7:地上

 【発掘レンガ】


3840501 かつての歴史と伝統を感じさせる街の再現

     ハイデルベルグ 広報部 ローレンツ・シュナウザー


ヒューマンが作った歴史と伝統のレンガ造りの街並みを取り戻しましょう。

街は雑草と木々に埋もれています。

レンガ造りの建物は多くが無事に残っています。

簡単ではありませんが、レンガの修復で過去の街並みを取り戻せます。

まずは皆さんで草を取り除いてください。

樹木を切り倒してください。

除草剤を市役所に準備してあります。

たっぷりと除草剤を準備してあります。

どなたでも取りに来てください。

はびこる雑草を根絶やしにしてください。

美しい街を取り戻しましょう。

歴史と伝統の街並みを取り戻しましょう。


レンガ修復職人募集中。


詳しくは広報部 ローレンツ・シュナウザーまで。




  《地上》



「ドドドドドドドドドドドドッ」夜の静かな空気に、いきなり爆音が響いた。


 ここはセラミックピラミッド建設現場である。

 ツキモトとオオタがいつものように指揮所兼作業場でセラミックプレートの記載内容をチェックしているところだった。


 そこへ突然に爆音が連続して響いた。

 建物の屋上に設置された対空機関砲が火を噴いたのだ。


「ドドドドドドドドドドドッ」続けざまに対空機関砲は発射された。


「うわっ。」その爆音にオオタが頭を押さえて座り込んだ。


「見えないなあ。」ツキモトが窓に近寄り、空を見上げている。

「なんでこんな所にいるのよ。」オオタが言う。「砂漠じゃないか。」

「砂漠じゃ、めったに見ないけどなあ。」ツキモトがのんびりと言った。


「対空機関砲の存在すら忘れてたよ。」オオタが言った。

「前に撃ったのいつごろだっけなあ。」ツキモトがのんびり言った。

「前にも来たの?」オオタが聞いた。

「しばらく平和だったんだけどね。」ツキモトが言った。


「追い払ったかな。」オオタも窓の近くまで来ておっかなびっくり空を見上げている。

「なんとなく黒い影が見えたような。」ツキモトが言った。

「今?さっき?」オオタがびくびくしながら聞いた。

「さっき。」ツキモトが答えた。

「脅かさないでよ、怖いよ。」オオタが言った。


「ピラミッドは壊されてないみたいだ。」ツキモトが窓から建設現場を見る。

「防護フレームが完成するまでは心配だよ。」オオタが言った。


 完成後、外敵の攻撃からピラミッドを守るため、太いセラミック複合材の防護フレームがピラミッドを囲む。

 これが外見的に、未来感が出てカッコイイと評判だ。


「作業員は無事かな。」オオタが言った。

「外にいる作業員のほうが怖いよ。」ツキモトが言った。

「被害は無いかな?」オオタが外の建設現場の作業員を見る。

「あの雰囲気だと大丈夫そうだね。」ツキモトが作業現場を見ながら言った。


「鳥は怖いねえ。」オオタが言った。



 我々は地下で生活している。

 我々の身長は170センチ前後だ。メスは150センチ前後。

 我々は別に小さな蟻から進化したわけではないが、少しは蟻的本能があるかもしれない。否定はできない。

 女王様が大好きなヤツも少し存在する。社長に多いという噂だ。


 我々は地下に穴を掘り、部屋を掘り、通路を掘り、今ではトンネルを陸地全土に作っている。そしてそこには無数に部屋がある。

 地下何層にも都市は広がっている。田舎に行くと、こんな辺鄙な所にまで住んでる者がいるのかと驚かされる。


 地上はと言えば、植物が生い茂っている。

 地上の多くの部分は手付かずで、植物たちは大自然のままに放置されている。


 地上は昆虫の楽園になっている。10万年の氷河期で、陸上の大型の哺乳類はほぼ絶滅してしまった。


 大型の哺乳類で現在も生き残っているのは、海に生きる哺乳類だけだ。

