第8話  Chiquita Banana

 赤くうねりをあげる炎の火柱が夜空へと立ち昇り、火の勢いが闇夜を白昼に変える。もっけの化粧をほどこした着物姿の少女たちが空に共鳴し、炎に照らされ大地に舞う。

 天高く立ち昇る火柱のまわりを唄を歌って踊りながら、円をえがいて回っていた。


 ケムリをくゆらせながら眼を真紅に染め、現実と幻の境を舞う少女たちの土着な唄と踊りに引き込まれると、卍と巴はうねりをあげて立ち昇る炎を見詰め、完全なる第三空間へブッ飛ばされている……。


 ユタに呼ばれて平屋の家の中へ入ると、ランプが置かれた広間に綺麗に生けられた、美しく儚げな紫の花を巴は見て眼を見開く。

 朝霧に紫の花と消えた少女と白いケモノが鮮かに脳裏に浮かび、あれは夢ではなく現実だったのかと眼を疑う。


 家の中には年配の人達に混じって、電力不足でぼんやりとした電球の明りの中で忙しそうに動き回っている、同じ年ぐらいの若い女が何人か居た。

 卍と巴は幾つもランプが置かれ、盛大に料理が並べられた折りたたみの長机の奥へ詰めて座ると、「食べろ、食べろ! 」と、二人の紅い眼を見てニヤ付くユタが言う。


 向かいには裏の竪穴式住居にお住まいの作業服を着た仙人と、そのご家族が居て、二人が挨拶を交わす。

 長髪で立派なヒゲを蓄えて、寡黙かもくな印象を放つ仙人は、黙って一升瓶から二人の湯呑に並々と酒を注いでくれた。


 「先生いいよ、こっちに酒いっぱい有るから」


 ユタは一升瓶を2本抱えて持って来ると仙人に言った。

 仙人がなんで先生と呼ばれるのか二人は気になったが、ユタの掛け声で乾杯をする。


 紅い眼をしたマンチな二人は、ランプの揺らぐ明かりに豪勢に並んだ肉や魚を手当たり次第に頬張った。

 次々と年配の人が入って来てあっという間に広間は埋まり、とてもここが山奥の立入禁止区域とは思えぬように、賑やかで盛大な祭りの前夜祭が始まった。


 「えーっ! 本当ですか? 」


 仙人と話をしていた卍が急に大きな声を上げたので、驚いた巴がどうしたと卍に聞くと。卍が仙人に、「ずっとあそこに住んで居るんですか? 」と、聞いたら、「生まれは新宿の十二社だ」と、仙人が答えたので、紅い眼をした卍は驚いて声を上げた。聞いた巴もマジかと驚き、紅い眼を見開き唖然とする。


 卍は生まれは海外だが、母親が亡くなり日本へ来ると、蒸発した父の家に来るまでは、中野の弥生町の祖母の家で暮らしていたので、子供の頃の遊び場だった新宿中央公園の有る西新宿の十二社は目と鼻の先。巴は渋谷の本町だが、山手通りを挟んで殆ど同じ地元……。

 まさかコレほどの僻地の山中で、家族と竪穴式住居に暮らす仙人と自分たちがピンポイントで同郷だとは、これは衝撃の共時性ってやつで、ガチなシンクロニシティー……。


 五十路いそじの坂を越したと言う仙人は、ビジュアルが一見ヒッピーかホームレスにも見えてしまうが、昔は大学の講師などをしていて世界を放浪していたと言う。

 ここへは10年ぐらい前にたどり着き、妻をめとって子供ができると、家族で裏の竪穴式住居に住み着いた。普段は畑仕事のかたわらここにいる子供たちに勉強を教えている、気の優しいオジサンだ。


 先生と呼ばれる理由は分かった。だが、二人は何故同じ地元の人間がこの生活を選んだのか? 世界各地のバビロンを知り得る仙人の意見が聞きたくて、ユタをふくめて4人で酒を酌み交わし、崩れ去るバビロンについて語り尽くす。


 宴会を取り仕切って忙しそうに食事や飲み物を配っているエプロン姿の若い女を横目に、巴は卍に肘打ちをすると肉を片手に小声で言う。


 「なー、今この鹿肉の燻製持ってきてくれた子、マジカワイイ! 」


 卍は大きなしし肉の骨で、広間の奥を差して言う。


 「私はさっきからあの黒いエプロンして髪を結いてる子、あの子ね! 」

 「分かる、あの白いシャツに黒いエプロンの子ね、カワイイよな! 」


 小声で二人が話をしていると、マナがワッカに手を引かれて奥の部屋から現れた。訪ねて来た人たちとマナは言葉を交わしながら二人のところまでやって来る。


 「明日は出るんじゃな……」

 「はい、出させて頂きます」

 「そーか、そーか、頼みますよ! 」


 微笑みながらマナは手短に言葉を交わすと、広間の入口の方へと戻って行き、側にワッカを従え椅子へ座った。

 外の火柱を回りながら歌って踊っていた少女たちが勢い良く部屋の中へ入って来ると、広間の中央に輪になって集まり、また一斉に唄を歌いだして踊り始める。

 少女たちを囲むように座る大人たちも皆手拍子を打って一緒に歌いだし、すぐにシンクロして一体化し、一つの魂と繋がってゆく。


 少女たちの唄う歌と声の波動に卍と巴もシンクロすると、究極的に冴え渡る意識の中で、始めて耳にするスラング過ぎて言葉の解らぬその唄も、なぜか鮮明にビジョンが浮かんで理解できる。

 ランプの明かりに揺らぎながら漂う音の波長の中に、卍と巴は魂を震わせ、片眼の開く音を聞く。


 少女の中の一人が、カゴの中の紫の花びらを床へと溢れ落とし、少女たちが舞う足元に美しく儚げな鳥兜の花びらが散らばる。

 無意識に紅く染まった片眼を手の平で押さえ、巴は少女たちの足元に散る紫の花びらを見据えた。

 卍も少女たちが唄う歌が、自分の無意識を埋めるパズルだと理解して、覚醒していく。


 紅く染まる片眼を手の平で押えた巴を、部屋の奥から伺うように真剣な眼差しで見詰める、一人の若い女が居る。そして巴を見詰める若い女を、マナが鋭く見据えていた。  



 翌朝日の出とともにワッカに起こされた。二人は布団から起き上がると、灰皿に見立てた大きなイノシシの骨の上から、 J T ジョイントのシケモクが2つ畳に転がる。巴は寝惚けながら転がるシケモクを追いかけた。

 布団を2階へ終って洗面を済ますと、きのう寝る前に G J ガンジャのケムリをしこたま吸って、少女たちの唄の意味が完璧に理解できて安心して寝たはずなのに、起きたら全く思い出せない事に卍は思わず失笑する。いちよう巴にも聞いてみたが、「う~ん、忘れた! 」で、終わり。まぁ、そのうちまた思いだすわ……。


