がある。

 だが巴は、身元引受けや証人を立てるのを断わる。弁護士には卍の様態を D G を通じて伝えてくれとだけ頼んだ。そして弁護士は、卍の意識は戻らないと D G からの伝言を巴に伝えた。


 連日連夜、刑事の取り調べが続いた。死んだ魚の目をした刑事はあの日以来一切姿も何も見せず、妙な事に他の刑事に聞いても何の事だとなぜだか惚けられる。ちゃんと説明をしても、刑事達は G J ガンジャのせいにして、まるで俺が有り得ない幻覚を見ていたかのように誤魔化す。そして話をすり替え、大量の G J ガンジャを何処から持って来たのか? 誰に売って居たのか? 脅しと愛情が取り調べのセオリーの如く、毎日同じ事を何度もしつこく聞かれる。


 無論、巴はバレバレでも適当に、バカでも解かるようなストーリーを創作して、それらしく答えていくしかなかった。


 「私の部屋にあった 大麻は、玉川の河川敷で偶然生えていたのを見付けて取って来ました。全て自分で使うために持っていました」

 「どうやってあんな沢山持って来たんだ? 」

 「夜中に原チャリで取りに行きました」

 「誰とだ? 」

 「一人です」

 「一人で原チャリでどうやってあんな沢山持って来れるんだ? 」

 「4・5回は一人で取りに行きました 」

 「まだ有るのか? 」

 「いや、自分の見る限りでは全部取りました。それにもう冬ですから、有っても枯れてるでしょ」

 「本当だな! 」

 「ハイ、本当です」

 「よし、じゃー明日その場所へ連れて行くぞ! 案内できるんだな! 」

 「ハイ、どうぞ、いいですよ」

 「部屋に幾つも有った電子量りや真空パックの機械は何だ? 」

 「何だって言われても、何度も言うように、電子量りは重さを量る為で、真空パックの機械は空気を抜いて、アレの酸化と乾燥を防ぐためです」

 「バイするためだろ! 」

 「売なんかしませんよ、あくまでも自分でどれ位の量が有るのか確認したかっただけです」

 「ふざけんなよお前! 何で自分で使うた為だけなのに1キロずつ真空にしてパケ別けしてるんだよ! 」

 「だから、1キロに別けてたのはキリがいいからで、真空にしてたのは空気に触れず酸化と乾燥を防ぐために……」

 「お前! 自分がどういう立場か全く解ってないみたいだから俺がお前の為に解り易く教えてやるけどな。今正直に全部言わないと後で絶対後悔する事になるぞ! 今正直に全てを話せばもしかしたら執行猶予にもなるかも知れない。だけどお前がそうやってウソばかりついてると、大麻15キロの大量所持、川に偶然生えていたなんて有り得ないからな! お前が生やしてたんだろが! すると無免許での大麻の栽培だ! それに道具が揃っちゃてるからな! 間違いなく状況証拠で営利だ! 所持に栽培に営利が付くと、コレは完璧に実刑だな! 刑務所行きだ! お前の年だと少刑だろ! キツイぞ! 少刑は成人の刑務所よりヤバイからな。だから悪いことは言わないから手遅れになる前に、今のうちに全部正直に話せ、なっ! 俺も人の子だ、お前が正直に全て話せば俺にも情ってモンがある。素直に全てを話せば罪も軽くなるんだぞ。このままじゃお前の将来が滅茶苦茶になる。お母さんを悲しませるな……。売ってたんだろ、大麻を……」


 「いいえ」


 数日後……


 「お前は誰に売ってたんだよ! 言えよこのクソガキが! 」

 「売ってませんよ」

 「じゃーお前が一人で全部使ってたっていうのか? 狂った幻覚見て音楽聞いてオカシクなったり、女と変態 S E X する為に使ったりしてか? 」

 「別に覚せい剤やヘロインじゃないんだから、狂った幻覚なんて見ないし、音聞いてオカシクなったりもしませんよ。いい音であればあるほど最高にグルーヴを感じてメッセージが魂に伝わり、雷に打たれた見たく眼が覚めますけどね。 S E X だって相手と深くシンクロして、より相手と自然に理解しあえるようになる。陰と陽の融合ってやつですかね」

