第15話 軌跡の断片
小野は諸角の知り合いという記者とのスケジュールをとるのに案外時間がかかった。そのうちに寒さが一段と増していき、街を行き交う人々の中には冬の装いをしている人が目立つようになってきた。そしてそれは新宿でも同様である。
いつの間にか街の並木通りは赤や青色をしたLEDのネオンが綺麗に装飾されている。そしてそのイルミネーションの下でサンタクロースの衣装を着た女性がお店の宣伝をしている。その光景は人々にクリスマスが訪れるときめきを抱かせる。今年のクリスマスはホワイト・クリスマスになりそうだ。
福田は小野に連れられてそんな新宿の街を歩いていた。諸角の知り合いから突然、今夜スケジュールが空いたという連絡があったため、急遽、これから会うことになった。
夜九時を過ぎているというのに、ここは多くの人たちが行き交い、賑わいは全く失われる気配がない。この街は眠らないのか?
二人は新宿駅東口を出て、アルタ前の道をひたすら真っ直ぐ進んだ。福田は小野の後を追いかけるようにして歩いていたが、不安な気持ちがどんどん表面化していくのを感じていた。それは新宿伊勢丹を越えてさらに新宿御苑に向かっていく中でこらえきれないほどのものとなった。
「小野さんどこまで行くつもりッスか!?これ以上先は危険なエリアに踏み込むことになってしまいますよ!!」
「福田!お前は何を言っているんだ!!危険と快楽は紙一重なんだぞ!そしてそういうところにはネタがたくさん集まるというわけだ!!」
福田には小野の持論が理解できないでいた。そしてとうとう二人は新宿二丁目にある一軒のゲイ・バーにたどり着いた。それはもう何十年も前に建てられたであろう古びた小さなビルの一階だった。白いペンキで塗られたドアの横にマリン・ブルーの色をした看板がぶら下がっていた。
「み・・・ミスター・マーメイド!?小野さん・・・これはもしや・・・!?」
「お前は勘が良いな。そうだよ、ここはゲイ・バーさ!ここでお前が会いたがっている人と待ち合わせている」
「会いたがったって・・・そりゃ会いたいッスよ!でも何でこんなところで会わなきゃならないンスか!?」
「バカヤロー!!だからお前は五流記者なんだよ!そんな喰わず嫌いをするからお前は四流の記者にはなれないんだ」
小野の言葉に福田は少しムッとした。
「そんなことは無いッス!喰わず嫌いなんてしてませんから・・・さあ小野さん店に入りましょう!」
そう言うと福田は勢いよくドアを開けた。やや重たいドアに少し驚いたが、ドアを開けた瞬間に日常では感じることのない異空間が福田を包み込んだ。
「いらっしゃあい~♪」
多少・・・もとい、ものすごく違和感のある高い声で福田は迎え入れられた。福田はカウンターに立っている声の主へ目をやった。
(キングスライム・・・!?)
福田は思わずたじろいだ。その人は縦にも横にもボリュームがあり、ワインレッドのスパンコールを着ていた。そしてそのボリューミーな肉体の上には金髪でパーマをかけ、顔がパンパンに浮腫んでいるオカマが立っていた。
「あら、初めて見る子ね。っていうかイケメンじゃね!?タイプかもぉ~♪ねえねえもしかしてあなたココは初体験?」
福田が我を忘れていたほんの少しの間に、その人は怒濤の如くしゃべり倒す。
「い、いや・・・今日は上司に連れられて・・・あれ?」
福田は後ろを振り返ったが、そこに小野はいなかった。そして焦ってドアを開けて、外へ飛び出した。
「小野さん!!いない・・・どこだ!?」
外へ出た福田は、あたりを見回したが小野の姿がない。思いがけない出来事に、心臓の鼓動が激しく打ちつけてどっと汗が身体中から湧き出てきた。
小野を見失ってしばらく探し回ったが、見つけることができず半ば諦めかけて店に戻ろうとしたとき、店の横にある階段の影に隠れている彼を発見した。
「小野さん、そこで何をしてるんですか!?」
「残念!見つかっちゃった」
