3:タクラマカンから耐久年数
《タクラマカン》
オオタは出口を示す表示に従ってタクラマカンの駅の外に出た。駅前広場に人は少ない。
この駅も低音特車専用駅だ。
広場の周りには食事のできる店が幾つかあった。
オオタは広場の横にある店で、レタスとサソリフライのサンドイッチを1つとパイナップルジュース1本を買い、テイクアウトした。広場のベンチに座り、タクラマカンの駅を眺めながらエネルギーを補給した。
サンドイッチのレタスはシャキシャキとして新鮮だった。サソリフライはパリパリと気持ちよかった。
広場の天井を見ると、大きな空気ダクトがあった。所々にある空気ダクトから外気を取り入れ、地下都市に循環させている。
サンドイッチを食べ終わると、背中のカブトムシを外し地面に置いた。そしてカブトムシの背中を2秒ほど足で踏んだ。
カブトムシはシャカシャカと3歩ほど歩き、ガチャガチャと音を立てて電動バイクに変形した。
カブトムシの足の形をした小さなスタンドが車体を支えている。
オオタが電動バイクに跨ると、スタンドが収納された。
「さてと、行きますか。」オオタはモコソゴーグルをセットし、地図をチェックした。
タクラマカンの街はヒダタカヤマと違い閑散としていた。グルグルと適当に駅前の商店街を見物した後、セラミックピラミッド建設現場を目指した。
空気が勢いよく短い触角をなびかせる。さっきまでいたニホンと違い、タクラマカンは地下の空気も乾燥しているのが感じられる。
トンネルの壁のレンガは古く、歴史を感じさせる。
オオタは地図を見ながら、ピラミッド近くの作業員用宿舎をチェックした。これからしばらく宿舎に住むことになる。
「とりあえず、食料買わなきゃな。」走りながらオオタが呟いた。
セラミックピラミッド建設現場の近く、作業員宿舎の地区に着いたオオタは大通りの大き目な商店の前でバイクを停め、店で食料を買い込むことにした。
店の入口には大きい紙のポスターが貼られ、そこにはセラミックピラミッドの完成図が書かれていた。
店の中は乾燥地帯ということもあって生鮮食料品は品ぞろえが寂しかった。オオタは缶詰とレトルト食品と飲み物を買い込んだ。
買いものを終えると再びバイクに乗り、オオタは大通りから外れ、細い道へと曲がった。
裏通りにはレンガの壁に、等間隔で宿舎の扉が並んでいる。
扉の横には表札がかかり、セラミックピラミッド建設の役割ごとに区画が分かれているのが判断できる。
地図を頼りにしながらバイクを走らせ「セラミック記載内容最終確認部」と書かれた表札を見つけた。
オオタは扉の前でバイクを降り、バイクを変形させた。
バイクをカブトムシにして背中に背負い、買い物袋を片手に入り口の扉を開けた。
《宿舎》
宿舎の扉を入ると、中は広めのロビーになっていた。
左側は大きな長い机の周りにイスが10個以上あり、会議が出来るようになっている。
右には小さめの机とイスが何セットか並び、話したり食事したり出来るようになっている。
右側の小さい机に、座ってモコソを操作している人がいた。
「来たよ。」オオタが言った。
イスに座った人が顔を上げて入り口を見た。
「早かったじゃない。」ツキモトが言った。
「低音特車使ったし。」オオタがカブトムシを下ろしながら言う。
「いや、論文が。」ツキモトが笑って言った。
「適当に終わらせた。」
「だろうね。」本気でやったら1年以上かかるのだ。発掘待ちも含めて。
「今日は休み?」オオタがツキモトに聞く。
「そう。ピラミッド建設は休みなしで続けてるけど、人数は多めにいるから適当に休みを回しながらね。」ツキモトが言う。「調子の悪い日は無理しないほうがいいし。」
「調子悪いの?」オオタがツキモトの顔色をうかがう。
「いや、まったく。」ツキモトが笑って言った。
「そうそう、タカオで見つかった時間が精密に書かれたレンガな、ヒューマンのプラスチックをビースターが発見したって内容のレンガ。」オオタが言った。
「タカオで会った時に聞いたやつ?」ツキモトが言った。「なんだっけ。」
「カプセルが大気圏に突入ってやつ。」オオタがイスに座りながら言った。
「そのプラスチックをレンガ人が見つけたやつか。」ツキモトが言った。あまり覚えていないが日付と時間が書かれていたような気がする。
「あれはヒューマンが無人の宇宙探査船を飛ばしていて、それが帰ってきたときの資料だって分かってさ。」オオタが言った。「24進法と60進法を正確に使いこなしてはいるけれど、成り立ちは書かれていませんって書いた。」
「論文内容?」ツキモトが聞いた。
「それで、さらなるレンガの発掘に期待するって終わった。」オオタが言った。
「お疲れ様。」ツキモトが笑って言った。ひどい内容だ。適当すぎる。
「部屋どこ?バイク置きたい。」オオタがカブトムシを叩きながら言った。
