第3話 真実のかけら

 牛久駅に到着すると目の前に停車しているタクシーに乗り込んだ。


「すみません、ここへ行きたいんですけど」


 そう言って杉吉からのメールに書かれた住所を見せる。


「久野町ね」


運転手がそう言って車を走らせた。

 窓から見える景色がすべて初めてだったから、福田はそれを記憶しようと眺めた。車を走らせてから数分後、景色に巨大な仏像が見えた。


「うわっ・・・仏像デカッ!?」


「アハハハ!お客さん知らないの?あれは牛久大仏を見るのはじめて?」


「あっ、はい」


「じゃあ、びっくりするのは無理ないね。あれはここのシンボルだよ」


運転手は笑って言った。福田はあまりの大きさに度肝を抜かされていた。(あれが歩き出したら怖いな。それにもし走り出したら・・・世も末だな!)そして幼稚な考えにふけっていた。

 間もなく、タクシーが目的地に到着した。タクシーから降りた福田は早速“吉岡”という表札を探し始めた。何軒か見て回ったところで表札を見つけることができた。


「これが、あの人の家か?」


その自宅は高い洋式の門に囲まれていて中をうかがうことができない。そしていたる所に防犯カメラが設置され、威圧感を覚える。ただ言えることは、とにかく大きな家ということだった。

 門の前に立つと福田はインターフォンを鳴らしたが、反応がない。数分間、家の中の様子を伺いながらインターフォンを鳴らし続けた。(ここまで来たのに遺族とは会えないのか?)福田の脳裏に不安がよぎった。が、そのとき後ろから人の気配を感じた。


「あの、うちに何か用ですか?」


 振り返ると昨夜病院ですれ違った男が立っていた。


「あっ、あのう私、商談社で記者をしている福田と申します。実は昨夜の東名高速道路での事故についてお話を伺いたいと思いまして・・・もしかして息子さんですか?」


「はい、吉岡真一といいます。どのようなことを知りたいのですか?事故については警察に話を済ませているんです。だから警察に聞いてください」


 さすがに突然やってきた不幸のせいで対応が冷ややかだ。


「それはわかります、できればほんの少しで良いのでご遺族の方から直接お話を伺いたいんです」


真一は福田の話を無視するようにして家の中に入ろうとした。


「実は・・・実はあのとき吉岡さんの事故に遭遇しました」


そう言って杉吉から送られてきた写真を真一に見せた。


「・・・・・・・・・!?」


長い間、真一はその写真をじっと見つめていた。


「あのとき、吉岡さんを助け出そうとしたのですが、力が及ばず助け出すことができませんでした」


「・・・・・・」


真一は静かに身体を震わせていた。そして次第に目から涙が溢れていくのであった。


「父は・・・事故なんかじゃありません」


「えっ!?」


「警察は、父の飲酒運転による事故だと言ってましたが、父は事故なんかじゃありません」


「事故じゃないって?どうしてそう思うのですか?」


「父は酒が飲めないんです。あの日、電話で組合の慰安旅行があるから数日家を出るといってましたが、組合の人たちはみんな父が下戸なことを知っているから、昔からあまり酒をすすめないことになっていました」


「えっ?吉岡さんはお酒を飲まれないんですか!?」


昨夜、車内から漂う猛烈な酒の臭いに違和感を持っていた。吉岡が無理矢理酒を飲んだという状況はいったいどういうものか?


「それに父の書斎から日記帳を見つけましたが、ここ数日の日記がおかしいって感じるんです。」


「それは警察に伝えたのですか?」


「もちろんです。けれど、状況から判断して事件性は薄いと言って話を聞いてもらえませんでした」


悔しさからか、真一は身体を硬直させていった。


「その日記を見せてもらうことはできますか?」


「いいですよ。ちょっと取りに行くので、少し中で待ってもらっても良いですか?」


「わかりました」


真一は門を開けた。そこには洋式の石畳が敷かれていて、その奥には白く大きな洋館があった。福田はあまり見慣れない、そして周辺の建物とは雰囲気を一変する豪華な建物を前に少したじろいだ。


「さあ、どうぞ」


 真一が福田をダイニングルームへ案内すると、手帳を取りに2階へ駆け上がっていった。福田は椅子に座って、部屋を見渡していた。綺麗に片付けられた部屋の壁にはいくつもの絵画がかけられてあった。それらが決して安いものではないというのは福田にもわるほど豪華な額におさめられてある。


 しばらくして真一がダイニングルームに入ってきた。福田は慌てていじっていたティーカップをテーブルに置いた。


「これが父の手帳です」


福田に渡した日記は黒い四六版の革製の手帳だった。数年前から使用しているようで、所々に傷や日焼けしたような色になっている。早速パラパラとページをめくって中に書かれた日記を流し読みしはじめた。


「12月16日 年末営業月間は順調。社員は本当によく働いてくれる。」


「12月20日 間もなくクリスマス、家族へのプレゼントを買う。俺が頑張っていられるのは家族あってのもの。つくづく感謝。」


日記には家族や社員など身近な人への感謝が込められた記述が多い。福田は吉岡という人間に好感を持った。しかし、その中には暗号めいた記述がいくつかあって疑問を感じる内容のものもあった。


「1月6日 都内ホテル 条件提示 若いゆえに軽い この橋は渡れる」


(これはどういう意味だ?)福田には検討もつかなかった。


「1月10日 相手より条件が整う。 締結30日 入金2月1日 600 分割」


この内容を見て、福田は何かの仕事が成立したものだと考えた。しかし、その後状況は一変しているようだ。


「2月1日 入金がない。催促をかける」


「2月3日 連絡が取れない。 モノも無くなっている。どこだ?」


「2月7日 若者は仮面、彼はディーバだ。闇が見ている。危ない・・・彼は闇だ」


「2月9日 ディーヴァにルシファーが降りた。我が天使・・・焼けた」


「2月10日 金に色は無い、しかし金に色をつけるのは持ち主だ。闇に侵食された金を握ってはいけない・・・俺は闇になってしまう」


「2月11日 闇だ・・・立ち止まってはいけない、走らなければ間に合わない。家族には迷惑はかけたくない」


文面からは危機感を募らせていくさまを感じてとれる。しかし文面からは断片でしかわからず、吉岡がどのような状態にあったのか知ることができなかった。


「父は事件に巻き込まれたんじゃないかと思うんです」


「まだ、わかりませんが、調べる価値はあると思いますね」


「お願いです。僕は父の死の真相を知りたいんです。」


 福田は真一から手帳を受け取るとバッグの中に入れた。そして挨拶をすると玄関に向かった。


「あっ、そうだ!吉岡さん、“リフ”という言葉に心当たりはありますか?」


 玄関で福田を見送ろうとした真一は福田の言葉に首をかしげて少々考え込んだ。


「リフ?・・・いやぁ、心当たりはないですね。それは何ですか?」


「昨夜、お父さんの口からそのような言葉が聞こえてきたんで、もしかしたらご存知かと思いまして・・・いったい何を言おうとしていたんだろう?」


「自分もちょっと調べてみます。何かわかり次第福田さんに連絡します」


「よろしくお願いします。もしわかったことなどがあれば、ここに連絡してください」


 そう言って、名刺の裏に携帯電話番号を記入して真一に渡して吉岡の家を出た。いつの間にか日も暮れかけていたが、時計を見るとまだ18時前だった。


「ついでに会社の方にも行ってみるか」


 そう言って、大通りへ出るとタクシーをひろって吉岡が経営する会社へと向かった。

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