 ワッカが綺麗な着物を二組み畳に揃えて置くと、上目使いで二人を見上げて言う。


 「これに着替えて……! 」


 卍と巴は呆然と立ち尽くし、まだ寝惚けた互の顔を見合わせて首を傾げていると、「おはよう! 」と、ユタが元気に部屋に入って来て、ぼーと突っ立っている二人に言った。


 「何やってんの、早く着替えて! 朝飯前に行っちゃうから! 」


 祭りの事などすっかり忘れていた二人は、とにかくユタとワッカに急かされるまま着物の袖に手を通す。


 「イイよー、似合うよー、女っぷりが上がったねー。そっちも男前だ、二人とも格好良いなー」


 着物を羽織った卍と巴をユタがニヤ付きながら煽てると、満更でもない顔して二人は帯に手を当てポーズを取る。

 ユタは親指を立てて大きく頷き、ワッカは呆れた顔して外方を向いた。


 出された草履に履き替えた二人は、着物姿で軽トラの荷台に飛び乗り、卍は胸元に潜ませた J T ジョイントを唇に差し込み火をつける。

 白いケムリが澄み切った朝焼けの空へ揺らぎながら昇って行くと、ユタは軽トラを発進させた。


 激しく揺れる荷台で J T ジョイントを回して紅く眼が染まり始めた二人は、ようやく目も覚めてきて、きのう平屋に居た女の話で盛り上がっている。

 荷台の会話はユタにまる聞こえで、笑みを浮かべるユタが急な斜面を登って行くと、濃い霧が辺りを覆い始める。巨木がうっそうと生い茂る山中の細い山道が、濃い霧の中へと伸びて行く手前で、ユタは軽トラを止めた。


 静寂と霧に包まれ静まり返った山中に、微かに滝の落ちる水音が響いていている。濃い霧がひんやりと二人の肌に纏わり付く。

 荷台から二人が飛び降りると、同じ着物を纏う爺さんが霧の中からいきなり現れたて、二人は会釈をした。

 しかしなぜか霧の中から現れた爺さんは、血走った目付きで二人を睨み付け、突然大声で怒鳴り散らす。

 

 「なんじゃーお前らー! なにしにここへ来た! 婆あがまたふざけた事やってんな! わしは絶対に認めんぞ! 今度は地震や毒だけじゃ済まんぞ! 」


 物凄い剣幕で二人に詰め寄る爺さんに、卍と巴は訳が解らず呆然とドン引きする。ユタが慌てて割って入り爺さんを宥め、水音が響く濃い霧に包まれた細い山道の先へと連れて行った。


 「ビックリしたー、なんなんだ? うちらなんかしたか……? 」

 「今度は地震や毒だけじゃ済まんぞって言ってたけど、やっぱり狙われてるのかしら? 」

 「地震の次は何をお見舞いいたしましょうか……。て、やつか……?」

 「それ、B-29から撒かれたビラ。マジでヤられ過ぎでウケるわ……」


 紅い眼を見合わせて二人が話をしていると、すぐにユタは戻って来た。


 「ハハハハッ、まぁ気にしないでくれ、どこにでも居るだろ、あーゆー爺さんて、だから何も問題ないから気にしなくてОK! で、もう始まってるから急ごう。階段滑るから足元気を付けてね! 」


 ユタは二人を急かし、濃い霧に覆われた細い山道の先へ足早に案内する。そこには山の頂上へと霧に包まれ切り立った崖を登って行く、かなり勾配の急な石階段が目前に聳そびえ立っていた。

 二人はマジかと思いながら、ユタの後に付いて急な石階段を登った。霧で視界の悪い苔の蒸した石の階段は濡れていてとても滑りやすく、一歩間違えば霧に包まれた奈落の底へ転落してお陀仏なロケーションで、二人は何度か足が滑って地面に手を付き冷や汗をかく。

 

 「さっきの爺さんよくこんなとこ登ったな! 」


 息を切らし、巴が苦笑いを浮かべて呟く。


 滝が落ちて行く強い波動を全身に感じると、石階段を登りきっていた。

 濃い霧で視界は悪いが、山の頂上付近の切り立った崖から谷底へ落ちる滝が轟音ごうおんとどろかせ、白い霧の煙幕を舞い上がらせている。

 瞬間透き通って抜けるような青空が見えると、妖艶に色付く山々を見下ろす空谷くうこくが眼下に望めた。


 霧の中に赤い炎が焚かれている。炎を囲むように同じ着物に身を包んだ長老か仙人の面持ちの爺さんや婆さんが10人ほど、色鮮やかで曼荼羅のような刺しゅうが施された大きな布を地べたの上へしき、コの字の長方形で真ん中に焚かれる炎を囲んで座っていた。そして炎の正面にはマナが鎮座ちんざしている。


