第7話 Tutankharmun ( King Tut )
夜がまだ明け切らず、外がほんの少し薄らと白っちゃけてきた頃。小便で目を覚ました巴はボットントイレに行くのが面倒で、土間の戸を開けて外に出た。
外は一面真っ白な霧に覆われていて、静寂に包また山の頂きからゆっくりと雲海が流れ込んでいる。
雲の中を手探りで進む巴は1本の大木を見付けて用を足した。
帰ろうとすると、雲の中に白い四本足のケモノが霞んで見えた。ケモノは白い息を吐き出すと、鼻先を巴の顔へ近ずける。
大きな黒眼が巴を吸い込むように見詰め、息が掛かるほどの距離に巴は動けずにいた。
後ろを振り向けば美しい着物に身を包んだ幼い少女が、両手いっぱい溢れるほどに、
その紫の花は
象牙のように美しく滑らかな白いケモノの身体が、一瞬紫に散りばめられた花の上に赤く鮮やかな鮮血を口から噴き出して、大きな黒目が見開いたケモノの体が紫の花の上に横たわる姿が脳裏をかすめる。ケモノから目を逸らして少女を見ると、少女は巴に優しく微笑みかけ、ケモノと一緒に雲の中へと姿を消す。
雲の中を手探りで家の中へ戻ると、薄暗い居間の布団の中へと潜り込み、巴は目を瞑るとすぐに深い眠りに落ちた。
布団を終いに2階へ上がると、二人は寝る前に2階の風通しのいい場所へ細いロープを張って吊るした
綺麗に均等に、枝付き枝豆のように吊るされて陰干しされた
二人は
囲炉裏の横に置かれた卓袱台の上には、雑穀米のご飯に芋の味噌汁と謎の刺身が並んでいる。
朝から刺身とは豪勢なものだと、二人はワッカに「頂きます」と言って箸をつけた。味噌汁やご飯の旨さもさる事ながら、半透明の白身がさいの目にカットされた謎の刺身が絶品で、見た目はイカのようにも見えたが、ワサビ醤油で食べると食感は硬めのアロエかナタデココのようだ。そのくせ味はトロのようにコクがあり濃厚だ。
「この刺身旨いね、何て魚? 」
樹皮と薬草を煮出した大量の真黒い液体の入った薬缶をまた持って来たワッカに巴が尋ねると、「カスベ」と、ワッカは答えた。聞いた事もない魚の名に、二人は顔を見合わせ首を傾げる。
食事を済ませると、ワッカは湯呑に並々と例の真っ黒い液体を注ぎ、「木肌を飲め! 」と、巴に迫る。
朝から旨い飯を食わせてもらった負い目から、仕方なく苦笑いを浮かべて巴は木肌を何杯か飲むと、今度は洗濯するから服を脱いで出せ、居間も掃除するから風呂へ入れと急かされた。
お言葉に甘えて泥だらけに汚れた洗濯物を二人は恐縮しながらワッカに渡し、そそくさと風呂場へ向かった。卍が先に風呂へ入り、巴はパンツ一丁で脱衣所で待つ。
眩しく降り注ぐ日の光に照らされてしっかりと色付く山の木々を、脱衣所の窓から眺める巴は、これはちょっとした
「俺マジで初めは飯食わしてくれるっていっても、山羊の頭の姿煮スープとか出てくっかと思ってたよ……」
「山羊の頭のスープって、ターキッシュじゃないんだから! さっきの魚美味しかったわね、魚の名前何ていったっけ……? 」
卍は湯船に浸かって巴に聞く。
「忘れた……」
森に差し込む太陽の光の中に、子供たちの賑やかなはしゃぎ声が聞こえ、卍は立ち上がって外をのぞく。
「あの青い瞳をした子や、褐色の肌をした子はいったい……? それにマナが言った役所の爆破と背中に残る拷問の傷跡。そして巨大な
窓に肘を付き、卍は外を裸足で駆け回る子供たちを見詰めて独り言のように呟き、突然「アーッ! 」と、大声を上げた。
「見て、バイクが大変! 」
卍の声に巴は驚き、窓から外に止めてあるバイクを探して見ると、2台のバイクがこれでもかというほど泥だらけに汚されていた。
丁度風呂の窓のすぐ下では、薪が沢山積み上げられた横で子供たちが5・6人しゃがんで外方を向いてダベッている。明らかに窓の下にタムロうガキどもの仕業なのは明白だった。
「お前ら、バイク汚したろ……」
下で外方を向いてる子供たちに卍が言った。
「知らねーよ! 」
子供たちは卍と目を合わさずに、外方を向いたまま大人びた口調で惚けて言う。
「ざけんなよガキども……」
プチ切れした卍は湯船の湯を風呂桶ですくうと、窓の下にいる子供たちの頭上へお湯をブチまけた。