 クジラやイルカ、それにアザラシやアシカだ。トドの群れが海岸におしよせる光景は恐ろしい。

 大型の地上の哺乳類は氷河期に絶滅したが、小型の哺乳類は生き延びている。ネズミやモグラは元気に生きている。

 食料にもなる。


 地上は昆虫の楽園だが、天敵は存在する。

 鳥だ。


 鳥類はこの10万年で進化を遂げたようだ。ヒューマンの時代には存在しなかった大型の鳥が多く存在する。

 猛禽類から進化したボウウイングという名の鳥は、羽を広げると差し渡し20メートル以上になる。

 巨大猛禽類は個体数は少ないが、数種類確認されている。


 イーグルを大きくしたような見た目のボウウイングが生息地域によって6種いる。

 コンドルを大きくしたような見た目のエアーバズが8種、その他に寒いロシア地域に未分類の巨大猛禽類を見たという記録があるが、まだ死骸などの発見報告は無い。


 大型の猛禽類は数も少なく、動きも遅いのだが、それよりも少し小型のファルコンタイプが恐れられている。

 小型と言っても翼を広げれば10メートルを超える個体も多い。

 ファルコンタイプは、体や翼の色が違う種類が多く確認されている。分類は系統別に厳密に分けられている。

 確認されているところで分類すると、F15系が01から04まで。

 F35系が01から10まで。幻のF20系という種類もいる。


 この大型猛禽類に襲われ捕らえられたら、我々はまず生きては帰れない。

 奴らは夜行性ではないが、もしも夜間の地上作業中に襲われたら諦めるしかない。

 巨大な足の爪でガッと掴まれて空中に持っていかれる。

 普段は海岸でゾウアザラシなどを食べている。


 猛禽類の他にも、鳥類は全体的に大型化している。

 腕を1本持っていかれるぐらいで済めばラッキーである。


 そんなわけで、戦争が無い我々の時代、空を飛ぶ飛行機は廃れてしまった。

 鳥に襲われたら簡単に撃墜されてしまうからだ。


 そして地上の大規模な作業現場には、鳥対策として対空機関砲が置かれる。しかし、多少弾が当たっても、追い払うぐらいで倒すことは出来ない。

 対空ロケットランチャーならば倒せるかもしれない。


 鳥類による死者数は、年間でかなりの数になる。しかしそれは、大自然の摂理として我々は受け入れている。


 我々はヒューマンよりも繁殖力がある。その種としての利点を生かして繁栄している。


 我々だって近しい者が死ねば悲しむ。しかし、その悲しみを乗り越える強いハートを我々は持っている。


 ヒューマンが言ったのだ。


「悲しみをひとつ乗り越えるたびに、人は強くなる。」


 いい言葉じゃないか。

 我々は強くなりたい。



「鳥は怖いねえ。」オオタが言った。

「そうだ、冷蔵庫にスイカがあるよ。」ツキモトが緊張をほぐそうとして言った。

「スイカ?どうしたのそんな高いの。」オオタがびっくりして言った。

「隣の部署のソノムラさんがくれた。」ツキモトが言った。

「なんで?」オオタが聞いた。乾燥地帯ではスイカは高い。

「畑で作ってるんだって。」ツキモトが言った。

「畑?」オオタが聞いた。

「そこに。」ツキモトが窓から外を見ながら言った。


 ピラミッド建設現場は岩の多い乾燥している土地だが、その小さな畑だけは土が湿ってるのが分かる。指揮所の水道水を撒いてるんだろう。


「本当だ、畑がある。」オオタが外を見ながら言った。「いろいろと言いたいことはあるけど、スイカを貰ったんじゃ何も言えないな。」

「休憩にして、スイカ食べよう。」ツキモトが言った。

「こんな岩場でもスイカって作れるんだね。」オオタが言った。



 地上は緑の楽園になっているが、我々は平野を開拓し、農業をしている。

 小麦や米や緑黄色野菜や果物を作っている。ゴムの木からゴムも取っている。植物性油も精製している。


