第4話 死者の面影
タクシーに乗って10分ほどたったところで、大きな建物が見えてきた。
「ここか・・・」
門に取り付けられた表札には“吉岡産業株式会社”と書かれてあった。そして目の前には大きな倉庫が建っていた。その前には配達用と思われる数台のトラックとバンが並んでいた。そして倉庫から少し離れたところに事務所らしき2階建ての建物がある。そこの窓からは明かりが漏れていて、ときおり人影が見えるのだが、会社は静寂に包まれていた。福田がキョロキョロと外から会社の様子を観察していたら、制服を着た小柄の女性が事務所から出てきた。福田は彼女のもとに駆け寄り話しかけた。
「すみません。私は商談社で記者をしている福田という者ですが、昨夜亡くなられた吉岡靖さんのことでお話を聞かせて欲しいと思うのですがよろしいでしょうか?」
女は突然現れた福田に驚き、警戒した様子で福田を見た。
「私に言われても・・・そういうのはちょっと困ります」
明らかに福田を避けたがっている。
「おい、明美!何やってんだよ?」
事務所1階の窓からがっちりした体格の中年の男が声をかけてきた。
「誰だそいつは?」
男は鋭い眼光で福田を睨んだ。福田は思わずたじろいでしまった。
「何だか、記者さんが社長のことで取材をしたいって!」
「何でただの事故で取材に来てんだよ!?こっちは忙しいんだから断っちまえ」
2人の間には距離があるから大きな声を出しているだけなのに、男の声が怒号のように聞こえて恐ろしさを覚える。しかし、このままタダで帰る気はない。福田は勇気を出して言った。
「僕は昨夜、吉岡さんの事故に遭遇したんです。この手の怪我も吉岡さんを助け出そうとして負ったものです。少し話を聞かせてもらえませんか?」
福田の話を聞いた男は包帯で巻かれた右手を見ると頭をかきながら、「チッ!」と舌打ちをして言った。
「明美、その人を応接室へ案内してやれ」
福田はほっとしてため息をついた。そして明美に案内されて事務所へ入った。事務所は入り口には受付があって、奥には営業と思われる数人の男と事務員らしき中年の女性がいた。福田はやや緊張した様子で挨拶をしたのだが、従業員は福田をチラッとみるだけで返事をしない。
「こちらへどうぞ」
明美は受付の隣にあるドアを開けた。中に入るとさっきの男がソファーに座って煙草を吸っていた。そして福田を見ると煙草を灰皿に置いて、おもむろに立ち上がった。
「無理を言ってすみません。商談社の福田と申します」
そう言って、男に名刺を渡した。男は福田の名刺を無造作に受け取ると、自分の名刺を取り出して福田に渡した。そこには“常務取締役営業部長 加藤浩一”と書いてあった。
「で、社長の何を聞きたいんだよ?」
ソファーに腰掛けて、吸いかけだった煙草を口にくわえた。福田は昨夜の出来事を説明し、さっきまで真一から話を聞いたことなどを話した。
「坊ちゃんは社長のことを尊敬していたから、事故だなんてことを信じたくないんじゃないか?」
福田は少々ぶっきらぼうに話をする加藤の態度から人見知りするタイプなんだと感じた。
「吉岡産業での吉岡社長とはどんな方なのですか?」
加藤は福田に尋ねられてしばらく沈黙していた。何度か煙草をふかすと目を閉じた。そしてソファーに寝そべるように深く座って、ゆっくりと大きく伸びた。
「あの人は良い大学を出て一流の会社に勤めていたんだけど、先代が脳梗塞で倒れたんで、家業を継ぐために会社を辞めてウチに来たんだ。こんな仕事だからろくな学校を出てないハンパな奴らばかり集まった会社なのに、親身になって接してくれてよ・・・社員が問題を起こしたら真っ先に詫びに行って、ケツ拭いて・・・年上だろうと親父のように叱ってくれて・・・」
そして感情をまぎらわすために勢いよく煙草を吸ったが、ため息交じりに煙を吐き出したときに、こらえていた涙が溢れ出た。
「あんないい人が・・・何で死んじまうんだよ!俺らを残していきやがって・・・割り切れねぇよ」
福田は押し黙った。目の前で子供のように泣きじゃくる加藤の姿と、昨夜吉岡を助けられなかった悔しい気持ちが合わさって涙が溢れてきた。だから舌を噛んで必死になって涙をこらえた。
やがて加藤はポケットからハンカチを取り出すと笑いながら顔を拭いた。
「ヘヘッ悪いな、シケた話をしちまって・・・」
「いえ、吉岡社長の人柄に触れられて良かったです」
ちょうどそのとき、タイミングを見計らったかのように明美がコーヒーを出しに来た。
「どうぞ」
「あっ、ありがとうございます」
コーヒーを差し出されたときにふと明美の顔を見た。歳は20代前半だろうが、20代の頃の無邪気さが少し残った彼女の瞳は赤く充血していた。
明美が部屋を出てから、少しの間コーヒーを飲みながら歓談していた。そして感情が落ち着いたところで話題を戻した。
「吉岡さんはお酒が飲めないのに、あの晩は大量のお酒を飲んでいたなんて不思議だと思いませんか?」
「社長は酒に弱いから飲ませちゃいけないっていうのはあったけどね。知らない顔ぶれの人たちはそんなことなんて知らないだろうから無理をしたんじゃねぇか?」
「確か組合の慰安旅行にいかれたようですね」
「ああ、そう聞いてるよ」
「組合の慰安旅行で知らない顔ぶれの人は来るものなんですか?」