宿舎の部屋は50ほどあり、空き部屋は5つだそうだ。
記載内容最終確認部に所属する人数は45人ということだ。
オオタで46人目になった。
「今、何人?ここの部。」部屋に向かいながらオオタが聞いた。
「最初は50人だったけど、5年間で病気で3人死んだ。」ツキモトが何でもないことのように答えた。
「5年で3人なら少ないね。」オオタが歩きながら言った。
「あとの2人はリフレッシュ中。」ツキモトが言った。
廊下には扉が並び、部屋番号が振ってある。ツキモトはその中の1つにオオタを案内した。
「意外と広いね。」これからしばらく住むであろう部屋に入ると、オオタは部屋を眺めながら言った。
「田舎だからな。」ツキモトが言った。スペースは余っている。
「古いね。」オオタが壁のレンガを見ながら言った。そしてバイクを入り口近くの壁に立てかけた。
「3000年以上前かな、ここが出来たの。」ツキモトがオオタに説明する。「巨大太陽光発電施設の建設ラッシュがあって、その時の名残りらしい。」
「ちょっと改装して使ってるのか。」店で買い込んだ食糧を、備え付けの木の棚に置きながらオオタが言った。木の棚は新品だった。
「キッチンは奥にある、小さいけど。」ツキモトが奥の部屋を指して言う。
「料理とかする?」オオタがツキモトに聞いた。
「料理ぐらいしろよ。」ツキモトが言った。オオタがあまり料理をしないのは知っている。
「冷蔵庫あるね。」オオタがキッチンを見ながら言った。
「小さいけどな。」ツキモトが言った。料理をしないのなら小さくても十分だ。
「キッチンも改装してあるね。」オオタが言った。シンクは新しい。
「耐久年数の低い安物だ。100年も持たない。」ツキモトが言った。料理をしないのなら安物で十分だ。
「ピラミッドの工事は100年以内に終わる?」オオタが聞いた。
「たぶん。」ツキモトが言った。
《耐久年数》
我々の建設するピラミッドの耐久年数は1億年以上。
青白いツルツルとした特殊コーティングの、超耐久セラミックプレートで作られる。
我々の文明が滅亡し、我々が絶滅したとしても、未来の知的生命体に残すための、今までの地球の文明の知識の巨大な塊だ。
我々がレンガ文明から知識を受け継いだように、我々も未来に知識を残す。
レンガ人はレンガの耐久年数にこだわった。我々はセラミックの耐久年数にこだわっている。
ヒューマンは耐久年数にこだわりがないように見える。
我々が耐久年数にこだわるのは不完全なまでも、永遠の命を実現していることにある。
未来は自分の未来だ。当たり前だが。
レンガ人がレンガの耐久年数にこだわったのは、ヒューマンへの当てつけだ。彼らはヒューマンを愛し、ヒューマンを憎んでいた。
ヒューマンが耐久年数にこだわらなかったのは、彼らの文明が未成熟だったというのもあるし、命が短かったというのもある。
不死の体を持っていないのならば、未来は自分の未来ではなく、他人の未来だ。
ヒューマンは、自分のいない未来なんてどうでもよかったのだ。
ヒューマンの石のピラミッドは、中に部屋が少しだけあった。棺桶もあったらしい。
ビースターのレンガのピラミッドは、中に部屋は無かった。ただのレンガの山だった。
だからこそ崩れずに、内側は風化から守られ、10万年後の我々も読むことが出来た。
我々の作ろうとしているピラミッドは、部屋だらけである。
外壁には言語の辞書が彫られる。
ピラミッドの内部には通路が張り巡らされ、通路の横には小部屋が並ぶ。
内部に作られる部屋は、全て学問的分野別の部屋になる。
物理学の部屋、天文学の部屋、数学の部屋、電磁気学の部屋、相対性理論の部屋、素粒子物理学の部屋、天体物理学の部屋、機械工学の部屋、科学技術の部屋、生物学の部屋、のように細分化される。
さらにヒューマンの文化の部屋や、ビースターの文化の部屋も多数作られる。
心理学の部屋は作られない。そんなものは小説を読めば分かる。
部屋の入口の上には、その部屋のジャンルが書かれる。
部屋に入ると「機械工学の部屋」であれば、壁にはびっしりと機械工学の基礎知識が彫られている。それを見た種が文明未発達の種族であれば、その基礎知識で文明水準を上げることが出来る。
さらに基礎知識が彫られたその壁をよく見ると、横に細いスジが発見できる。
この壁自体が、10センチほどのプレートを積み重ねたものだ。
プレートの大きさは厚さ10センチ、幅40センチ、奥行き90センチになっている。
そのままでは抜き出せないが、文明を発達させれば抜き出せるだろう。
抜き出したプレートには、さらに詳しい機械工学の上級知識が刻まれている。様々な機械の設計図だ。
床のプレートは傾けずに上手に真上に引き上げることが出来れば、なんとか持ち上がるから難易度が低い。
