5:ピラミッド
【発掘レンガ】
682606 ピラミッド解体ミッション
隊長 ビンセント・タイガー
準備は整った。ヒューマンの残した巨大な遺跡、エジプトのピラミッド群の解体調査計画。
我々の作り上げた最高にパワフルなマシンを使ってミッションは行われる。
我々は、かつてヒューマンが使っていたマシンを上回る巨大でパワフルなマシンを作ることに成功した。
このスーパーマシンを使ってピラミッドを解体してゆく。
だが気を抜いてはならない。
ミッションは極めて慎重に行わなければならない。
何トンもある石をひとつづつ動かしてゆく作業はとてもデリケートだ。
ひとつのミスがスタッフたちの死につながる可能性がある。
落ち着いていこう。
このミッションはおそらく3年ほどかかる予定だ。
小さなものから解体し、一番巨大なピラミッドは最後に解体する。
1万年前に繁栄したヒューマンの超科学文明の謎。
きっとその謎はピラミッドに隠されていると我々は信じている。
きっとエキサイティングな何かが出てくるはずだ。
ヒューマンが隠した秘密を我々が暴いてやる。
以上だ。
【発掘レンガ】
692830 ピラミッド調査結果報告
隊長 トーマス・ベアー
彼らヒューマンの残した数個のピラミッドの解体ミッション、それは辛い戦いだった。
大幅にスケジュールを変更し、10年をかけて慎重に行われた。
大型建設機械を多数導入し、超大型建設機械を新開発し、石のブロックを慎重に取っていった。
とても危険な作業だった。
初代隊長を含め、多くの作業スタッフが命を落とした。
冥福を祈る。
我々はピラミッドを構成する石ブロックの表面すべての面をチェックし、何か秘密のメッセージが刻まれていないか探した。
そしてすべてのブロックが顕微鏡レベルで見ても、何の情報も刻まれていないことを確認した。
謎の部屋、謎の壁画以外は何も無かった。
分解していく過程で大小の空間はあったが、中には何も隠されていなかった。
謎の壁画だけだった。クソみたいな壁画だ。
今にして思えばだが、我々はヒューマン達が宇宙人から手に入れたスペシャルな技術を、どこかに隠しているのではないかと期待し、探していたのだ。
夢見ていたのだ。このエジプトピラミッドに。
各地から発掘される彼らの古文書には、宇宙人の記述が多く残っている。
我々は彼らと交流した宇宙人の秘密が、この遺跡に隠されているのだと思い込んでいた。
しかしそれは誤りだったらしい。
我々は疲労と絶望に包まれている。
多くの報告書をレンガに焼いたが、未来に残すべきレンガは何もない。
ここに捨てていってもいいぐらいだ。
これでエジプトピラミッド調査を終了する。
成果は無しだ。
我々調査隊は、これから南米大陸の遺跡解体調査に向かう。
ギョベクリテペは放射能がひどい、パスだ。
以上。
《ピラミッド》
セラミックピラミッド建設現場近く、地下都市タクラマカン。
都市といっても、砂漠と岩山しかないこの地に住む者はあまりいない。
雨が降らず水の確保に苦労する。
地下は硬い岩盤だらけで、都市を広げられない。
広大な太陽光発電施設の関係者が、住民の半数を占める。
今はピラミッド建設によって多少賑わいを見せているが、店も少ない。
誰も使っていなかった古い区画を、今は建設作業員の宿舎にしている。
居心地は悪くない。
作業員宿舎区画、ツキモトの部屋。
仕事終わりにオオタがモコソの画面を見せてきた。
レンガ文明考古学者のオオタのモコソには、発掘されたレンガの最新情報が送られてくる。
画面に表示されていたのは、ナイルで発見されたレンガの情報だった。
オオタから渡されたモコソAの画面情報を読み終えたツキモトは、テーブルの反対側に座るオオタにそれを返した。
そして「うん」とだけ言ってオオタの言葉を待った。彼が喋りたくてしかたがないように見えたからだ。
「ちょっと前に見つかったやつ。」とオオタは笑いながら喋り出した。「彼らビースターはピラミッドが建造された年代も理解していないんだ。そこを最初に理解していれば無駄な調査なんかしなくてすんだんだ。ヒューマンの古代文明の秘密が書かれているにちがいないんだと思い込んで分解した。」
「なるほどな。」ツキモトが言った。
「レンガ文明人にとっては、大切な情報は未来に残る形で保存するのが常識。ならばヒューマンもそうだろうと。こんな大きな石の山を作ったのならば、それは重要な情報を残すため、常識的に考えれば、重要な情報を石に刻まないわけがないと考えたんだ。」オオタが言う。
「そして隠された秘密の情報とは、宇宙人に違いないと妄想した。ヒューマンもビースターも宇宙人が好きだな。」ツキモトが言った。
「ヒューマンにとっては、文明初期に巨大建造物を我々の先祖がどうやって作ったのか、そこが調査対象、というか娯楽対象だったらしい。」
「娯楽は大切だ。」