 「お前なー、もっと解り易く具体的に言え! 調書に書くんだから、何? 雷に打たれたグループがいたとか? シロクロセックスしてたとかじゃなくて? もっと具体的な! お前が所持していた大量の大麻を! お前は何のために使ってたんだ!」 


 「はい、具体的に何のために大麻を使っていたかといえば……。今のこの幻覚以上にヤバイ世界で生き抜くため。自分の精神や肉体や魂を、病んで生ける屍にさせないために。日々深く目覚め、治療し、調和し、覚醒する。コノ虚構の世界と現実を理解して、そこから己を解き放つために使ってました」



 「テメー、ふざけるな! 」


 刑事は力いっぱい拳で机を叩く。取り調べを途中で辞め、悪臭芬々ふんぷんたる豚箱へ巴をブチ込んだ。検事には10日間の拘留延長を請求され、巴は鉄格子に囲まれた留置場の狭い運動場から、微かに覗けるよどんだ新宿の空を眺め、無意識の中に刻まれた片眼の開く音に耳を澄ました。


 1週間が過ぎた頃、面会に来た弁護士から D G の伝言を聞かされた。卍が意識を取り戻したと。

 巴は微笑み、冷たい牢屋の鉄格子を片手で強く握ると、もう一方の手の平で自分の片眼を押えた。


 「混沌の炎に包まれ身悶えする屍の片眼が大きく開かれる……。やっと闇黒からお目覚めか卍。お前なら必ず戻って来れるって、信じてたぜ……」



 2



 年が明けて今年は元号も変わり新しい時代が始まると言うが、この国は何も変わりはしない。ただ、ユタが突然卍の前に現れたと、D G の伝言を弁護士から聞く。

 卍は意識を取り戻したが、幾度となく大掛かりな手術を重ね、内臓破裂した卍のハラワタは、何度も真一文字にかっ捌かれては縫い合わされ、気絶するほどの激痛に襲われる卍はすっかりモルヒネ中毒になっているという。

 砕け散った顎の手術では、上下の歯茎をワイヤーで完全に縫い込まれて固定され、口がまったく開かず話もできず、もっぱら筆談で意思の疎通をはかっている。

 術後の卍の様態は、驚異的な回復力で順調に体が再生していると聞いたが、血の滲む卍の歯茎に縫い込まれた鈍く輝くフルメタリックのワイヤーを想像する。それじゃー美人も台無しで、卍はヘルレイザーに出てくるチャタラーになってしまったのではないか思ってしまう。


 それにモルヒネ中毒だと聞き、前にハードなゲリラ戦で卍と大陸のジャングルの奥地で試した、双獅子印の4番ヘロインとはどう違うのかと一瞬気になる。5次元の虚構の中で色鮮やかに咲き乱れて輝くお花畑に、また生暖かく揺られているのかと想像する。


 そんな最悪な悪魔の拷問に比べれば、今の自分の置かれた状況など屁でもなく、Go for broke 当たって砕けろ……! いつでも地獄へ行くものと、とうに覚悟は決めている。


 巴は懲役2年の実刑を食らい、未決拘留60日を引かれ通算1年10ヶ月の少刑送りとなった。アカ落ちすると頭を坊主に刈られ、人の垢を塗り込んだような臭みのする囚人服を着せられる。何もかもがすえた臭いの東京拘置所の冷え切った独居房で、少刑への移送待ちの状態にあった。


 弁護士は巴が T M 大麻の所持だけで実刑を食らった最大の要因は、巴が裁判で謝らなかった事だと言う。

 検事や裁判長に対して法を犯した事は認めたが、それを反省して謝る気などさらさらないと、初めから最後まで貫いた結果が実刑だと。


 弁護士は判決に不服を申し立て控訴するかと聞いたが、巴は断わる。


 クソのような根回しと駆け引きをして、これっぽっちも悪いと思っていない事を、あたかも悪うございましたと頭を下げる。間違っているなどとはこれっぽっちも思ったこともない事を、もう二度と致しませぬと、盲目に法に溺れる検事とおごる無知な裁判官の権力に媚びへつらって尻尾を振り、顔色を伺って揉み手をしながら屈した振りをして自分を卑下ひげするなど、まっぴら御免候ごめんそうろう。


