第10話 2つの出来事

 組長室に入ると2人は大きなソファーにドカッと座り、煙草を吸いはじめた。


「最近、園田のことでウチに刑事が来たぞ」


 大量の煙で進藤の顔がぼやけて見える。


「お前さんのところにも刑事が来たんか。俺のところにも来たよ。あの八王子で見つかった首なしの死体はどうあやら園田らしいな!刑事の野郎はお前さんのところに何しに来たんだ?」


「園田の身辺調査言うとったけど、なんや初めは儂や兄弟を疑っとったな!しかしまあ、本当狙っとるんは違うとこやって言うとったぞ。しかし儂は死体が園田だと聞いたときにてっきり兄弟がやったんかと思ったんぞ!」


「まあ園田が持ち込んだモンで金が溶けちまったからな・・・しかし園田はお前さんが面倒見てる男やし、俺は投資の損は次の投資で返してもらったらそれでいいと思ってるんよ。園田は三流のブローカーじゃない。あいつは一流だ!それにあいつは吉岡と組んでいる。だから許したんや」


「吉岡はあんたのお気に入りだもんな。カッカッカッカ・・・」


 進藤が嗄れた声で独特の笑いをした。


「しかし・・・まさか二人共仏になるとは・・・・」


 しばらく2人は園田と吉岡を偲んでいた。


「園田は一度狙ったモンには容赦がない男だったから、あいつを殺りたいってヤツの数を数えたら霧がないくらいいるやろな!しかしまあ、園田のバックが進藤組だと知って手を出せるヤツはまずいないわな」


 今木戸は煙草を加えたまま大きく天井を見上げた。そのとき、進藤はゆっくりと前かがみになって今木戸に話しかけた。


「なあ、変な噂を聞いたんだが・・・あいつをやったのはゴースト・ドラゴンだっていうんだ」


 今木戸は進藤の話を聞いて驚いた様子で向き直った。


「ゴースト・ドラゴン?あの渋谷を拠点にしているチャイニーズ・マフィアか?あいつらは在日ギャングのOB会みたいなもんだろ?それが園田とはどんな関係にあるんだ?」


「そこは儂もようけ知らんのじゃ。しかし、あいつらの殺り方と園田の死に様が似てるっちゅうことから、噂じゃ済まされん話やないかと思うんや」


 進藤は身を乗り出して、煙草の灰を灰皿の上にポンポンと落とした。


「あいつらは兵隊がぎょうさんおるで!それに仁義やら倫理なんてモンはとうの昔に破綻しよる・・・金を儲けるためなら手段なんて選ばない、敵にしたらちと面倒な奴等やで!!」


 今木戸は腕組みをすると「ん~っ!」と地鳴りのような音を立てて唸っていた。そして進藤に言った。


「もしその噂が本当やったら、シンちゃんは園田のために戦争するんか?」


「まあな・・・せやけど、こういう奴等の場合は、首領への忠誠心が半端ない。じゃから戦争よか、鉄砲玉送り込んで首領をドンッと殺ってまうに限るわな!」


 進藤は右手を鉄砲の形にして撃つ真似をして笑う。今木戸はそれを冷たい眼差しで見ていた。


「そう言えば、吉岡の死は交通事故じゃない、殺しだと言って取材して回ってる記者がいたな」


「それホンマか!?」


 進藤は驚いた様子で尋ねた。


「ああ・・・だが、まだ信憑性に欠けるがな」


「そうか・・・状況から考えれば吉岡も園田を殺った奴だと考えた方が素直だよな」


 ちょうどそのとき、ドアをノックする音がした。そして部屋の中にご馳走が運び込まれてきた。2人の前に並べられた寿司や蕎麦、そして酒などのご馳走は軽く10人前はあろうかという量で、テーブルに並び切れないものは進藤のデスクの上に置かれた。


 組員が出て行ったところで、2人は酒を注いで乾杯をした。


「飯がまずくなる話はここまでや!兄弟、久ぶりなんやから存分に飲んでくれ!」


 今木戸も進藤も獣のように物凄い音を立ててご馳走を貪った。


「それで吉岡のせがれはどうなんや?」


「あいつか・・・初めて会ったときは、育ちの良いボンボンって感じがしたけど、一緒に仕事してみたら案外肝が太いな!ありゃ親父譲りだわ。しっかりと叩き込んだら化けるだろうな」


「そりゃホンマかいな?最近の若い奴はヒヨコやけん、そういう奴をウチの者に欲しいな」


「おい兄弟、あいつは今俺が預かっているんだから手を出さんでおくれよ!」


 今木戸は大トロを大きな口の中に投げ込んだ。既に特上寿司を3皿もたいらげている。進藤も蕎麦をズルズルと音を立てながら食べている。


「吉岡産業は今井の会社を飲み込んで化かせてみせるさ」


 今木戸は酒をグビッと一気に流し込んでから、煙草を吸い始めた。

 食事を終えた2人は煙草を吸いながら思い出話で盛り上がった。今木戸も昔は江戸川会直系の組長として看板を掲げていたが、部下に組を譲ってサンクチュアリという会社を立ち上げた。それからは様々な組の者と幅広くビジネスをしている。進藤とは16歳の頃から仲良くしていて、今木戸は仁義を大切にしている昔気質の進藤を最も信頼している。