小野はニヤニヤしながら照れくさそうに頭をかいていた。
「何が残念ですか!?そんな子どもみたいなことをしないでくださいよ!さあ中に入りましょう」
福田は小野のいたずらに少し疲れたが、気を取り直して再びドアを開けた。しかし、さっきのこともあったから福田は店に入る前に後ろを振り返った。案の定小野は再び階段の影に隠れようと静かに後ずさりしていた。
「小野さん・・・何をしてるんですか・・・!?」
「いや、すまんすまん・・・」
小野はいたずらがバレて恥ずかしそうにしていた。福田は二度と同じことをさせないように小野を前に押し出して店内に入った。
「あら小野っち♪いらっしゃい」
福田に首根っこを捕まれて入店した小野にママは歓迎した。
「ママ、久しぶりになっちゃってごめんね」
「あらさっきの子・・・じゃあ、この子はもしかして小野っちのコレ?」
そう言ってママは興味深そうな顔をして、割と太めの小指を立てた。
「違うよ。こいつは俺の部下で福田昌彦っていうんだ。まだ肉体関係なんてないし、恋愛にも発展してないさ」
「小野さん何ッスかその説明の仕方は!?」
福田が慌てて小野を注意する。
「あらそう!?じゃあもしかしてこの子は小野っちからのクリスマスプレゼント?やだぁ~、それじゃあ遠慮なくいただいちゃおうかしら♪坊や私がドスコイしちゃうぞ♪」
ママが嬉しそうにしている。そして福田めがけて投げキッスをした。
「ど・・・ドスコイって!?」
福田は恐怖で体が硬直した。助けを求めるように小野へ視線を向けると、不気味な笑みをこぼしている。
「ママ、仕事も兼ねて来てるんだから今夜はこいつを捕って喰っちゃダメだよ」
「ええ~!?残念~!!小野っちのバカ」
ママが本気で残念そうな顔をしている。それを見て福田の恐怖はさらに増していく。
「ところで彼女はもう来てるわよ。レディを待たせるなんて、小野っちもヒドい男ね」
ママはそう言って店の奥のドアを指さした。
「ごめんごめん、そんなつもりはなかったんだけどね・・・」
(何だ!ここで待ち合わせている人っていうのは女性だったんだ)
福田はママの言葉に少し安心した。
小野はカウンター席に座っている数人の客に気を使いながら壁を沿って奥のドアに向かっていった。福田も小野のあとを追いかけるように個室へ向かった。そしてドアの前に立つと、小野はゆっくりとドアノブを回して、のぞき込むように部屋に入っていった。福田もその後ろをぴったりと張り付いて部屋に入っていく。
カラオケボックスのような部屋は薄暗く、中央のテーブルの半分を囲むようにしてソファーが並んでいて、そこに一人の男が座っていた。(・・・男?)福田は少し困惑した。
「ごめん待たせちゃったね!」
小野がその男に声をかけた。
「誰ですか?あのソフトモヒカンをした若い頃の玉置浩二のような顔の人は・・・しかもアイシャドウは何で黒いんだ・・・女性じゃなかったンスか?」
福田が声を潜めて小野に言った。
「誰って?彼女はお前が会いたがっていた女だよ」
小野はソファーに座っている人に気を使いながら小声で言った。
「遅いぞ!こんな寂しい部屋でレディを一人にしてどうする気なの?」
彼女は両手を腰に置いて口を膨らませて怒っている素振りをした。
(古い・・・なんて古いリアクションをするんだ!?)
福田は驚きを隠すことができなかった。
「本当にごめんね。紹介するよ。こいつは俺の部下で福田昌彦っていうんだ。今ある件でいろいろ調べているんだけど、よかったら相談に乗ってくれないかな」
「はじめまして・・・商談社の福田と申します」
福田はぎこちない仕草で名刺を渡した。
「わぁかっこいい~!!中田英寿みたい♪ねぇ彼女いるの?」
「あっ、はい・・・」
「残念~!でも何なら私に乗り換えない?私包容力あるわよぉ~♪」
彼女は右手人差し指を福田の鼻に押してた。
「・・・!?」
(こ、こいつ・・・二〇世紀の仕草をしていやがる!!)