 魔女裁判じゃ在るまいし、物事の価値観は一つじゃないが真実は一つ。


 悪いと思ってもいない事を、アンポンタンに洗脳されたオツムに刷り込まれて盲目に信じ込むゾンビ達が。全く根拠のない常識などというプロパガンダをカサに、ヒステリックな実力行使で何が何でも謝らせようとするのだから、これでは子供のイジメと変わりない。

 大の大人達が揃いも揃って公の場で率先して税金を無駄に食い潰してイジメをやっている社会なのだから、子供のイジメが無くなるはずもない。それに俺が屈するのであれば、今も地獄のお花畑に微睡む卍に顔向けすらできはしない。


 その日、東京拘置所に刑事が調べで来たと刑務官に言われ、巴はすぐにピンと来た。きのう回覧された新聞に興味深い記事が小さく載っていた。


 昨夜未明、新宿で停車中の車に手榴弾のような爆発物が投げ込まれ、40歳の男性一人が死亡。24歳の女性一人が重傷。警察は爆発物を詳しく調べ、車に爆発物を投げ入れ現場から逃走した50代位の男を殺人容疑で探していると有った。


 「お前何か他にも余罪があるのか? 調べに来たのは公安の刑事だぞ! 」

 「いえ、身に覚えがないですけど」


 連行する刑務官に公安の刑事が来たと聞かされ。瞬間、「この傷はワシが二十の時に役所を爆破して、公安に受けた拷問の跡じゃ……」と聞いたマナの言葉と、背中の傷のケロイドが脳裏に鮮明に浮かび上がる。


 殺風景な調べ室に入れられると、そこには中野のアパートで失禁していらい顔を見せていなかった、死んだ魚の目をした腐った幻のゾンビと、初めて見るサングラスを掛けたスーツ姿の男が椅子に座っていた。巴は二人の前に座らされ、「終わったらインターホンで知らせてください」と、刑務官は言って部屋を出て行った。


 悪臭を放ち、2・3本しかない茶色く黄ばんだ前歯を剥き出して、腐敗しきって濁った目が、巴を見据えて言った。


 「お前手榴弾どこにやった! 」

 「何の話ですか? 」

 「惚けんなよ! 見てたんだよ俺はハッキリとこの目で、お前がねーちゃんの手榴弾を拾って懐ろに隠したのをよ! 」


 コイツは公安だったのかと、巴は腐った刑事の目を見据えた。


 「けどおかしいじゃねーか、何で手榴弾抱えて電車に跳ねられたのに、手榴弾ハジケなかったんだ? だからこっちもてっきりパチモノかいなと思ったけどな、どうやらマジネタだったらしいな! 」


 刑事は口から悪臭を放ち、巴が刑事の腐りきった口臭に顔を背けると、サングラスを掛けた男から紙切れを受け取り机に叩き付け、マダラに禿げ上がった頭皮を掻き毟るように身を乗り出して言う。


 「 R G D - 5、ロシア製手榴弾! お前の持っていた手榴弾はコレだろ! 」


 刑事が机に叩き付けた紙切れには、ロシア製手榴弾 R G D - 5のパンフレットのような能書きが書かれていた。


 「お前はロシアと繋がってるのか? 国家の治安を危ぶませる反体制の許すまじき存在め! お前のような危険分子は本来ならばテロリストとして厳罰な処置が必要だ! この非国民め! 命拾いしやがって……。それとお前、ホームレスに知り合いがいるな! 」

 「何だそりゃ? 」

 「まぁいい、正直に話せと言っても話すはずねーしな、どのみちお前にはアリバイが有る。しかしねーちゃんは息を吹き返したらしいじゃねーか、それで乞食を使って殺らせたか! 何も知らねーガキ共め、お前達はゲリラ戦の経験者だろ! 言っとくがな、コレは警告だ! お前達はとっくに虎の尾を踏んでるぞ……」


 「そうか、やっぱりお前たちか……、卍を殺そうとしたのは……」


 「さぁ、言ってる質問の意味が良く解らないな……」


 翌朝、巴は川越少年刑務所へ移送された。



 

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