子供たちは奇声をあげて蜘蛛の子を散らすように逃げ出したが、わざとふざけた態度を取って卍をからかう。卍も子供相手にムキになり、バカみたく湯船のお湯を外へとブチまける。
巴は隣の窓から身を乗り出し、いいじゃねーかよモトクロスなんだからと汚されたバイクをよく見ると、卍のバイクのシートに木の枝が突き刺さっていて、思わず巴は大きく口を開ける。そこへユタが軽トラで山を登って来て、運転席の窓から顔をのぞかせて言った。
「何か楽しくやってるねー 」
卍の後に風呂に入った巴は騒ぎを嗅ぎつけたワッカに、「お風呂のお湯を無駄にしないで! 」と、巴は自分がやった事ではないのに叱責される。確かに湧水を薪で焚いた風呂の湯は貴重なのも解るが、どうもワッカは卍には優しくて巴には遠慮がなく当たりがキツイ。あからさまな性差別に矛盾を感じるも、奴もやっぱりレインボーなのかと変に納得がした。
バケツの水でバイクの汚れを洗い落とし、卍はモロにシートに突き刺さった木の枝を、消沈して溜め息を漏らし引き抜いた。
車が何台か山を登って来る。きのうは見掛けなかった人達が大勢集まり、平屋の方は人の出入りが激しくなった。卍はいつもの調子で愛想よく挨拶を交わしていると、ユタが、「チョット来なよ」と、風呂上がりの巴と一緒に二人を裏山の方へ案内した。
「君たちは何、アレを見つけたのか、河原で……? 」
「はい、河原のところで1本」
「1本だけだ、ふーん。どうだった? もう試してみた? 」
「俺がケムリにまだできないから、フライにして二人で食べました」
「フライにしたんだ。で、食ってみてどうだった……? 」
「マジでヤバかったッス、紅い流星に引き込まれてバーンて感じで、超ブッ飛ばされて、一瞬自我までフッ飛ばされて、全く違う次元に暫く浮かんでました! 」
「紅い流星って、きのうの夜出た流星群か? じゃーちなみに何か見えた? 何かイメージみたいなものでも? 」
卍と巴は目を合わせると、巴は思わず噴出して、卍がユタに言う。
「見えました、ハッキリと鮮明に。でも何の脈絡もない絵みたいで写真みたいな画像が沢山フラッシュするように見えて、いったい何の映像なのか? 未だに良く解らないままですけど」
「そうか、見えたか……。じゃーそれは多分俺たちのネタだよ」
「そうなんですか、それじゃ何なんですかあれは? やはり放射能が影響しているとか? 」
卍はユタにそう聞くと、二人はまったく気付いていなかったが、二軒建ってる家の裏山に、山の峯にそって連なる
卍と巴は本気で驚き、まるで石器時代の集落へタイムスリップしたような光景に、呆然と立ち尽くす。
「これは……、無形民俗文化財ですよねー? 」
「いや、遺跡を復元したんでしょ? 」
「発掘したのか……? 」
「発掘した石器時代の集落の遺跡を、復元したんでしょ? 」
「じゃーこれは矢張り、重要文化財に違いない……? 」
なぜこんな物がここに存在しているのか意味が解らず。勝手に想像で決め付ける二人にユタは微笑み、住居の合間によく手入れされた畑に生える青菜を一本引き抜き二人に見せた。
「コレ、きのうバター焼きにして食べたやつ」
「あっ、コレきこうの! マジで超旨かった! 」
「ここで野菜を全部自家栽培してるんですね、凄い……」
竪穴式住居のコケむす茅葺き屋根に、ユタはそっと手で触れて言う。
「別に凄くも何ともないよ、これはいわゆる普通の生活ってやつで、昔から今でも人が生活してるんだから、ただの住宅だよ」
確かによく見ると茅葺き屋根の上からは、薄らと煙が上がっていて、人の気配を感じた。
「入って見るか? 」
「はい、是非! 」
竪穴式住居というのは、大地の上に屋根が乗っかっていて、中へ入るには地下へ潜る形となる。住居の入口でユタが中に声をかけると、ボロをまとった裸足の男の子が勢い良く飛び出して来た。
「出た! 」と、卍は思わず呟く。卍のバイクに木の枝を突き刺したのがその子で、すっかり卍に懐いてしまい、確りと卍の足にしがみ付く。
「おい、父ちゃん母ちゃんは? 」とユタが聞くと、「中に居る」と、男の子は答えた。
卍はしがみつく男の子の首をふざけてくすぐり、「お前ここに住んでんのかー? 」と聞いた。男の子は、「ひゃっひゃひゃひゃぁ~」と体をくねらせて笑いながら頷く。