「まあな。組合の旅行って言ってもメーカーの接待が多いから、メーカーに対して顔を立てるために社員に行かせることはあるからな」
「そうですか・・・ちなみに最近の社長のご様子はいかがでした?」
「最近かぁ・・・あまり人に悩みを打ち明けるタイプじゃなかったからわかんねぇな。あっ!でも1週間近く前にとても落ち着かない様子があったな。でもそんなことはたまにあったから気にならねぇよ」
「何か仕事以外で問題を抱えていたんですかね?」
「そんなことわからねぇよ!社長はあんまり悩みとかを人に見せないから・・・でも明美なら何かわかるかもな!?俺は営業だから会社を出ていることが多いけど、あいつなら毎日会社にいるから社長の変化を感じてるんじゃねぇかな?」
そう言うと加藤は明美を部屋へ呼び出した。
再び明美が部屋に入ったときは帰るところだったのか、私服姿になっていた。部屋に入ると彼女は加藤の隣に座った。
「お前、このところの社長に何か変わったことはなかったか?」
「そうですね・・・最近1度だけ気になったことがありました」
「何なんだそれは?」
「その日はイライラしている様子で、午後はずっと社長室に篭っていました。夕方に社長宛の宅配便が届いたので、それを社長室へ届けに行ったんです」
明美は少し黙って思い返している様子だった。その間、福田も加藤も明美を見守っていた。部屋には小さな沈黙がうまれた。
「社長室の前に立ったとき、社長がとても大きな声で怒鳴っているのが聞こえました。内容はよくわかりませんが、こんなときに社長に荷物を届けるなんて嫌だなと思ったんですけど、勇気を出してドアをノックして社長に荷物を届けました。それから1時間程経って、社長は用事があると言って、その荷物を持って外出しました。でもそのときの社長の顔色が悪そうだったから気になったんです」
福田は吉岡宛に届けられた荷物が気になった。
「社長宛に送られてきた荷物の中身は何だったのですか?」
「品名には“西瓜”と書いてありました・・・でも変ですね、あの荷物はクール便で送られてきてましたし、この季節にスイカなんて・・・」
そして明美は再び考え込んだ。
「確かに変だな・・・お前は中身を見てねぇのか?」
「そんな社長宛の荷物なんて見るわけないじゃないですか!」
「そうだよな・・・じゃあ、その荷物ってどこから送られてきたんだ?」
「宛名は個人でしたよ。確か“園田”って書いてありました。名前は覚えてないですね」
「園田?知らねぇなぁ、聞いたこともねぇよ」
「住所は覚えてますか?」
「東京の銀座からだったのは覚えてます。銀座に住んでる人なんだ、凄いところに住んでるんだなっていう印象を持ったんで間違いないです」
「その荷物ってどうなったんだろう?」
「あれはクール便だったから、社長は自宅に持ち帰ったんじゃないかな?」
そこで福田は真一の携帯に電話をした。そして真一に荷物のことを聞いたが自宅には届いていないようだった。
「でも、その荷物と交通事故って関係あるのか!?」
加藤が腕組みしながら言った。その一言が再び長い沈黙を招いた。
「ダメだ!俺には全然わからん。でも突然社長が死んじまったんだから、これから忙しくなるのは間違いないな」
「何かわかったことがあったら教えていただけませんか」
福田はそう言ってメモ帳を閉じて取材を終了させた。3人はソファーから立ち上がり応接室を出た。
「社長のためにここまで来てくれてありがとうな」
玄関まで見送ってくれた加藤が福田に向かって言った。はじめは接し難い印象を持った福田だが、加藤のその言葉に優しさと義理堅さを覚えた。
「いや、突然押しかけたにもかかわらず、応対くださってこちらこそ感謝しております。そうだ、お二人は“リフ”という言葉に心当たりはございませんか?」
加藤は首を傾げた。そして明美の方を見て言った。
「リフ?何だそりゃ?明美、お前は知ってるか?」
「いえ、私にもわかりません。何ですかそれ?」
「そうですか・・・いや、この言葉を吉岡社長が言っていたのでご存知ないかと思いまして。けれどこの言葉もはっきり聞き取れなかったので私にもよくわからないんです。ありがとうございます」
そう言って頭を下げた。会社を出たら外はとっくに日も暮れていた。牛久駅に戻るため、タクシーを呼ぼうとしたところ、明美が帰宅のついでに駅まで乗せてくれるというのでお言葉に甘えた。
牛久駅で明美と別れてから、常磐線に乗って岐路についた。帰宅ラッシュで多くの人で賑わっているけれど、福田が乗った電車は大きな人の流れとは逆に向かっているから座ることが出来た。そして今日出会った真一や加藤たちのことを思い返しながらメモ帳を眺めた。しかしいくら眺めてもメモ帳にちりばめられた点を線で結ぶことができない。
「やっぱり単なる事故なのかな?」
そう言ってメモ帳を閉じると窓の外の見慣れない景色を見るのであった。そしてバッグからミュージック・プレイヤーを取り出して再生ボタンを押した。
「それにしても牛久大仏デカかったぁ!!」
このとき、福田は自分が闇の入り口に立っていることに気づいていなかった。
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