第11話 Pineapple Chunk

 30g 程の G J が詰まった袋を受け取ると、関節の痛みを堪えて病を抱える男が言う。


 「いつも済まない。これ、少ないけど受け取ってくれ……」


 男は金の入った封筒を卍に渡そうとした。


 「いいわよ……、いらない。また必要になったら言って。それじゃ……」


 人気のない路地でバイクに跨る卍は、エンジンを吹かすと暗闇の中へと走り去った。




 東京タワーを一望する高台に立つマンションの玄関を入ると、廊下の両側にある部屋にうず高く積まれたダンボールの中には、1kgずつ真空パックされた G JガンジャB Dバッズ が隙間なく詰め込まれている。

 廊下を抜けて広いリビングに出ると、東京タワーが間近に迫る大きな窓辺のソファーに座った卍が、フラスコ型の大きな B Gボングをポコポコさせてケムリを噴き出し、ビンタンを喉に流し込んでいた。

 手土産のいなり寿司をソファーのテーブルに巴は置き、「マジで疲れた……」と言って、革張りの椅子に体を沈める。

 紅く眼を染めた卍は、ビンタンをグラスに注いで巴に渡すと、いなり寿司の包を開けた。


 「六本木どこ泊まったの? 」

 「 I B I S 」

 「あのレズ女たちと I B I S に泊まったの? マジでウケるんですけど……」

 「レズってお前もレズだろが! どこもホテルはいっぱいだったし、フールズ行ってピジョン行ってクレオ行ってたらもう時間ないしさ、 I B I S しか空いてなかったの……」

 「だからおつな寿司*****買ってきたのね」


 卍は割り箸を割ってのり巻をつまんだ。


 「あれ瀬里奈の子でしょ、一緒に泊まったの? 」

 「そうだよ」


 グラスに注がれたビンタンを飲んで、巴は面倒臭そうに答える。


 「どうやって帰ったの? 」

 「何が? 」

 「女の子はどうやって帰ったの? 」

 「タクシーで帰ったよ」

 「どこ住んでんの? 」

 「何で? 」

 「私こないだ三宿であの子たちを見たわ」

 「あー、確か三宿に住んでんよ」

 「野球選手が運転する派手なイタ車から降りて来たわよ」


 「あいつだろ、知ってるよ。奴らにも売ってんだろ、あの女たち。ケミも売ってるみたいだけどな、当然体も! どうせ売れないモデルのビッチのバイだよ。俺はお前みたくデカく稼げる先がねーんだからさ、だからってゲリラやギャングじゃあるまいし、ふところにパイナップル抱えて893モンや半グレ達と商売なんざゴメンだしな。クラブの女や売れないモデルの卵のモデルでも何でも使って、金持ちの変態ジジイやイカレ芸能人や頭空っぽのスポーツ選手にでも売ってくしかねーんだよ。実際ボランティアばかりじゃ食ってけねーし、ガキじゃ金んなんねーし。だからこうやって定期的なメンテナンスが必要なんじゃねーのか……? 」


 巴は椅子から起き上がると、いなり寿司を頬張ってビンタンで流し込む。


 「いなり寿司にビンタンは合わねーな! 」


 「いいの、これは故郷の味だから。で、3P遣ったの? 」


 「3P遣ったのって、お前が来ないから俺がするはめになったんだろーが! 」

 「だってバイでしょあの子たち、しかも I B I S って」

 「バイだろうがレズだろうがおめーはいつまで経っても来やしねーし。あいつら相手にテキーラ飲んでケムリ吸ってブリちゃったんだから、両方入れたよ。 I B I S でね! 超壁薄くて声まる聞こえで最悪だった。だから超疲れてんの。体も痛てーし。分かるだろ、チンコが疲れてんだよ! 」


 「あいにくチンコは付いてないから分からないけどね。まぁ、ご苦労様でした……」


 卍は巴のグラスにビンタンを注いだ。


 「で、お前の方はどうだったんだよ? 」


 テーブルに置かれた、△のロゴが光る金の万年筆を卍は取り上げると、円を描くように指に挟んで回した。


 「私のほうも似たようなものよ……」


 

