第6話 謎の破片

 福田は仕事を一段落つけると、社内に設置されている喫煙室へ行って一服していた。そして煙草を吸いながら携帯電話をいじっていたところに、上司の小野が喫煙室に入ってきた。


「お疲れッス」


「おお!お前も休憩か?」


「はい、ニコチンが切れたんで補充してます」


「まったく、俺ら愛煙家の居場所はどんどん限られえてくるよな・・・」


 社内では禁煙運動が何度も行われたせいで、喫煙者がめっきり減った。しかし小野を筆頭に、ごく一部の喫煙者たちは、「愛煙家同盟」なるものを立ち上げた。福田はもちろん愛煙家同盟のメンバーであり、小野にとって福田はホープなのである。


「自分も最近は彼女から禁煙しろってうるさく言われて大変ッスよ・・・」


 愛煙家同盟の部会は、会社内の喫煙室で自然発生的に行われる。そして話題のほとんどは被害報告と慰め合いである。


「お前も大変だな・・・」


「えぇ・・・」


二人は軽くため息をつくと、しばらくの間黙って煙草を吸っていた。


「ところでお前は美香ちゃんといつ結婚するんだよ?」


「そうですねぇ、自分が自他共に認める一流の記者になったらプロポーズしたいッスね」


 美香とは福田の彼女で商談社の経理部に在籍している永島美香のことである。2人は杉吉を通して仲良くなり、付き合いだした。


「じゃあお前は一生結婚できねぇじゃん。いつまでもわけのわからないロマンを追いかけていないで、美香ちゃんにプロポーズしろよ!悪いことは言わない、人生最大の妥協をしなかったら、お前は人生最大の後悔をすることになるぞ!」


「押忍!」


(あんたは人生最大の後悔を恐れて、人生最大の妥協をしたというのか?)福田は思った。


「ん?どうかしたか?」


 小野はいかにも納得がいかないという表情を浮かべている福田の顔を覗き込んだ。


「いや・・・何でもないッス」


「そうか・・・ところでお前、あの事故の調査は何か進展あったのか?」


「いやぁ・・・全然ダメですね。あれから厚木署の担当の人に、その後の状況を聞きに行ったんですけど、事故として処理したから捜査をしてないって言ってました。それから亡くなった吉岡さんの息子さんが会社を継いで社長になったようなんですけど、そこで吉岡さんの友達が事業に協力してくれているようなんです」


「そうなんだ。お父さんの死を乗り越ええて前を向いて歩いているんだな。」


「そうなんですよ。でもそれがなかなかわからないことばかりで大変ッスよ。吉岡さんが仕事でトラブルを起こしたのではないかと思って、吉岡産業の主要な取引先に取材をしに行ったんですけど、客との付き合いはとても良くて、トラブルなんか有り得ないといった感じでしたね。しかも、吉岡さんが家族に組合の慰安旅行と電話で伝えたことについても調べたら、過去に吉岡さんが慰安旅行に参加した組合は、その日に慰安旅行をスケジュールしていなかったんですよ」


「そうか・・・」


 小野は少し考えているようだった。そして煙草の灰を落とした。


「もしかして、吉岡さんは副業をしているんじゃないか?」


「副業・・・?確かに吉岡産業以外のことで活動をしていることがあったようですが、いろいろなところに顔を出している人だし、副業のことは、従業員はおろか家族も知らないと言っていました」


「じゃあ、その副業か何かでトラブルに巻き込まれた可能性があるんだな。だとしたら日記に書いてあった闇とかディーバやルシファーっていったいどんな意味なんだ?」


「そこなんですよ。吉岡さんは闇という言葉に強い畏れを感じているようだったんで、はじめは暴力団関係に狙われたのかなと思いました。それで地元のヤクザ事務所に取材に行ったんです」


「お前すごい執念だな!!」


「でも、組長は長年に渡って組と地域が共存できるように吉岡さんが調整役を買って出てくれたことをとても感謝していたんです。だから今回の事故に相当ショックを受けていたし、協力は惜しまないと言ってくれました。そうなると“闇=暴力団”で結びつけることで調査するのは難しいかなって思うんです。それにルシファーやディーバで該当しそうなものは見つからなかったなぁ・・・」


 福田はポケットからメモ帳を取り出して、パラパラとめくりながら言った。


「・・・闇・・・ディーバ・・・・・・ルシファー・・・何かその言葉がどうも引っかかるんだよな。何たっけなぁ・・・」


 小野は何か心当たりがあるようだったが、思い出せないでいた。福田はそのことが気になったが、それが吉岡の日記に書かれたものと共通しているのか検討もつかない。


「それに吉岡さんが言った“リ・フ”の意味も全然わからないんですよ。ああぁ、頭が痛い!!」


 そう言って両手で頭を抑えた。


「お前も息子さんみたいに事故のことは忘れて、前を向いて歩いたらどうだ?」


「ええ、そんなことを自分もときどき考えてしまうンスよ。警察が事故と断定しているんだから、自分もそう結論付けてしまえば、幾らかは楽になれるだろうって・・・でもそのたびに、あのときに吉岡さんを助けることが出来なかった悔しさがこみ上げてくるんです。それに亡くなる直前の彼を見たのは、この世で僕しかいないんだし・・・だからせめて彼の死の真相を明らかにしてやらなければダメじゃないかって思うんですよ。それが結果的に事故だったとしても、真相を明らかにして、彼の死を心から哀しんだ人たちに伝えるまでは絶対に諦めないって決心したンス」


 小野は福田の話を腕組みしながら目を閉じてじっと聞いていた。時折、かすかに頷いているような仕草が、福田には小野が共感してくれているように見えて安心した。しかし、小野は次第に肩を震わせて笑い出した。


「アハハハッ!!」


「えっ!?何か自分、変なことを言いました?」


「いや、お前は大したもんだな!男だよ!そしてセリフが臭い!口が臭い!おまけに顔が残念だ!!」


 小野は大声で笑いながら福田の肩を叩く。


「あっ!?ヒドイなぁ・・・」


「いやいや、俺は褒めてるんだよ」


「ついでに言葉で殺そうとしたでしょ!?殺傷能力の高い侮辱を受けて、危うく死ぬかと思いましたよ」


 福田は怒って頬を膨らませた。


「まあまあブサイク君、さっき言ったことは忘れてくれ」


 小野の笑いが止まらない。


「俺はブサイクじゃないッス。ちょっと愛嬌がある顔なンスよ!!これでも彼女からは中田英寿”に似ているって言われてるんですから」

 

福田は吸い終えた煙草を八つ当たりするように勢いよく揉み消した。


「それよか吉岡さんの件、俺も協力するから。何か思い出したら教えるよ」


「た、頼みます」


 突然そう言われても、福田の機嫌はすぐに切り替わらない。不貞腐れた態度で返事をした。


「だからお前も早く美香ちゃんにプロポーズしろよ!あんな美人で器量の良い娘なんて滅多にいないんだぞ!それにお前の臭いセリフを受け止められるのは彼女しかいねぇからな!ダハハハッ!!」


 小野は笑いながら喫煙室を出て行った。福田は小野に応援されているだろうが、最後にいじられたせいで複雑な気分だった。そこでとりあえず煙草をもう一本吸うことにした

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