床のプレートの裏などに刻まれた知識は初級編だ。
部屋に関係のないところに使われるプレートには、文化が刻まれる。
ピラミッド内部に張り巡らされた通路の床や壁は、小説や絵やマンガが刻まれる。小説やマンガのプレートは厚さ1センチで薄く作られる。そこにマイクロ文字でぎっしりと刻まれる。
何かで拡大しないと読めない。
映像などはデータにして、セラミックディスクライブラリーの部屋が用意される。
セラミックディスクプレイヤーの設計図も用意される。
天井部分だけは、特殊な形のセラミックを、特殊なパズルのような組み方をして、強度のみに特化する。組みセラミックパズルだ。
この立体パズルを解くのは難しいらしい。
このピラミッドの内部には盗賊が喜びそうな宝のようなものはない。宝箱もないし金銀財宝もない。隠し扉はないし侵入者を拒む危険な仕掛けもない。
爆弾で強引に破壊しなくても全ての部屋がオープンにされている。これが一番、未成熟な文明人からの破壊工作の危険を回避できる。我々の文明が滅びた遠い未来の、知的生物が生まれた時の可能性の話だ。
ちなみに全てのプレートには、小さく誰かの名前が刻まれている。商品名の時もある。
スポンサーだ。
セラミックピラミッド建設に賛同し、自分の名前を1億年後に残したいという者から建設資金を集めている。大物政治家が名を連ねているわけではない。
自分が永遠に生きるわけではないということを現実として受け止め、自分たちの種が永遠に繁栄し続けるわけではないということを現実として受け止めている者が名を連ねているように見える。
企業の広告をまるまる1枚のセラミックで作ることも許されている。そういった広告はその時代の風俗を知るうえで貴重な資料となる。
とある小さなスーパーの日曜日の安売りのチラシ広告なんてものは、1億年後にはものすごく貴重な資料となるのだ。
ピラミッド内部に作られる部屋は非常に多い。我々が絶滅の危機に瀕することのない間は、内部に照明を張り巡らせ、観光地として入場料を取る予定だ。
維持費になる。
観光客は皆、遠い未来に新しい生命体がこのピラミッドを発見した時のことを想像するはずだ。そして、今はいなくなってしまった、絶滅してしまった地球上の文明人のことを、未来の知的生命が知る瞬間のことを想像するのだ。それは非常に楽しい想像だ。
そして同時に思うのだ。絶滅してなるものかと。死はすぐそこにあり、種の絶滅は常に隣りあわせだと。ヒューマンやビースターは現実として絶滅しているのだと。
しかしこのピラミッド観光地化計画、観光地にするか密閉してしまうかは未だに議論が続いている。密閉したほうが耐久年数が上がるからだ。
この部屋だらけのピラミッド、これだけ内部の空間が多いと、ピラミッドの重量を支えるセラミックの壁の力は弱くなる。しかし空間が多い分だけ重量は軽くなる。プレートを積み重ねただけの壁で作られているし、設計には複雑な計算が必要になる。
この1億年耐久のピラミッドの設計は、建築物強度計算の世界1位が余裕をもって設計している。
おそらく間違いはない。
我々は、これはちょっと失敗が許されない問題だな、という時に、世界1位の力を借りる。
甲殻歴9998年現在、我々の社会では3年に1回の能力検査でそれぞれの分野の1位が決定される。最近ではモコソが日常生活のデータも収集している。
そんな3年に1回のテストで世界1位になった者達は、どこかにある研究施設に集められるらしい。
中で何がおこなわれているのか、それは公表されていない。
ただ、たまに全世界に絶対命令が出る。その命令は、どんなに理不尽でも従わなければならない。
おそらく1000年に1回ほどだ。
パッと思い出せる過去に出た命令は、自動ルート検索禁止、ぐらいだ。大したことは言わない。
大統領や大企業の社長になると直接命令が出るらしいが、一般人には伝わってこない。
政治家よりも大金持ちよりも、世界1位になるほうが権力を持てる社会システムだが、権力欲の強いものは絶対に世界1位には選ばれないという噂だ。権力欲が強い時点で頭が悪いのだという話もある。
レンガピラミッドの設計に関して、我々は建築物強度計算1位の力を借りたが、もしかしたらレンガピラミッドの建設計画自体が、何かの1位の命令なのかもしれなかった。
1位集団の出す絶対命令、それは1位のメンバーの10人の意見が一致すると、世界中の誰でも1人に命令が出来るというものだ。
100人の意見だと10人、全員の意見だと全世界だと聞いている。
メンバーが何人いるのかは発表されていない。1位のメンバーは極秘だ。
噂では、良い人の1位がいるらしい。悪い人の1位はいないらしい。
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