福田は絶句した。
「ダメだよ。お前彼氏いるんだろ?浮気はダメだよ」
小野が笑いながら言う。
「大丈夫!私のアソコは緩いけど、口は堅いんだから」
「何だよそれ!?」
小野が笑っている。
「あっ、ごめんなさいね!私はオフィスkyogoの井上でぇす!よろしくね♪」
福田は井上から名刺を受け取った。名刺には”株式会社オフィスkyogo 代表取締役 井上恭吾”と書かれてあった。
「私のことはキョンキョンって呼んでね♪」
「あっ・・・はい・・・よろしく・・・きょ、キョンキョン・・・」
福田は名刺をひっくり返して裏面を見た。そこには名刺いっぱいにキョンキョンのものと思われるキスマークがついてあった。
(な・・・生々しい)
名刺を持つ手が震え出した。
「福田!あまりキョンキョンにびっくりしてるんじゃねぇぞ!ごめんねキョンキョン。こいつはこういうところが初めてなんだよ」
「ええそうなの?じゃあお姉さんが教えてあ・げ・る♪」
キョンキョンは福田を気に入ったようで、福田の失礼な態度に対しては何とも思っていないようだった。
「まあとりあえず座って話そうよ。福田、俺にジントニックを注文してくれ!あとつまみは適当に頼んでおいて」
「わかりました」
福田は部屋の隅にある電話を使ってママに注文をした。 数分後、店員の娘がカクテルとつまみを運んできた。小野と福田はそれを受け取ると、キョンキョンと乾杯をした。
「それで、モロちゃんのことを知りたいってのは何で?もうあの子が死んでから二年になるのよ」
キョンキョンが小野に質問をした。
「それがね、今年のはじめにある人が交通事故で亡くなったんだけど、その事故で死んだ人と諸角君に何となく共通したものを感じるんだよね」
「その事故で亡くなった人って何ていう名前なの?」
「名前は吉岡靖といって茨城県で飼料問屋を経営している人なんだ」
「へえ~!何か聞いたことがある名前ね・・・何だったかな?それでその人とモロちゃんとどういう関係なの?」
キョンキョンは小野の説明を注意しながら聞いているようだった。
「正直言うと俺の直感なんだ・・・」
「直感?ジャーナリストに直感は大切なのよね。それでその共通点って何?」
「それがさ、吉岡が残した日記にはサイドビジネスをしている様子が書かれているんだ。そしてあるときから彼はその取引の中で”闇”という言葉やルシファーなどの存在を語りだしているんだ」
「闇・・・ルシファー・・・駄天使のこと?」
「そう!その日記を読んで思ったんだけど、諸角君が取材していた事件や、最後に送った怪文書のことに何か関係があるんじゃないかなと思ってね。それで諸角君と親しくて、アンダーグラウンドに強いキョンキョンなら何か知っているんじゃないかなって思って呼んだんだ」
「なるほどね。あなた、ここで私に相談するなんてさすがね。確かにこういう話になったら私は適任だわ!それに最近私が付き合いだした彼氏はちょっとヤバい系の金融ブローカーなのよ♪」
「そうなんですか!?それは凄い!」
福田は思わず叫んだ。
「せっかくだから彼氏も呼ぼうか?もしかしたら何か話が聞けるかもよ」
「是非!是非ともお願いします!」
福田はキョンキョンに頭を下げた。
「あらやだ!真っ直ぐな子ねぇ!私そういう子タイプなのよ~♪」
キョンキョンは福田のことが気に入っているようだ。早速バッグから携帯電話を取り出して電話をはじめた。福田と小野はじっと息を潜めてキョンキョンの電話を見守った。
「ねぇねぇ私、ちょっと突然だけどター君は今何してるの?・・・うん、そうなの?・・・紹介したい人がいるんだけど、会えるかなぁ?」
ヤバい系の金融ブローカーと聞いていたから、福田は少しビビっていたが、キョンキョンはそんな彼の懐にズカズカと入り込むような会話をしている。
「そうなの!じゃあ、いつものところにいるから後で来てね♪」
電話を終えるとキョンキョンは携帯電話をテーブルの上に置いて、飲みかけのカクテルを少しだけ口の中に含んで潤した。
「彼は今、お客さんと食事中だけど、終わったらこっちに来てくれるって」
それを聞いて、福田は吉岡について何か新しい情報が得られるのではないかという期待に胸が高鳴った。
「キョンキョンありがとうな!助かるよ」
小野がキョンキョンに礼を言う。
「いいのよ、小野っちにはいつもお世話になってるんだから。じゃあ、彼が来るまでの間はモロちゃんについて話しましょうか?」
「よろしく頼みます」
福田が勢いよく頭を下げた。そしてチラッと時計をみるともう夜の十時をまわっていた。しかし、せっかくの機会に時間を惜しむなんてことはあり得ない。福田は新しい手がかりを得られるならとことん付き合う覚悟でいた。
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