 一服を終えると2人は再び客間へ戻った。客間に入るとソファーに座っている今井が目に入った。スーツを着せて綺麗になっているが、顔中に貼られた湿布が痛々しい。今井はさっきまで自分に拷問を加えていた組員たちに囲まれていて怯えるばかりだった。


「おう、キレイになったな!調子はどうだい?」


「あ、あのう・・・」


 今井は一瞬、今木戸の後ろに立っている進藤を見て血の気が一気に引いた。恐怖のせいで唾液が出ない。その上震えていて声がかすれる。


「どうした?」


 今木戸が優しい表情で聞き返した。今井は今木戸の顔を見て少し安心を覚えた。そして震えながらソファーから下りて、床に土下座した。


「ありがとうございます・・・!!」


 今井は顔を上げることもなく、ただただ必死で土下座をしている。


「彼らはもうお前さんに手を出さないからそんなに怯えなさんな!そんなことより話があるからこれから一緒に私の事務所に来てもらえないか?」


「・・・・・・は、はい・・・」


 不思議な表情で今木戸を見上げた。しかし、今木戸は変わらず優しい表情で今井を見ている。そして後ろに立つ進藤の方へ振り返って言った。


「じゃあ、そろそろ帰るとするわ」


「おう、また来いよ!」


 進藤が今木戸の肩をポンッと叩く。今木戸は今井を抱き起こしてから客間を出て、佐藤たちとともに玄関に向かった。玄関のところに行くと土下座をしている村上が見えた。


「社長!!先ほどはとんだ失態をしてしまい、大変申し訳ありませんでした!!」


 今木戸は村上の前に立った。村上はその気配を感じ取ることはできたが、今木戸に恥をかかせてしまった申し訳なさと、それ以上に今木戸を怒らせてしまったのではないかとの恐怖で顔を上げることができない。


「村上もうええよ!それよか今度は鼻栓をして行くんだな」


 そう言って大声で笑った。佐藤たち組員もそれにつられて大声で笑った。村上はその光景を見て少し安心した。


「ところでお前財布は持っているかい?」


「あっ、はい・・・どうぞ」


 そう言って背広の内ポケットに入っている財布を今木戸に渡した。今木戸はそれを受け取ると、免許証やキャッシュカードや会員証などを抜き取って村上の前に捨てた。


「佐藤、村上のゲロを始末してくれたのはどいつだい?」


「こいつです」


 佐藤は玄関を出たところに立っている末端の舎弟を指した。


「稲葉っていう者です。おい、オジキに挨拶をしろ」


「は、はじまめして・・・い、稲葉と申します」


 稲葉と名乗る若者は緊張しきった表情で挨拶をした。


「そうかい」


今木戸はそれを見て稲葉の方へ歩いて行った。稲葉は今木戸を前にしてビクビクと微かに震えていた。今木戸はニコニコしながら稲葉を見ている。


「ウチの者の面倒を見てくれてありがとうな!これは村上からの御礼だ。」


 そう言って村上の財布を稲葉の胸に当てた。稲葉は全くどうして良いかわからず、佐藤の方を見た。佐藤は大きく頷いている。


「あ・・・ありがとうございます・・・」


 稲葉は焦りながら財布を受け取った。それから今木戸は村上を立たせると今井を連れて門を出て車に乗り込んだ。


「おっ!?生きてやがった!」


 木村が助手席に乗った村上に嫌味を言う。


「うるさい!!」


 村上は今木戸に聞こえないように声を潜めて言った。今木戸は村上の声に気づくこともなく今井を後部座席に座らせて、自分もその隣に座った。そして組員たちに見送られる中、車はサンクチュアリの事務所へ向かった。

 佐藤は遠くへ去っていく今木戸の車を見送りながら稲葉に話しかけた。


「お前はラッキーやったな!今木戸のオジキからチャンスをもろたでぇ」


「チャンス・・・ですか?」


「その金で女を抱こうがギャンブルしようが、そりゃあお前の勝手だ!しかし、その金をどう使うか次第でお前の道が決まる。お前が上へ勝ち上がりたいんなら、その金に色をつけて村上さんに財布でも買って送ってやれ。オジキはそういうもんを忘れないからな!いつかお前の助けになるかも知れんぞ」


 稲葉は黙って佐藤の話を聞いていた。そして今木戸の車を見送りながら考えている様子だった。そして右手に持っていた財布をおもむろにポケットの中にしまった。

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