頭をかがめてユタが中へ入って行ったので、卍と巴も後に続く。
住居の中は想像以上に広くて涼しかった。中央には炉があって微かに煙が燻っている。奥には
炉の横にはここの住民で人の良さそうな夫婦が、イ草の敷かれた座布団の上に座っていた。自分たち部外者を受け入れてくれた夫婦に二人は丁重に挨拶をすると、着物を肌脱ぎした奥さんは、乳飲み子に乳をあげている。夫の方は想像どうり仙人ような風貌で、ユタと同じ作業服を着ていた。
茅葺き屋根の内側は木と竹が縄で綺麗に編み込まれていて、芸術的な美しさだ。床も壁も当然土だが、土壁の壁面は色鮮やかな幾何学模様の刺しゅうが施された綺麗な布で覆われている。
部屋には窓というものはなく、唯一天井に煙を逃がす排煙口の穴が有るだけなので、部屋の中は薄暗い。もちろん電気などは通っていない石器時代の暮らしぶりで、たまに夜使うというススで黒く汚れたランプが天井の柱に吊るされてある、その横には沢山の動物の肉や魚が煙で燻されている。
現代にもまだこんな生活が実際に存在している事に驚きを隠せずにいた二人だが、ここならいくら立入禁止区域とされて電気など全てのライフラインを止められようが、水も有れば火も有れば食料も有り、人間の生活に必要なもの全てが揃っている。そもそも電気に頼った生活をしていないのだから何の問題もない。
それにもし、この世がなんらかの形で滅びるとしても、崩れ去るバビロンでは生き延びる事が出来ぬとも、ここでなら生き延びる事も出来るかも知れない……。いや多分、間違いなく確実に、生き延びる事が出来る。文明と国家やテクノロジーのシステムから管理されずに完全に独立した自給自足のサイクルが確率してるし、地震が起きて空から電磁波や毒が撒かれても、
この空間は曼荼羅的なタイムカプセルのようで、太古から現代へ人間が一つの生命体として繋がり、災いが降りかかる世界を生き延びる為の究極的なシェルターとして機能してきた証のように、二人の目にはハッキリと映っていた。
住居を出たところでユタが言う。
「明日祭りがある、よかったら二人とも祭りに出てみないか? 」
「いいっスネー 」と、巴はすぐに返事をしたが、卍は黙って返事をしぶった。ユタはすぐに察して言った。
「心配するなよ、例の場所へは祭りが終わり次第すぐに案内する。それに、アレが生えている場所は俺たちの聖地なんでね、君らが足を踏み入れるにも、祭りに出てもらうほうが道理が通る」
「立入禁止区域で祭りだなんてウケるな!
「取り敢えず俺が持ってるのもあげるよ、車の荷台に置きっぱなしだけど。自分たちが取ってきたのもあんだろ? それはどうした? 」
「いま、2階の奥の部屋で乾かしてます」
「それはマズイな、いつやったの? 」
「きのうの夜です、寝る前に……」
「多分マナの婆あは感づいてるぞ、きょうは祭りで人が集まってるし、あの婆あは何でも見通すからな」
古民家の方へ戻ると、案の定ワッカが腕を組み怪訝な顔をして突っ立っている。ユタを見付けると急いで駆け寄りなにやら耳打ちをした。
「なっ、もうバレてる、すぐに場所を移さないとダメだ。しょうがないから俺の車で行こう、早く行って全部持って来な! 」
ユタに促されるまま二人は急いで古民家の2階へ上がり、干した
軽トラは山を下っていったん国道へ出ると、暫く走って細い林道へ入って行く。エンジンが悲鳴を上げて山の坂道を登って止まると、森の中に大きなコンテナが有り、ユタは車を降りてコンテナに掛かる大きな南京錠を外して扉を開けた。
「この中で乾かしな! 」
荷台から飛び降りて卍と巴はコンテナの中を覗いた。なにげに荷物が散乱しているが、コンテナの中はとても広く、ちゃんと換気用のファンも付いていて空気も循環している。二人は顔を見合わすと、親指を立ててユタに言った。
「完璧です! 」
早速手分けしてコンテナの天井部にロープを通すと、二人は綺麗に丁寧に均等に、
ユタから貰った荷台でヘタッタ巨大な
それでもヘタッてしまったどうしょうもない小振りの
「何スカ、コノ穴? 」
「あぁ、その穴、クマだよ、クマが掘った」
「クマ! 」
