18:ロブスター
《ロブスター》
考えたってすぐに答えが出る問題ではない。そんなことは1000年前から分かっている。
休息も大切だ。休息こそがヒントをくれる場合もある。
2人はお茶を飲みながら、我々の作る映画がヒューマンの映画よりも面白くないことを話題にして、ストレスを発散していた。
「我々の映画は、ヒューマンの映画よりも感情を描きませんね。」ロイが言う。「我々の感情が希薄なのか、彼らが大げさに演技しているだけなのか。」
「ヒューマンと我々は、考え方も微妙に違いますね。」ロバートが言う。「どこが違うのかといわれると困るほどの微妙な違いなんですが。」
「ヒューマンは我々よりも、1個体の命を大切にしますね。」ロイが言う。「命がけで他人の命を守ろうとするものが多くあります。」
「その割には、敵の命を奪いますね。」ロバートが言う。「アクション映画だと特に。」
「敵は何人も殺すのに、自分の仲間が1人でも殺されると異常なぐらい怒り、悲しみますね。」ロイが言った。「客観的に見ると変です。しかし悪いと言っているわけではありません。我々だって事態を客観的に見ることのできない人々は大勢います。」
「先日、ふと気が付いたのですが、同じヒューマンの作った映画でも、アメリカ人の作った映画には「知る権利がある」というセリフが多く出てきますね。しかし日本の映画にはまったく出てこない。」ロバートが言う。「アメリカの法律ですかね。」
「たしかに。ヒューマンの法律には詳しくないんですが、アメリカ人には絶対効力の魔法の言葉である「知る権利」も、日本人にはまったく効力がないように見えます。」ロイが答える。「権利として保障されている、といったような言葉もアメリカ人特有のものに見えますね。」
「国ごとの考え方の違いですかね。統合政府になった我々にも地域ごとの微妙な考え方の違いは残っていますが、地域によって法律が違うってことは無いですよね。」
「国による違い・・・」ロイは考える。「歴史の違いや気候による違いも大きいのかもしれません。陽気な人の多い地域、感情的な人の多い地域というのは我々の時代でもありますよね。」
「ヒューマンの時代と今の時代では気候が違いますか?」
「感情の表現方法が種族の違いだけではなく、気候の違いにも関係する可能性があるという、微々たるものかもしれませんが。」ロイが考えながら言う。「いや、気候は違いますかね、すいません。」
「疲れで脳がとめどなく回転してしまってますね。」ロバートが言う。「主題がズレましたね。何の話でしたっけ?主題は何でしたっけ・・・ヒューマンの映画の面白さの理由でしたっけ?」
「そうですね、怒り悲しむ感情表現という話ですね。」ロイが言う。「感情という面から言えば、ヒューマンは客観的事実よりも、一瞬の感情の爆発を映画にするという。」ロイが感情的に大声で叫ぶ映画を思い出しながら言う。
「それがヒューマンの映画の面白さの秘密なんでしょうか。」
「さあ、どうなんでしょうか。」
「仲間の死を感情的に描くことが好きなんでしょう。」
「そういえば、死んだと思ったら機械になって戻ってくる映画もありましたね。」
「ヒューマンの映画に、体を機械化する物が多くありますね。」ロイが言った。ヒューマンはサイボーグやアンドロイドに強い憧れを持つ。
「あれは寿命を延ばすんでしょうか。」
「電子機器の寿命はそれほど長くありませんよ。」
「あれは何を意味しているんでしょう。」ロバートが言う。「機械によるパワーアップでしょうか。」
「パワーは確かに上がりますね。」
「モーターや油圧シリンダーを体内に埋め込んだりしてるんでしょうか。」
「そういう者もいるかと。」ロイが言った。
「耐久年数はどのくらいでしょう。」ロバートが言う。機械というものは壊れるものだ。
「現物がないのではっきりとは言えませんが、10年か20年と言ったところではないでしょうか。」
