第16話 面影

「諸角さんとはどうやって出会ったンスか?」


 福田はモスコミュールをグビッと飲み干してから、キョンキョンに訪ねた。やや他の店よりもアルコール度数の高いモスコミュールが喉元を通過したときに、脳がカッと熱くなる感覚におそわれた。


「モロちゃんは私がまだ出版社で記者をしていた頃に取材現場でちょくちょく顔を合わせていた程度だったけれど、当時は既に全日新聞の若手で頭角をあらわしていて、正直私は近づき難い印象を持ったわ。でもそれから私が独立していろいろ営業活動をしていたときに、どこかで私の噂を聞いたらしくて連絡をよこしてくれたのよ。そのときに初めて彼と会話をしたんだけど、東大法学部出身で会社きってのエリート記者とは思えないほど、気さくでどんな会話にも興味深そうに対応してくれるから驚いちゃった」


「ギャップが凄いッスねぇ・・・」


「そうなの!こっちが勝手に抱いていた印象みたいなものが、実際の彼とのギャップになってそれが逆に魅力になっていくような人ね。たぶん頭の中は本当にロジックで緻密なんだろうけど、人当たりは情熱的で泥臭いって感じなのよ」


 キョンキョンがうっとりした表情で諸角のことを語っている。福田はその表情を見て、心の片隅に諸角に対する羨望を感じていた。


「モロちゃんのおかげで全日新聞との付き合いが始まって、その間にいろいろと仕事をしていったの。私はモロちゃんよりも五歳年上だけど、彼から学ぶことが本当に多かったわ!」


「小野さんから諸角さんが全日新聞を辞めた理由が職場内での揉め事だって聞いたんですけど、実際にどういうことがあったンスか?」


「・・・それは、たぶんあのことかな・・・?」


 キョンキョンが組んでいる足を組み替えた。そしてゆっくりと前にかがんで、テーブルの上に置いてある煙草を取って、火をつけた。福田もキョンキョンに合わせるように煙草を吸い始めた。小野はさっきから何も発することなくただ笑みを浮かべながら、腕組みをした状態で何本も煙草を吸っている。

 

「昔、自社民党の選挙対策委員長だった福島議員の不正献金疑惑があったでしょ。それが火種となって対立する野党の共進党が徹底的に与党を叩いたんだけど、あの事件をどこよりも早くスッパ抜いたのがモロちゃんなの」


「そりゃ凄い!政治ネタをでスッパ抜くのってよほどの調査と度胸が必要じゃないですか。僕もそれを覚えてますけど、福島議員の不正献金疑惑があってから、かなり党内外の風当たりが悪かったですよね。しかも・・・」


 福田の話を遮るようにキョンキョンが相槌を打った。


「そうなのよぉ~!だいたい力のある議員なら力でもみ消すこともできただろうけれど、まさか特捜の取り調べを受けた愛弟子の大久保議員がその直後に自殺しちゃうんだから・・・一時は”口止め”のために自殺をしたとか、責任を感じて自殺したとかいろいろマスコミが騒いでいたけれど、いつの間にか福島議員への疑惑も騒がれなくなっちゃったんだよね」


「あの事件のその後はいったいどうなっているんですか?」


「特捜も疑惑の鍵を握る重要な人物が自殺をしたせいで、追いつめられたの。その直前にも地方で検察官が取り調べの最中に容疑者に暴力をふるったことが発覚して、マスコミに行きすぎた取り調べを指摘されていたんだから。だから大久保議員の自殺で特捜はより慎重にならざるを得ない状況になったのよ。おかげで福島議員を立件できなくなったの」


「そうなんですか。そうなると諸角さんの社内での立場はよくないかもしれないですね」


「そうねぇ、モロちゃんは上からの命令で取材ができなくなったんだけど、ある人からの話をきっかけに取材活動をはじめてしまったの」


「ある人?・・・いったいどんな話だったんですか?」


 いつの間にか福田はかなり前のめりになって話を聞いていた。キョンキョンも身を乗り出すように姿勢をとって、小声で話した。


「それは大久保議員が自殺したとされるホテルのスタッフで、第一発見者だった娘なんだけど・・・大久保議員は浴室で首を吊った状態で死んでいたっていう警察の説明を否定していたの」


「えっ?!違ったんですか?じゃあ彼はどんな状態だったんですか?」


 興奮気味に福田は質問をする。


「その話、俺も知らないよ!」


 小野も興味があるようで、福田とキョンキョンの間にわずかしかない隙間に割って入ってきた。


「これはとても危険な話だから、慎重に受け止めてほしいんだけど・・・」


 キョンキョンが真剣な表情で二人に確認をした。その表情は薄暗い照明の影響もあって、出会って一番怖ろしい顔だった。


「約束する!慎重に受け止めるから聞かせて」


 小野が子供のように懇願する。キョンキョンはゆっくり目を閉じた。やがて覚悟を決めたのか強い目力で小野と福田を見てから、話しはじめた。


「彼女によると、その日の夜遅くに複数の大きな男が大久保議員の部屋に入っていくのを確認しているの。そして翌朝、事前にモーニングコールの依頼を受けていたから大久保議員の部屋にコールをかけたんだけど、何度コールしてもつながらないから、直接部屋へ起こしに行ったら、辺り一面が血の海と化した部屋の中央で、大久保議員が裸で椅子に縛られた状態で死んでいたっていうのよ!!」