巴は声を裏返して、恐々と大きな穴を覗き込んだ。よく見ると、コンテナの下の所にはクマの毛がビッシリとコベリ付いていて、巴はギョッとして目を見開く。
「ちょっと前にここでBBQしてたらドでかいクマが現れて、ヤバイからコンテナの中へ非難したら、クマの野郎コンテナの下へ潜り込みやがって、俺もあんときゃ焦ったわ!」
辺りを警戒するように森を見回して巴が言う。
「ちょっと前って、ヤベーんじゃねーかここ……」
山を伝って降りてくる澄んで乾いた秋風が、コンテナの下にビッシリと張り付いたクマの毛を小刻みに揺らしている。
「ユタさん、何であの山の家には瞳の青い子や褐色の肌の子が居るんですか? 」
卍は唐突にユタに聞いた。
「青い瞳や褐色の肌は、親の遺伝だな……」
「何処の国の? 白人と黒人ですよね? 」
「まぁ色々あるけど、主にダッチかな」
「その主にダッチの親は何処に居るんですか? 」
「国に帰っちゃったんじゃない」
「子供置いて帰っちゃったんですか? 」
「そーゆー事になるかな……」
「そんなもんなんですか? 」
「そんなもんなんじゃない……」
話を聞いていた巴は呆気に取られて両手を広げ、卍は一瞬自分の蒸発した父親とリンクして、うつむき加減に考え込んだ。ユタは笑顔を浮かべ、二人が
「あの子達の親は大震災が起こる前の年、丁度祭りの数日前に君たちと同じモノを探してここへ現れた。しかし君達とは少し違い、彼らはこの種の方にもっとも興味を表していた」
そう言ってユタは手の平を開くと、黒々とした小さな1粒の
「彼らは世界中でこの種を集める使命を持って、遥々この地へやって来た。私が彼らに、世界中を旅してまで何故この種が必要なのかと問うと、それは神の計画だからだとハッキリと言った。マナは彼らを受け入れ、彼らの持つ情報と知識に共鳴して決断した。そして我々の一部と化した。いや、我々が彼らの一部と化したのかもしれない。あの子ども達は先に思う者の落し子、ネフィリムだ。これまでにも数多の時の流れの中、その時代その時代の長い年月の中で、場所や姿形を変えながら現れ繰り返されてきた事。教えられる歴史にはのらず、一部の者が持つ情報と伝えられる知識、そして隠されるように散りばめられた確かな痕跡とサインで、気付き到達するものがある。そこへ至るには3つの段階が有り、これはその第1段階だという。まずはその次元に気付くことなのかもしれない。厳密に言うと彼らは突然姿を消した。国に帰ったのだというのは飽くまでも我々の憶測に過ぎない。そしてあの子らが生まれ、大震災が起き、我々の聖地にも放射能の雨が降り注いだ。この事が何を意味するのかは、いずれ解かる時が来る。立入禁止区域とされ人々が去ろうとも、この国の禁じるこのモノとは、有史以前からの長い付き合いだ。生活の中に普通に有って共に生きて来た。過去に人は知識を有していたが、今や完全に封印されている。今でも俺たちは出産の時は母親がケムリを吸い、赤子のへその緒は麻糸で切り、そして赤子は麻布で包む。いみじくもこの国が悪だとして禁じるモノに、この世に生まれて始めて触れる。人がこの世に生まれて始めて触れるモノは、過去から現代においてもこの世でもっとも神聖な力を持つモノでなくてはならない。そしてやはり目を見張るべきものは、コレのずば抜けた浄化作用と、薬としての効果だろう。他にもただ有るが、婆あが普段誰にも見せない背中の傷を二人に見せただろ、これで生き延びられたという証を。さすれば何故国がこれを法で禁じているか、自ずと見当は付く。どこにでも生えてしまう雑草で汚染が浄化され、体が治ってしまったりしては、都合の悪い奴らが居る。奴らがこの国で人々から吸い取った天文学的な数字の金を、湯水のように注ぎ込んで築き上げ続けているシステムが、いとも簡単に崩れ去ってしまう。コノ種が芽吹き、そして人々が取り込めば、放射能も電磁波もケミカルも然り、奴らの無意識へのコントロールや洗脳が全く効かなくなっちまうとすれば、
ユタの話に卍と巴はその都度何度も小さく頷き、そして思わず呟く。
「第1段階……」
「神の計画……」
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