 2 



 夜明け前、青山の S A R A で、大きなサングラスを掛けたショートカットで綺麗な顔立ちのシオンと名乗る、同じ歳ぐらいの女から、卍は破格の注文を受ける。

 しかしちょっと面倒臭い事を言われた。それはサンプルを指定した銘柄のタバコに詰めて、夜の○時までにマンションのペントハウスに置いといて欲しいというものだった。

 ペントハウスへは、フロントで名を告げれば専用エレベーターで入る事が出来ると言う。ホテルと同じで食事や飲み物も最高の物がルームサービスできるから、好きな物を何でも頼み、部屋も好きに使ってゆっくりサンプルをタバコに詰めておいてくれればいいと、大きなサングラスを掛けたシオンは言った。


 卍は小間使を言い付けられたようでいい気分はしなかった。いつもなら絶対に受けない面倒臭い内容だったが、バビロンに巣着くセレブぶった エスタブリッシュメント支配階級からは、いくらでも金を搾り取る主義の卍は。席に着いただけで支度金を払い、モノが良ければいくらでもこっちの言い値で買うと言うシオンの言葉と、今までの買い手とは全く違うシオンの雰囲気に、卍はめずらしく興味を持ち、「ОK」と、返事をする。


 その日の夜、 Wave の袋に G J ガンジャを忍ばせた卍は、六本木の交差点を渡っていた。人混みで溢れ返る交差点に、突然鮮やかなペパーミントグリーンのバンが横着けされると、中から企業に雇われた綺麗なモデルたちが数人降りてきて、人々にモエドンシャンをタダで振舞う。最近また始まったこの浮世離れの振る舞い酒に、卍もモデルからシャンパンをもらい。バビロン経済の浮かれポンチぐあいを、銀色に細かく弾ける泡とともに喉へ流し込んだ。


 交差点を溜池方面へ下って行くと、目指していたマンションを見付ける。入口に小さく(桃源郷 B L D )と書かれたマンションの中へ入ると、入口はわりと平凡だったが、一歩中へ入るとすぐに、床のカーペットの踏み心地の良さを足元に感じる。

 フロントで名を告げると、ベルマンに鍵とサンプルを詰め込む為の洋モクを渡され、ペントハウスへ上がる専用エレベーターへ案内された。鍵を差し込むとエレベーターが動き出し、卍は最上階にある部屋へ入って行った。

 そこはまるで悪夢に出てくるような、悪趣味な高級クラブの V I P ルームのような部屋で、四方がガラス張りで夜景は綺麗に見えるものの、窓辺に泡立つジャグジーはバビロン風没落の浴場にしか見えず。さっき下界で振る舞われたシャンパンの泡の幻影が、バビロンの悪夢と泡立つジャグジーの中に浸っているようだった。


 「これじゃーまるでスカーフェイスね、The World is yours じゃないんだから……」


 受け取った洋モクと Wave の袋を卍は長椅子に放ると、ハーフコートを脱いでテーブルに有るメニューを手にした。

 ワインにシャンパン、キャビアにチーズに etc ……。値段は載ってないもののどれも高そうな銘柄が連なっている。

 ○時まではまだ時間がたっぷりあったので、卍はこれもギャラのうちとメニューに有る、シャトー・ラフィット・ロスチャイルド・ボーイヤックの赤1963と、チーズにドライフルーツ。あとマンチ用にクラブサンドもフロントに頼んだ。

  T V をつけると、ケーブルTVなのか? 見たこともない△マークがフラッシュする金融情報が流れ出す。


 全面ガラス張りに鏡張りで、地方のラブホのようなジャグジーに部屋の奥にはキングサイズのベッドが見えるこの悪魔的なセンスは何処からくるものかと、卍は部屋の中を探索した。

 △マークが渦を巻くTVからは、株価が過去最高を更新したとかなんとか、公な金融誘導操作が止めど無く流されている。


 壁の足元に埋め込まれた空調の隙間に、金色の万年筆が挟まっているのを見付けて卍は引っ張り出す。

 見るとその万年筆には△のロゴが付いていて、卍は万年筆を指に挟んで回すと、「あぁ~、こっちの人たちなのね……」と、呟く。


 部屋のチャイムが鳴ったので卍がドアの覗き穴を見ると、ワインを乗せたカートの横に給仕の男が立っていた。内鍵を外してドアを開けると、給仕はカートを引いて部屋の中へ入って来る。テーブルに頼んだ品を置くと、頼んでもいないフルーツの盛り合わせも置かれた。そしてワインの栓を抜くとグラスに注ぎ、コルクとボトルをテーブルに置いて立ち去った。