「・・・・・・!?」


 福田は絶句した。頭の中は椅子に縛られた状態の大久保議員の姿の映像で支配されていた。


「大久保議員は全身をひどく殴られたようで、顔は腫れ上がって身体中にあざがあったんだけど、それよりも彼女を恐怖にさせたのは、天井を見上げている状態の大久保議員の口から包丁の柄らしきものが突き出ていたっていうの・・・」


「えっ!?・・・包丁の柄・・・・!?」


 二人は一瞬、言葉を失った。


「その娘はすぐに上司に報告をして警察が現場を処理したんだけど、何故かその日に報道されたニュースでは大久保議員の死が自殺として処理されたのよ!」


「な、何でそんなことが起こるんだ・・・!?」


「まああれだろ!何かしらの圧力がかかって自殺として処理されたんじゃねぇか!?」


 小野が緊張をほぐすように酒を飲んで、チーズを摘んだ。


「でも謎は残るのよねぇ。それは何で自殺として処理したのか?それに誰がこのようなことをしたのか?誰かが圧力をかけたのか?それとも警察内部によってもみ消したのか・・・モロちゃんは様々な仮説を作ってはその検証をしていたわ」


 キョンキョンがやや寂しそうに語った。


「でもそんなことに首を突っ込んで、会社の上層部が黙っちゃいないわよ。モロちゃんは上司を一生懸命説得したんだけど、結局それがいけなかったんだろうな・・・情熱が破滅を招くなんて、何か割り切れないわ」


「光がより輝きを増すためには、闇はより深くなければならない

 誰が闇を創造するのか・・・強く輝き続ける者が本当の闇だ・・・これが諸角君が人生をかけて追い求めた事件の答えなのか?」


 小野は独り言のようにつぶやいた。


 福田は考え込んだ。諸角という男には妙に親近感を覚える。そして同情している。それは自分にも似たようなハートを持っているからだ。自分は吉岡靖の事故の真相を明らかにしたいと思っているけれど、それは本当に良いことなのか?沈黙している福田を気遣うように小野が言った。


「しかし、問題はその諸角さんと吉岡さんの事故に接点があるのかということだな。福田、お前は何か接点を感じるか?」


「えっ?あっ、いや・・・今のところ特に接点というものはないように感じますね。でも・・・あるとしたら諸角さんと吉岡さんが言っている闇という言葉ですけど・・・諸角さんは政治絡みの闇を指しているだろうけど、吉岡さんはどこを指しているんだろう。もしこれが同じ相手を指す言葉なら、それはとても怖ろしい話ですね」


 福田は苦し紛れに笑った。


「俺もそこに接点を感じるんだけど、それって記者の長年の直感ってやつだから何とも言えないな」


「まあそういうことはよくあるものよ!」


 キョンキョンがなぐさめるように言った。


「・・・・・・」


 三人は少しの沈黙の後、同じタイミングで似たようなため息をついた。福田は諸角という男に興味を持ったが、何よりも吉岡との接点を見つけることは得策でないと思った。(残念だけど、他をあたろうか・・・)福田は煙草に火をつけて、おもむろに吸い始めた。


「あ~あ!何だか雰囲気が重くなってきたな!よし話題を変えよう。キョンキョン、最近何か面白い芸能ネタある?福田!俺とキョンキョンにおかわりを頼む」


 小野が無理に明るく振る舞った。福田は早速、壁にかけられた電話を使って注文を入れた。


「芸能・・・?そうねえ、最近この辺りを徘徊しているゲイ能人の話ならあるわよ」


「えっ!?マジ!?それ知りたい!その人って俺の知ってる人?」


「知ってるも何も、いくつもの番組に出ている超売れっ子アイドルよ」


「アイドルなの!?それがゲイだったら致命的だなぁ。ねぇ、誰なの?教えてキョンキョン♪」


 小野は案外ミーハーでこういう話には弱い。さっきまで腕組みをして黙って話を聞いていた態度が一変した。福田はあまり芸能関係には興味がないから、今度は福田が腕組みをして黙りだした。


「この話は事務所の圧力があるから外には出せないから絶対他にしゃべっちゃダメよ」


「うん、約束する!約束するから教えて」


 自分の直属の上司がキョンキョンに猫のように甘い声で懇願している。それが福田には違和感だった。ちょっと遠い距離で小野とキョンキョンの姿を傍観していた。


「ええ!マジでぇ~!?信じられないよ。ショックだなぁ・・・嘘でしょ!嘘って言ってよ」


「嘘じゃないってば!本当よ!私も目撃してるんだから。私にとってはこっちの人間だって喜んだけどね」


 女子高生のようにはしゃいでる二人が少し気持ち悪く感じる。(四十代半ばのオッサンが何をしているんだ!女子高生みたいにはしゃいでも、そりゃどう見ても温水洋一と八十年代の玉置浩二じゃないか!)福田は完全に引いた目で二人を見ていた。

「何なにぃ~!?私も混ぜてぇ」


 そこへカクテルとおつまみをもってママが入ってきた。


「ほらぁ、ママ!あの件、アイドルのゲイ能ネタよ」


「ママもその話知ってるの?」


「あれねぇ!そりゃ知ってるわよ。だってあの子、彼氏を連れてあたしの店に来たんだから!あたしもあれにはびっくりしたわよ!でもあの子もこっちの人なんだってわかったら親近感が持てたわ♪」


 さっきまで二人で盛り上がっていたところにママが加わった。


(オッサンが増えた・・・)福田の入り込む隙間がもはや見あたらない。せっかくだから今のうちにトイレに行こうと思い立ち上がってドアノブに手をかけた。その時ドアが勝手に開いた。

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