「では、交換やメンテナンスを前提として体内に埋め込むんでしょうね。」
「そうかもしれませんね。」
「体の神経との接続技術が一番難しそうですね。」
「埋め込むのではなく、体を全て機械にしてしまうというのもありますね。」ロバートが言った。
「それは電源供給が途絶えた時にどうなってしまうんでしょうか。」ロイが言う。「バッテリー切れや機械部品の不具合とか。」
「近くの誰かが復旧してくれるまで動けないでしょう。」
「単独行動をしている時に急に電源系統が故障したらどうなるのでしょう。」
「その問題を考えると、体をすべて機械にするというのはリスクが大きすぎますか。」
「脳だけを機械にする物もありましたね。」ロイが言う。
「脳だけを機械にしても、体は病気にはかかりますね。」
「機械脳の働きで免疫系を強化できますか?」
「どうでしょうか。」ロバートが言う。「脳が機械ならば・・・」
「脳と体をすべて機械にするのはどうなんでしょうか。」ロイが言った。
「それでは、我々の種ではない、別の機械生命体になってしまうのではないでしょうか。」ロバートが言った。
「繁殖行動も出来なくなりますね。」ロイが言った。
「種として繁栄するという本来の目的から外れてしまいますね。」ロバートが言った。
「そうなりますね。」ロイが同意した。「機械生命体になって永遠の命を手に入れる。食欲も性欲も無くなりあらゆる欲から解放された別の生命体・・・知識欲が残っていればいいですが。機械生命体を目指すのは最終手段といった感じでしょうか。」
「そうですね。我々が目指すのは、病気にかかりにくい若い体を保ちつつ老化を食い止め、脳も健康状態を保ったまま永遠に衰えない、そんな方法です。はたして、そんな方法があるんでしょうか。」ロバートが言った。
2人は考え込む。結局、さっきの会話に戻ってしまった。
研究は袋小路に迷い込んでいる。出口が無いのだ。
命を永遠にする無謀な研究。
いっそ脱皮して最初からやり直してはどうだろうか。
出口のない思考の迷路の中で、ロバートの脳に何かが一瞬よぎった。次の瞬間には口から言葉が出ていた。
「ロブスターでしょうか。」ロバートは言っていた。思考が固まるより先に言葉が出る感覚。この一瞬のひらめきはアタリなのかハズレなのか、何か霧が晴れるような予感。
「ロブスター?」ロイが聞く。
「ロブスターです。」ロバートは自分の発した言葉の後から思考を追いかける。
「どういう意味ですか?」ロイが聞く。
「ロブスターって脱皮しますよね。」ロバートが何かの糸を手繰るように言う。
「エビやカニは脱皮すると聞いています。」ロイが言う。我々と同じ甲殻類だ。
「あれは普通の成長脱皮ではない。」ロバートが言う。
「普通の成長脱皮ではない?」ロイが言う。
「ロブスターの脱皮は、内臓まで脱皮するんですよ。」ロバートが言う。
「内臓?」ロイが驚く。
「体を全て脱ぎ捨てるように。」ロバートが言う。
「そんなことが可能なんですか?」ロイが聞く。
「嘘みたいな話ですよね、古い体を脱ぎ捨てて新しい若い体になる。」ロバートが言う。
「若返るんですか?」ロイが聞く。
「体は若返ります。内臓まで若返ります。しかし、老化しないのかと聞かれると、分りません。おそらく老化はします。老衰で死ぬ前にほとんどの個体は病気で死にますから何とも言えません。」ロバートが説明する。
「私たちの体もロブスターのように脱皮することが出来たら、年老いた体を脱ぎ捨てて若返ることが出来たら、病気への抵抗力を維持できるかもしれません。」ロイが言う。
「おそらく。脳の寿命の時まででしょうが。」ロバートが言った。
脳は脱ぎ捨てられない。
脱ぎ捨てては困る。
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