 「ありがとう」と、卍は礼を言ってドアを閉め、内鍵を掛ける。


 グラスに注がれた、ハイブリッド血族支配層ロスチャイルド家のワインの香を嗅いで、テーブルに置かれた1963年のボトルを手に持ち、ロスチャイルド家の紋章を見る。


 赤い盾の中には5本の矢を持つ手があり、その下には、 Concordia Integritas Industria つまり、 Unity統一 Integrity完全 Industry産業と、めいが刻まれている。


 グラスの赤ワインに卍は口をつけた。


 「通貨発行の権利、金融操作に王家が欲する生贄いけにえの生き血の色に赤く染まる葡萄酒まで。バビロンは△と羊飼いが ゴイム家畜(豚)を完全支配ね……」


 思わずボヤき、皿をテーブルに置いてゴミ箱を足で足元へ引き寄せると、卍は椅子に座って洋モクの中身を全部ゴミ箱へ捨てた。

 そして予め事前にクラッシャーで粉砕しておいた B D バッズを、皿の上で1本1本洋モクの中へ詰めていく。


 チーズとドライフルーツをつまんでワインを飲みながら、のんびりと幻覚なみに笑える、バビロニア金融奴隷システムのプロパガンダ△TVを尻目に、作業を続けて1時間ほど経つと、指示どうり洋モクに全て G J ガンジャを詰め終える。少し余った G J ガンジャJ T ジョイントにして3本巻き、卍は1本唇に差し込み火をつけた。

 ケムリを吐き出して両腕を上げ大きく背伸びをすると、卍は鼻歌混じりに立ち上がり、髪を束ねて服を脱ぎ捨て裸になる。

 偏向報道を垂れ流す実体のない財テクTVを消すと、J T ジョイントを口に銜えて葡萄の房を手に持ち、没落のジャグジーに卍は浸かった。


 四方に輝くバビロンの夜景を見詰めながら、泡に包まれてケムリを立ち昇らせる卍を。部屋のすみに有るベッドの鏡張りの壁の奥から、マジックミラー越しに見据える男がいた。

 足を組んで椅子に座り、ダークスーツに身を包んだ男は、卍を見据えたまま隣に立つ秘書の女に聞く。


 「今日は爆弾持ってないみたいだね……」

 「はい」


 隣に立つ秘書は、手に持った資料を読み始めた。


 「× × × × 年、オランダ系インドネシア国籍の母親と、日本人の父親との間にインドネシアのジャカルタで生まれる。父親は日本へ戻り母親と二人で暮らしていたが、6歳の時に母親が亡くなり、東京都中野区に住む父方の祖母に預けられ日本で暮らすようになる。その祖母も高齢のためホームへ入居。今度は腹違いで同じ歳の弟の居る家へと預けられたが、父親が蒸発。弟と一緒に都内の私立校を大麻で捕まり2年で退学、練馬少年鑑別所に収監される。保護観察処分が解けると、弟とともに日本を出国しタイ経由でインドへ入る。その後、ネパール・ミャンマー・ラオス・カンボジア・タイ・ベトナム・マレーシア・インドネシア・フィリピン・などを経てアジアンマフィアの一員となり、各国で傭兵となり戦闘に参加し非合法活動に手を染める。アメリカやカナダ、メキシコやヨーロッパ各国にも入国し、約2ヶ月前に日本へ帰国。彼女は GID 性同一性障害です」


 「傭兵か、忌部いんべとの繋がりはないんだな……? 」

 「はい、ありません」


 バビロン風没落のジャグジーの泡に浸かってケムリを吐き出す卍は、眼下に広がるバビロンの夜景を紅く染まった眼で見詰めていると、巴が父親の持っていた本の一節を、よく呪文のように唱えてた言葉がふと口をついてでた。


 「それは、悪が義の前から退く時に起こるだろう。悪は永遠に終わるであろう。そして義が世界の基準として、太陽とともに現れ出るであろう。驚くべき奥義を止めておくすべての者は、もはや存在しない。この言葉は確実に実現し、この託宣たくせんは真実である……」


