17:DNA
《DNA》
約1900年後、甲殻歴3900年
研究施設ノーヴェルは、統合政府の巨大施設の中に移されていた。だがそれは、ノーヴェルの巨大研究施設に、統合政府が含まれていると言っても良かった。
統合政府は難しい選択を迫られると、その度にノーヴェルの面々に助言を求めていた。
戦争の無い世界は、ゆっくりと文明を発展させていった。
1900年前に計画を立てた、地球の衛星軌道上にノーヴェルの研究施設を建設するという目標は、まだ達成されていない。
全てがゆっくりと進むのだ。
月では、無人機械が無人建設機械を作っている。
月の巨大地下溶岩洞窟に、小さな居住スペースを送り、何人かの人を送り、何台も無人の機械を送り、労働者の住める大きな空間を作る予定だ。
宇宙実験施設を作るのはかなり先になりそうだ。
1900年の時の流れの中で、ノーヴェルの1位の面々も入れ替わりを繰り返していた。
寿命を伸ばすという目標も、まだ達成されていない。
我々の体は病気ですぐに命を落とす。
この病死の確率の高さは、ヒューマンよりも病気への抵抗力が無いせいなのか、我々の時代のウイルスや菌が進化したせいなのかは、はっきりとは分かっていない。
しかし、どっちにしろ現代のウイルスや菌に、我々の体が勝てないことに変わりはなかった。
我々は戦争終結後、医療技術を研究し、病への抵抗力の強化や、治療薬の開発に力を注ぎ、惜しみない努力を重ねた。
しかし、ウイルスや菌への有効な薬を開発する頃には、新種が登場した。その戦いは、決して終わらない戦争のように我々を苦しめていた。
しかし一方で、地球上に生息する生物の生命の設計図、DNAを調べるゲノム研究は順調に進んでいた。
ノーヴェルには生物学の大きな研究室が作られ、あらゆる生物のDNAをひも解くという目標のもと、徐々に分析は進んでいった。
DNA塩基配列、その意味を全て解明する道のりは遠いが、少しずつデータは蓄積されていった。
我々はヒューマンのDNAも研究した。
南極の氷の下にヒューマンの南極調査基地を発見したのだ。その氷に潰された建物の中には、10人ほどのヒューマンが氷漬けにされていた。
我々のDNAはヒューマンに比べると長い。哺乳類よりも長いと言ったほうがいいかもしれない。
我々のDNAは、甲殻類昆虫の他に、エビやカニのような特徴を含んでいる。
さらに、我々の2足歩行する体は、ヒューマンのDNAと同じ塩基配列から作られている。
我々は陸と海の甲殻類全般の遺伝子を内包しつつ、ヒューマンの遺伝子すら内包しているらしい。
ノーヴェル生物学研究室、そこは多くの区画がある。多くの部屋がある。多くの扉がある。
何か予期せぬ危険なウイルスなどが生み出された時には、扉を閉めて密閉できるようになっている。ヒューマンのゾンビ映画から学んだと言っておこう。デザインは似ている。
実験施設には多くの顕微鏡、電子顕微鏡が並び、優秀な生物学者たちがイクスペクティエンス生物学系の1位たちのサポートをしていた。
「完全体になったばかりの大人のDNAに比べて、老人のDNAはほんの少し短くなっていることは分かっているんです。」若い研究者ロバートが言った。
「どの部分が短くなっているんでしょうか?」チームリーダーのロイが言った。
「場所は分かっているんですが、その内容が何を意味しているのかが分かりません。」ロバートが言った。
「その部分を短くならないように出来たら、我々の寿命は延びるんでしょうか。」ロイが言った。
「それはやってみないと何とも。方法が発見できればですが。」ロバートが答える。
「何とか探してみてください。」ロイが言った。
「しかし、それが発見できたとしても、老化による抵抗力の低下という問題も解決しなければいけません。死因は老衰ではなく病死なんです。」ロバートが言った。
「病気への抵抗力の強化。」ロイが言った。
研究者は、何度も同じような会話を、何年も繰り返している。いつかその先に行く為の突破口が開かれるはずだと信じている。
「今までの我々の研究から、病気を無くすというのは不可能に思えます。」ロバートが言った。
「可能性は低いですが、不可能と言うのは問題があります。」ロイが言った。何千回、何万回と繰り返されている言葉だろう。
「特に50歳を越えたあたりから体の衰えは加速していきます。それに伴って病気で死ぬ確立も大幅に上昇します。」ロバートが言った。
「そうですね、寿命を延ばすというのはどういうことを指すのか、その根本を今一度考えましょうか。」ロイが言った。
「老化を遅らせ、年老いても病気にならずに、従来よりも長生きする。それで正解なんでしょうか。」ロバートが言った。
「健康で長生きするわけではなく、永遠の寿命を作るのが最終目標ですが、老衰による抵抗力の低下で、病気で死んだら意味がないと考えます。」ロイが言った。
「細胞が一生入れ替わらない臓器がありますね、それが我々の寿命の限界を決めますね。」ロバートが言った。「DNAを操作して細胞を入れ替えるとか、細胞が入れ替わるタイプの別の生物を生み出すように思えます。」
「思考力が疲れてきましたね。」ロバートの様子を見てロイが言う。
「お茶にしましょう。」ロイが言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます