13:能力検査
《能力検査》
甲殻歴2003年9月
統合政府が発足した。
初代統合政府のメンバーの中核には、平和会議で3年議論を続けた会議室のメンバーが座った。そして相談役として、政治学者の彼も統合政府に参加した。
彼の名前をノーヴェルと言う。
政治学者で心理学者で脳科学者で進化論学者であった。
彼は、新しく誕生した統合政府で新しい世界の仕組みを、どんどん提案していった。
彼の提案したその仕組みは、どんどん採用されていった。
彼の提案した仕組みの中に、3年に1度の能力検査というものがあった。
せっかく世界中がひとつになったのだ。我々は地球をひとつの世界と認識し、適材適所を世界的にバランスよく決めるという内容だった。
能力検査は統合政府にとってもっともなシステムであったし、彼の言葉には説得力があった。予算はかかるが更なる経済の向上が見込めた。
さらに統合政府の存在感をアピールするシステムであった。
やらない手は無かった。
彼は心理学者だった。
彼の本当の目的はそれではなかった。
それは、我々の中の天才の発掘だった。我々の種の中でもっとも優れた能力を持つ者たちを探し、集めることだった。その先に彼の本当の目的があった。
彼は進化論学者だった。
我々は卵で生まれ、100日を卵で過ごす。
幼虫として卵から出て、食べて寝て学んで10年を過ごす。
繭を作り、1年を過ごす。
幼虫変態脱皮後、成虫として繭から出て、学校の宿舎に入り10年を勉学で過ごす。
成虫変態脱皮後、大人として約50年を生き、寿命を迎える。
学校を卒業し成虫変態脱皮を終えたタイミングで、最初の能力検査が行われる。
学問テストの成績と、身体能力テストの成績、さらに学校時の性格査定、コミュニケーション能力、論理的思考能力、心理分析などを加味し、総合的に見て、仕事の候補がリストアップされ、なるべくその中で選ぶ。拒否することもできるが、だいたいはその中から選ぶ。
後にその能力検査の項目は細分化され10万まで増える。能力検査の方法も変化していく事になるが、最初は200項目ほどでシンプルだった。
数値化された能力値が全世界の上位40パーセントに入っていると、その分野だけ3年後にテストされた。3年前に上位40パーセントに入っていなかった者でも、希望すればテストを受けることが出来た。
スタートが大変だった。世界中の生きている者すべてをテストするのだ。これには8年がかかった。
最初の1年で平均値が出た。ただ、全員が終わるまでの8年間は再検査が無かった。
我々の能力数値は、世界の全員が把握された。各分野の明確な1位が決定されたが、1位の者は精神鑑定を受け、精神が不安定な者は除外された。
9年目から再検査がスタートしたが、初回に1位だった者は、ほぼ次も1位だった。
そして、ほとんどの1位の者は、いくつもの分野で1位だった。
項目は200ほどあったが、1位のリストの名前は25人だった。
その25人は、政治学者で進化論学者のノーヴェルが作った研究施設に集められた。
ちなみに25人のうちの1人はノーヴェルだ。200のうち9を持つ。
甲殻歴2012年。研究施設。
「集まってくれてありがとう。ここは研究施設ですが、べつにあなた達を研究する施設ではありません。」24人を前にノーヴェルはゆっくり話した。優しい声だ。
建物は地上にあった。夜空には星が輝いている。建物の前には芝生の庭がある。
そこに全員が集まっていた。
「あなた達が、研究をする施設です。」
ノーヴェルはゆっくりと話を続ける。
「この建物は地上3階、地下10階です。この中ではみな、自由に何を研究しても構いません。好きなことを研究してください。今はまだ予算が決まっていますが、成果が上がれば予算を気にしなくても良くなるでしょう。」
ノーヴェルは1位の者たちを見わたす。
「あなた達ならば、詳しく説明せずとも、今何を研究しなければいけないのか、世界に今何が必要なのか、すべて分かっているでしょう。どこに研究に出かけるのも自由です。」
ノーヴェルは言う。
「ただ、お願いです。戻る部屋は、この場所にしてください。競技などの身体能力の1位の方、何かの1位である間は、ここに戻ってきてください。もしも辛くなったら、カウンセラーの1位がいます。彼女に相談してください。カウンセラー?」
一人の女性が手を挙げた。
「ありがとう。」ノーヴェルはカウンセラーを見ながら話を続ける。「もしもあなたが、辛くなったなら、私に相談してくださいね。微力ながら、2位の私が、力になります。」
優しい笑顔だった。
「なぜ地上に建物を作ったんです?」1人が質問した。
「地上や星の研究も必要だからだよ。」1人が答えた。
ノーヴェルは言う。「このように、このメンバーは皆、自分が疑問に思ったことを、誰かが答えてくれます。全員が何かの1位です。あなた達は、誰にも負けない何かを持っている者同士です。」
ノーヴェルは生意気そうな若者に言う。
「あなたは、隣にいる人に勝てるものを持っていますが、隣にいる人は、あなたが勝てないものを持っているのです。お互いを尊重してください。」
ノーヴェルが話し終わると、全員は建物に入っていった。
彼らの新しい住居は住みやすかった。大体の欲しい物は言えば用意してくれた。
その状況に浮足立つような愚かな者はいなかった。
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