 しかし地上の昆虫の楽園の中で、農作物を育てるのは苦労が多い。

 害虫被害から作物を守るために、我々は農薬も使っている。ヒューマンと何も変わらない。


 ただ違うのは、農作業は夕暮れから早朝までに行われる。ヒューマンのように、日中の炎天下では作業をしない。

 ヒューマンは朝から夕方までの日中に作業をしていたらしいが、我々は昼の太陽が苦手だ。日差しを遮る物の何もない畑で、太陽の光をジリジリ受けながら畑仕事をしたら、すぐに日射病になって体が干からびてしまう。

 多くの昆虫は、日陰にいるものだ。


 ヒューマンの時代は街の明かりで夜空の星が見えなかったらしい。我々の夜の明かりと言えば農業地帯がメインで、大して明るくもない。

 星はキレイに見える。


 農業は鳥との戦いでもある。大型の鳥は農作物は食べないが、カラスがやっかいだ。

 防護ネットを張ったり、目玉のバルーンを吊るしたりしているが、鳥はなかなか防げない。

 農業にとって鳥は悩みの種だ。


 ビニールルーム栽培という方法で農作物を育てる者もいる。地下に2メートルほどの穴を掘り、ビニールを上に張って作物を作る。

 初期投資の費用が掛かるが、害虫は少ないし温度は安定するし人気の方法だ。

 暖房をして収穫時期を早めると高く売れる。冬にも収穫できる。


 山菜ハンターという職業の者もいる。命の危険を冒して緑の中に進んで行き、自然に実っている果実や山菜を取って生計を立てている。

 天然物や無農薬野菜は高く売れるのだ。美容を気にするメスが買うことが多い。


 地上では計画的に木材の生産も行われている。木材は需要が多い。

 ヒューマンの時代には完成しなかったナノファイバーという技術が我々の文明を支えている。

 木の繊維を非常に細かく解し、様々な専用開発された物質と混ぜることによって利用する。

 ヒューマンが石油から作ったプラスチックを様々な用途に使っていたように、我々はナノファイバーを様々な用途に使っている。

 ヒューマンはプラモデルを作っていたが、我々はナノファモデルを作っている。基本的に、火には弱い。


 地上は昆虫の楽園になっているが、昆虫も11万年で進化している。

 カブトムシやクワガタは我々よりも大きな2メートルほどの物がいる。捕まえて手懐けて乗り物として利用することもできる。しかし動きは遅い。荷物運び用に昔は使われていた。

 今では地上用キャタピラトラックが主流になっている。速いし便利だ。


 地上には農地以外、道が整備されていない。

 レンガ文明の作ったレンガの道路が僅かに残っている。ヒューマンの時代のような舗装道路は、作ったとしても数年で草が侵食してくる。

 ヒューマンは、道路の長期間の維持をどうやっていたんだろうか。


 ヒューマンは地球の温暖化を気にしていたらしい。

 ヒューマンは二酸化炭素による地球の温室効果ガスの増加による気候変動を気にして、二酸化炭素排出量をコントロールしようとしていたようだ。


 我々はまったく気にしていない。微塵も気にしていない。


 我々の文明には石油を使う文化が無い。使おうにも石油がほとんど無い。エンジンも無く、車などの機械の多くは電気モーターをマグネシウム電池で動かしているし、二酸化炭素排出量は少ないはずだ。

 太陽光発電と地熱発電では二酸化炭素は出ない。石炭発電では出る。

 地底のセラミック工場から出る石炭などによる二酸化炭素は、そのまま地上に放出している。


 地上は砂漠も多いが、緑の生い茂る気候の場所は、ほぼ手付かずになっている。ヒューマンのように地上に街を作らないから、ヒューマンの時代よりも緑は確実に多い。


 それにヒューマンは何も分かっていなかった。


 生物にとって怖いのは寒冷化であって、温暖化ではない。





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