第11話 ストロング・バイ・アウト
「痛いかい?」
今木戸は車に乗ってから黙ったままじっとうつむく今井の様子を伺った。
「・・・はい」
「まあ、命が助かっただけでも儲けもんだと思わないといけねぇよ。お前さんはまだ46歳だろ?俺からしちゃまだ若い。これからの人生のために良い勉強になったと思わなきゃ」
「・・・・・・」
「闇に生きる奴等はなあ、四方八方から四六時中刺される恐怖を抱えて生きているんだ。自分が生きていくためには、目の前にいる奴等を喰らっていかなきゃならん。だからハッタリや裏切りは当たり前の世界だ。昔は仁義や情が大事にされていたけれど、今じゃそれよか金の結び付きの方が強い。おかげで杯を交わしても翌日は裏切られて喰われちまうかもわからん。だからこの世界に生きる奴等は女の愛や家族の絆を信じる・・・いや、信じていかなきゃ自分のアイデンティティを守ることができなくなる。お前さんは闇に生きる男のデリケートな部分に傷を付けちまったんだ。本来なら始末されてもおかしくねぇ話なんだぞ!」
今木戸は落ち着いた声でゆっくりと今井に語り聞かせた。そしてポケットから携帯電話を取り出して、進藤から送られた動画を今井に見せた。
「・・・・・・!」
その動画は暗い山林の中で撮られたようだった。ゴウゴウと風に煽られて木々がざわめき、犇めいている。それはその映像の中で起きている出来事に警鐘を鳴らしているようにも感じられた。画面の中央には擦り切れて血や土で汚れた服を着た女がいた。
「あぁ・・・・・・!」
うつむいて顔ははっきりわからないが、鼻や口から血が流れている。今井は画面に映る女を見て、それは自分が手を出した進藤の女だとわかった。その女は両手を前で縛られた状態で一本の木から垂らされたロープに首をくくられた状態で吊るされていた。そして木々をざわめかせている風が女にぶつかってゆらゆらと揺れているのであった。
「・・・!?・・・あ・・・あぁ~!!」
今井は声にならない悲鳴をあげた。
「お前さんはこうして生かされていることに感謝をしないといけねぇ。そしてこの女の分も生きなきゃならねぇぞ」
今井はただ黙って今見させられた映像を脳裏で繰り返し再生していた。自分がちょっと遊びの気持ちで手を出した代償がこれほど大きいことになるとは思ってもいなかった。鼓動が一気に上がって、全身が大きく震え出した。そして目の前が真っ白になり今木戸の話が全く耳に頭に残らなかった。
やがて車は銀座にあるサンクチュアリの事務所に到着した。事務所は築年数が経った雑居ビルだが、中に入るとリノベーションされていてとても中古ビルとは思えない仕上がりになっている。そしてエレベータで4階に上がったところにサンクチュアリの事務所がある。
「そこにおかけください」
村上は今井を事務所に入って左手にあるパーテーションで仕切った応接スペースへ案内した。今井は椅子に腰掛けて周囲を見回していた。そこへ木村が水と錠剤を持ってきた。
「傷痛むでしょ?これ痛み止めです。あと社長は所用を済ませてから来るんで少々お待ちください。」
「ありがとうございます・・・」
今井は御礼を言うと、木村からもらった鎮痛剤を飲んだ。そして再び周囲を見回しながら、これまで自分に起こったことを思い返していた。
20分程経ったころ、今木戸と木村が応接スペースに入ってきた。
「お待たせしました。痛み止めの薬は効いてますか?」
「はあ・・・まだ痛みがあるので聞いているのかどうか・・・」
「そうですか。まあそのうち効いてきますよ。それから進藤組から預かった財布と携帯電話をお返しします。もう彼らはお前さんを狙うことはないから安心してください」
「あ、ありがとうございます・・・何て御礼を言ったらいいか・・・」
進藤組に捕まってから相当辛い思いをしたのだろう。今井は無意識に込み上げてくる涙を抑えることができなかった。村上は今井にさりげなくティッシュを渡した。
「今井さん、実はこの間にお前さんのことを調べさせてもらいました。お前さんは株式会社新日本環境生活というソーラーパネルの販売会社を経営されているようですね」
「はい・・・小さな会社ですが・・・」
「そんなに謙遜しなくても良いじゃないですか。大手メーカーの正規代理店なんだし、施工やメンテナンスも出来て年商20億円なんて大したものですよ。しかもクリーン・エネルギーは今の時流に合ったビジネスですね」
「そこまでおっしゃっていただけると照れてしまいます」
今井は今木戸に会って初めて笑顔を見せた。しかし、それも一瞬の出来事でしかなかった。
「どうだ?今日お前さんを助けた御礼に会社を譲ってもらえないかねぇ?」
今井は耳を疑った。
「えっ!?今何とおっしゃいました?」
「だから、お前さんの命を助けたその代わりとして会社をいただきたいと言うとるんですよ!」
今木戸の表情が冷たい仮面のようだ。今井は気がついた。進藤組に捕まった自分を助けてくれて優しい言葉で接してくれていた今木戸だが、初めて会った時から一切目が笑っていなかった。そしてその目は今目の前で見せる表情にぴたりと一致する。彼の表情はこの冷徹な表情が本当なのだろう。
「進藤組からお前さんを助けるのに2500万円かかってるんだよ。しかも、私は進藤光安と縁がありましてね。私でなければお前さんを助けることなんか無理じゃないかね」
「・・・・・・」
今井は返事をすることが出来ずに、ただ俯いていた。
“バンッ!!”
突然、今木戸がテーブルに拳を叩きつけた。今井は驚いて今木戸を見た。
「お前さん大人なんやろ!?だったら筋通さんかい!」
「は・・・はい・・・・・・」
「お前さんを悪いようにはせん。ただ経営権を譲って欲しいんだ。それだけや・・・・・・お前さんには引き続き取締役として会社に尽力してもらいたい。悪いようにはしない」
「わ・・・・・・わかりました」
「そうか?それでいい」
今木戸は再び穏やかな表情を見せた。そして契約関係の説明を村上に任せると、応接スペースを出て行った。
「もしもし、真一君?私だ。たった今、買収候補の会社の社長と会って話を聞いているんだが、会社を売却してもいいそうだ」
「そうなんですね。その会社は例のソーラーパネルの販売会社ですよね」
「そうだよ。柏市にある新日本環境生活という会社だよ。この会社の経営状況は、以前君に見せた信用調査会社からの調査報告書や、こちらが調べた銀行の取引状況の通りだよ」
「わかりました・・・それで先方の提示金額はいくらなんでしょう?」
「あそこは利益率が良い健全企業だから、最初の提示金額は結構高めでしたよ」
「やはりそうなんですか?」
「まあね・・・最初は3億円を要求してきていたけれど、でも大丈夫!こちらが交渉をして1億円で売却することを了解してもらいました」
「1億円ですか?それは良い!」
「そうでしょ!社長をしている今井さんも引き続き会社をサポートしてくれるというから、この会社を買収したら吉岡産業との相乗効果は比較的早く得られるんじゃないかな。この件については真一君が了解なら、早速契約の手続きに入るつもりだが、どうかね?」
「はい。よろしくお願いします」
今木戸は会話を終えて電話を切った。
「ちょろいな・・・」
そして鼻で「フッ」と笑い、再び今井がいる応接スペースへ戻っていった。
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