「ヒューマンも、大昔の遺跡に宇宙人を妄想して楽しんだ。何しろ何トンもある巨大な石を高く積み上げていたらしいからな。記録によれば高さは140メートルぐらいだそうだ。」オオタが言った。
「建築重機の無い時代に140メートルの高さまで巨大な石を積み上げた。ヒューマンはそんなに力があったのかい?」とツキモトはオオタに聞いた。
「そんなことはない。我々よりも力は無いはずだ。そんな彼らが、電気もエンジンも巨大な建設機械も、何も発明されていない文明初期の時代にだ。ヒューマンの力だけでどうやって巨大な石を積み上げてピラミッドを作ったのかってことさ。不思議だろ?」とオオタが楽しそうに言った。
「答えは宇宙人だと。」ツキモトは笑って答えた。「彼らの娯楽想像力は、我々より上だと感じるね。」
「確かに彼らの娯楽文化は面白い。ただ思ったんだが、ヒューマン全員が娯楽的な想像力があったのかと問われれば、決してそうだったわけではないと思うんだ。」オオタが言う。
「確かにそうだ。自然に考えれば、想像力のパラメーターが高いヒューマンが、多少存在したというのが真実なんじゃないかと思うね。ヒューマン全部が空想ばかりしてたら、こんなに文明は発展していないはずだ。」ツキモトは我々の文明を支える労働者を思った。
「一般労働者が文明を支える。」オオタが言った。
「その上で文化が育つ。」ツキモトが言った。
ヒューマンの貴重な遺跡は、レンガ文明の時期にビースターによって壊されてしまったが、我々はあまり気にしていない。
ただの観光名所だ。
本当に重要なものは彼らはすでに発見していた。
それは科学であったり物理学であったりした。もっと良いものがあるはずだと思っていただけだ。
彼らに足りなかったのは時間だった。
長い冬が来ようとしていた。
レンガ文明の繁栄した時代は、氷河期から抜けていなかった、というより氷河期の始まりだった。冬のはじまりに小春日和が数日続いたような感じだ。
10万年続く冬の始まりに1000年ほどの小春時代。
体毛の多い彼らビースターにとっては、十分に耐えることができる寒さだったのかもしれない。
彼らが知能を進化させ、黎明期を抜け、暦を作り、知的文明として繁栄した時代は1000年ほどだった。
その時代、地球の大地も海も、その半分近くは雪や氷河に埋もれていたと言っていい。
世界各地に残るレンガピラミッドの、刻まれた言語の数は12だ。おそらく同時多発的に知能が芽生え、言語形成の時期を迎えた。
彼らの発生場所に共通しているのは、核分裂発電施設の残留放射能が残る場所、ということだ。
数を増やしたのはアメリカ大陸とヨーロッパからアフリカの赤道近くだった。彼らは、遺跡に残されたヒューマンの科学力を手に入れた。
彼らはヒューマンの船と飛行機の残骸を分析した。そして同じものを作った。
移動手段を手に入れた彼らは、暖かい場所を探して世界に広がっていった。
暖かい土地は少なく、ビースターの世界人口は少なかったが、彼らは化石燃料で乗り切った。
地下に埋蔵されていた地球の化石燃料は、彼らが使い果たした。彼らの滅亡理由の一つでもある。
ヒューマンの遺跡、ピラミッドの解体ミッションはビースターを落胆させたが、彼らに変化を与えた。
彼らビースターは、世界各地にレンガで自分たちのピラミッドを作り始める。
彼らは自分たちの文化、文明のすべてをレンガに刻み、高く積み上げた。
びっしりと情報が刻まれた無数のレンガの山、それがいくつも連なっているのを見ると、自分たちが求めていたピラミッドはこういうものだ、という彼らのヒューマンへの強い思いが感じられた。
そして10万年後、我々が彼らのピラミッドを発見することになる。
「この大地は丸い」
「地球という星」
「地球の周りを月が回っている」
「太陽の周りを地球が回っている」
「宇宙に浮かぶ地球」
「理解不能」
「物理学」
「理解不能」
「元素」
「理解不能」
「電気」
「理解不能」
「数学」
「理解不能」
「コンピューター」
「理解不能」
「武器」
「理解可能」
我々は、彼らレンガ文明の残したピラミッドに感謝している。
我々の文明初期、まだ電気も知らない時期に、レンガ文明の残したピラミッドは大いに助かった。
かつてヒューマンが、数千年かけて歩んだ進歩を手に入れた。
それは、科学的進歩、産業的進歩、機械的進歩、生物学的進歩、医療的進歩、数学的進歩、物理学的進歩、天文学的進歩、哲学的進歩、文化的進歩。
すべての知識の基礎を、我々は彼らのレンガから学べた。
レンガ文明ビースターのレンガピラミッドには、ヒューマンの事が多く書かれていた。
レンガには、ヒューマンの残した紙の情報が多く写されていた。
ヒューマンの遺跡から発掘し、苦労して復元、解読したヒューマンの様々な本が丁寧にコピーとして1ページ1ページ彫られていた。物語も。
これは研究者にとって有難かった。
紙の本は、11万年は残らないのだ。
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