第14話 真実までの距離

喫煙室は社員の喫煙率が下がるにつれて、ビルに数カ所あった喫煙室が集約されていき、現在では一カ所しか存在していない。福田と小野はその唯一の喫煙室に入った。喫煙室には誰もおらず、最近では内緒話をするには良い場所として二人は利用している。

 部屋に入って小野は電気のスイッチ入れた。あまり利用してもらえない蛍光灯はパラッパラッと気だるそうに点いて室内を照らした。二人は部屋の隅にある長椅子に腰かけて、早速一本目の煙草を口にくわえた。

 ジリジリと換気扇の音がしている。福田はさっきから気になっていたことを聞きたい気持ちでいっぱいだったが、いたずら好きの小野のことだから何をしてくるかわからない。だから福田は小野の口から話を切り出されるまでじっと我慢することにした。小野は煙草を深く味わうように吸っている。やがて、ゆっくりと小野は諸角のことを話し始めた。


「諸角って男はな・・・東大の出身で頭のキレもさることながら、お前みたいに熱血バカな一面もあったようなんだ。そういう純粋で自分を飾らない彼は職場の誰からも好かれていたらしい。けれどある事件の取材をしたころからその歯車が狂ったようなんだ」


「ある事件っていったい何ッスか?」


「もう五年くらい前になるかな・・・当時、政友党のホープと言われた大久保順一が贈賄の容疑をかけられていて、国会の証人喚問で疑いは事実無根を主張したけれど、その数日後に横浜市内のホテルで首を吊って死んだという事件があったんだ。」


「それ自分も覚えてますよ!確か被疑者死亡で特捜が捜査を打ち切ったんですよね?何か後味が悪かったのを覚えていますよ」


「確かにそうだな。それでメディアも一時は黒幕が口止めのために大久保を自殺をさせたんじゃないかと騒いでいたんだけど、いつの間にか事件が風化してしまったんだ。」


 福田は小野の話を聞きながら、当時の事件を自分なりに思い返していた。当時は政治とはほど遠い部署にいたから、この手の話には疎い。それでも歯切れの悪い事件は何となく覚えているものだ。


「じゃあ結局何もわからなかったんですね?みんな調査を諦めたんだ・・・」


「いや、諸角だけは違ったんだ・・・当時諸角は政治家・大久保順一を育てた現在の内閣総理大臣・福島渚を黒幕として追いかけていたんだ。でもそれを裏付ける証拠がなかなか出てこない焦りからか、次第に社内で揉め事を起こすようになってしまい、どんどん孤立していった。そして結全日新聞を退職してフリーになって事件の独自調査をはじめることにしたらしいんだ」


「そうなんだ。そこまで自分を追い込んでしまうなんて・・・」


「そうだな。俺も仲間の記者から聞いた話なんだが、フリーになってからも相変わらず猛烈なバイタリティで取材活動をしていたようだけど、彼が書いた原稿は次第に常軌を逸した空想物語のような仕上がりになっていったらしい」


「・・・・・・」


 福田は諸角という男を想像していた。そしてまともとは思えない死に様に寒気がした。


「小野さんは諸角さんと面識があったんですか?」


「まあね。実は俺が諸角と出会ったのは、彼がフリーの記者になってからだよ」


「そうだったンスか!?」


「ああ!友達から紹介されて一度だけ会ったんだ。そのとき彼はフリーになったばかりだから何か仕事を紹介してやってくれと頼まれたんだけど、ちょうど紹介できるような案件がなくてね。それから連絡を取ることもなくズルズルと月日を重ねていく内に、彼が自殺したというニュースを聞いたんだ。しかもウチにも送ってきたあの怪文書の主がまさか諸角だったとはね・・・」


 小野は今でも当時のことに驚きを感じているようだった。そして内心ではゾッとしているのだろう。乾いた笑いをしているが、どこか気を紛らわすように笑っているかのようだった。


「せっかくの機会だから、俺に諸角を紹介してくれた友達をお前に紹介してやるよ。そいつもフリージャーナリストをしているんだけど、顔が広いし諸角とは新聞社時代からの付き合いだっていうから俺よりも詳しい話が聞けるんじゃないかな!?」


 福田は少し考えていた。小野の話を聞く限り、諸角という男の死や怪文書が直接吉岡靖の死と関係しているとは正直思えない。しかし、小野が言うように諸角が言い残した”闇”について、もし吉岡の日記に書かれたものと一緒ならば事態は大きく前進するかもしれない。ということは諸角の友達に会って損はないということだろうか。

「お願いします!是非会ってみたいッス」


「いいね!お前は絶対そう言うと思ったよ。じゃあそいつのスケジュールをブロックしたら教えるわ!」


 小野は吸い終えた煙草を揉み消すと立ち上がり、出口に向かって歩き出した。そしてドアに手をかけて部屋を出ようとしたときに、思い出したかのように振り返った。


「そうだ!そいつはちょっと変わっているけど、絶対に動揺なんてするんじゃねえぞ!」


「えっ!?それはどういうことッスか!?」


「まあそれは会った時のお楽しみってやつだな」


 小野はニヤニヤした顔で部屋を出ていった。その背中を見送った後、福田は怪文書をじっと見つめていた。諸角はこの文書にいったいどんな意味を込めていたのだろうか。

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