 マジックミラー越しに卍を見据える男には、小声で呟いた卍の声が確りとモニターされている。ダークスーツの男は笑みを浮かべると、隣に立つ秘書に言った。


 「奥義の書、第1章6から8節とはな、面白い……。シオンを入れて果実を食わせろ」



 3



 チャイムが鳴って、卍はバスロープを羽織るとドアの覗き穴を見る。外にはショートカットの髪に大きなサングラスを掛けたシオンが立っていた。

 卍がドアを開けると良い香りを漂わせるシオンが、「こんばんわ」と言って部屋の中へ入ってきた。

 指示どうりサンプルを詰めてテーブルの上に置いた洋モクの箱を手に持つと、フタを開けて中の臭いを嗅く。


 「ありがとう」


 シオンは卍に礼を言うと、真っ赤でド派手なフェイクファーのコート脇に抱えたバッグから、札束の詰まった封筒を取り出してテーブルの上に置いた。


 「半分だけど、先に渡しとくわ。その代わり明日の8時にここへ届けて」


 ルームナンバーが書かれた新宿のホテルのカードを、札束の上に添える。


 「モノも確かめないでお金も前払いなの……? 」

 「お金は半金よ、モノは今確かめさせてもらうわ。コレちょうだい、同じでしょ」


 卍が巻いたテーブルに転がる J T ジョイントを1本つまむと、艶やかな薄いピンク色の唇に差し込んで、ライターで火をつけた。

  B D バッズの油がジジジッと小さく音をたて、シオンはゆっくりとケムリを吸い込む。鮮やかに浮かび上がる J T ジョイントの赤い火がサングラスに映り込む。瞬間、卍にはシオンの顔が赤い目を光らせるケモノに見えた。


 「このお金を私が受け取って、明日あなたの前に現れなかったらどうするの? 」


 濡れた胸元に泡の雫をつけた卍に、シオンはゆっくりとケムリを吹き出して J T ジョイントを渡した。


 「良い W D ウィードだわ、最高ね! 良かった良いモノが手に入って。お金のことは心配してない、あなたはちゃんと届けてくれる。女同士、わかるわよ……」


 そう言ってサングラスを外したシオンの顔を始めて見た卍はすぐに気が付いた。TVのCMや街に溢れる広告で、無意識のうちに脳裏に刻み込まれている女神のように美しい女……。 


 シオンは着ていた服を脱ぎ捨てると、下着は着けていなかった。


 白くしなやかに美しい裸体を露わにすると、卍の羽織ったバスロープをゆっくりと脱がしてジャグジーへと誘い、一緒に泡の中へと体を沈める。


  J T ジョイントのケムリをくゆらせて、紅く染まった卍の眼を見詰めるシオンの瞳は、完全に瞳孔が開き切っている。

 シオンと唇を合わせた卍は、きっと何か食ってるわと勘ぐる。すると、シオンの顔から笑顔が消えた。


 「イヤな事思い出しちゃった。1ヶ月もフルーツ果実だけ食べさせられて、もう見るのもイヤになったわ……」


 バスタブの横に転がったブドウの房から、透き通るガラス細工のような細い指で葡萄を一粒つまみあげる。シオンは瞳孔が開き切った潤んだ瞳で、卍の口の中にゆっくりと葡萄を入れる。そしてそのまま卍の首筋に舌を這わせると、とても小さく耳元で言った。


 「私は奴隷よ……、鎖に繋がれ自由は無いの……。あなたはケムリの中にいて、自由でいるのね……。私をケムリの中へ連れて行って、自由にして……。全然眠れなくておかしくなりそう……。だから、お願い、イカせて……」


 白い肌に泡が滴る体で艶かしくシオンは立ち上がる。瞳孔の開き切った潤んだ瞳で卍を見下ろし、後ろを向いて泡の滴る細い片足をバスタブの縁に乗せると、細い指を自分の突き出したアナルへ滑りこませる。


 その様子を、椅子に座ってマジックミラー越しに見詰めるダークスーツの男の足元には。さっき隣に立っていた秘書が股の間に顔をうずめて、唾液を床まで垂れながしていた。

 

 

 


 

 

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