 紅い眼をした卍と巴はユタに空いてる所へ座らされると、トライバルな模様が描かれた鉢巻のような麻布を渡され、それを頭に巻いた。


 「わしらと同じ事をすれば良い。真似してな、同じように……」


 二人にマナはそうささやく。

 頭を大きく下げてユタは一礼すると、石階段を一人で下りていった。


 「帰るんかよ! 」と、巴が言うと、丁度コの字の反対側の正面には、さっき下でいきなり二人を怒鳴り散らした爺さんが、苦虫を噛み潰したような顔して睨み付けている。

 何をすればいいのか分からぬまま、向かいで睨み付ける爺さんを二人はやり過ごしていると。マナが火に油を注ぎ、炎の火柱を空高く立ち昇らせた。


 濃い霧に炎の灯りが赤やオレンジ、緑や紫と発光して、揺らぎながら反射する。そこに4次元の扉が頭上に開かれたようで、一切世界ことごとく幻の如く。卍と巴は己を解き放つ。色鮮やかに発光する霧の中で、片眼の開く音に耳を澄ませる。


 マナは意味の解らぬ言葉を唱え、炎を囲んで座る爺さんや婆さんたちも口々にマナと同じ言葉を唱え始める。

 一様にその呪文のような言葉を卍と巴も真似して唱えてみると、途切れ途切れにいくつかのワードが、きのう少女たちが歌っていた唄とリンクした。

 無意識のパズルを探るように、色鮮やかに赤く揺らぐ霧に包まれた呪文のプリズムに、二人は吸い込まれるようにトランス状態へ入ってゆく。


 眼の前にもろそうな素焼きの杯が置かれ、そこへドブロクのような白濁の液体が注がれた。

 皆がそれをいっきに飲み干したのを見て、卍と巴も杯に注がれた液体を飲み干すと、甘酸っぱさと青臭さが鼻に抜けた。そして樹皮を剥がした10センチ程のトライバルな模様が彫られた木片を渡される。

 二人が渡された木片は同じものではなく、「それぞれに別の光が宿っている。早く懐ろへ終え! そして飲み干した杯を割れ! 」と、隣に座る爺さんに言われる。卍と巴は言われた通り木片を懐ろに終い、杯を手で割った。


 素焼きの杯はとてももろく、手の平で軽く握ると細かく砕けてちりとなり、砂のように手の平から溢れ落ちていき、幻のように跡形もなく地べたに消えて土となる。


 「各々おのおのの懐ろの神が必ずやお前たちを闇黒から光へと導く! 分かるな、流れの中にいて決して己を見失うでないぞ……」


 卍と巴はハッとして同時に眼を見開く。霧に霞んだ赤い炎の奥に座るマナの声が、直接二人の頭の中にハッキリと聞こえる。そして霧に映りこんだ炎を見詰める二人の脳裏に、鮮やかで鮮明なビジョンがいくつか映し出された。その中の一つに蒸発した父親の姿がハッキリと見え、父親は霧の中で二人の前に立ち尽くしている。

 

 「卍、巴……。いつかまた……、必ず……。ケムリの中の幻と、真実の先に……」


 勢い良く真っ赤に空へと立ち昇っていた火柱がいっきに消されると、すぐに辺りは濃い霧に覆われて、地べたに座っていた爺さんや婆さんたちが次々と、霧の中へと消えてゆく。視界は限りなくゼロに近く、ただ滝の音だけが響く濃い霧の中の地べたに座ったまま、卍と巴は動けずにいた。


 暫くして風が吹き始める。霧はゆっくりと押し流されるように姿を消して、徐々に視界が開けてきた。

 空から一筋の眩しい光線が差し込む。二人の他にはもう誰も居なくなっている。


 幻と現実の狭間に全ての真実が有るように、霧の裂け目に差し込んだ眩しい一筋の光の柱の中を、一人の男の影が歩いて来た。


 「ご苦労ちゃん、兄弟たちよ……」


 

 


 


 

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