第12話

福田の携帯電話に真一からの電話があった。福田はずっと前から何度も真一に連絡を試みていたのだが、なかなかつながらない状態が続いていた。それが夏も終わりに近づいた9月末にやっと連絡がきた。


「すみません、何度もご連絡をいただいていながら折り返しもしないで・・・」


「いえいえこちらこそ何度も連絡をしてすみませんでした。結構お忙しいそうですね」


「ええもう大変ですよ。毎日朝から翌朝まで打ち合わせやら営業やら接待で、ときおり今日が何曜日で自分は今何をしているのかを忘れてしまうほどなんです」


「それは大変なことですね。ちゃんとお休みを取れてます?」


「いやぁ全然です・・・2~3日に一度3時間ほど寝れたら良い感じです。ところでその後父のこと何かわかりました?」


「いやあそれが・・・方々取材して回っているんですが、今のところ確信に迫った話には出会えてません」


「そうなんですか・・・」


 福田は電話の向こうで、真一がついた小さなため息を聞いた。


「でも吉岡さんが行ったとされる組合の慰安旅行について調べたかぎりでは、その日に旅行を予定していた組合はありませんでした。そうなると吉岡さんは個人的な事情で家を空けたことになるかもしれません」


「それはどういうことです?」


 真一は吉岡が私事都合によって家を空けたことを知らなかったようだ。


「もし組合の慰安旅行がウソだったら、吉岡さんは何でそのようなことをしなければならなかったんですかね?そういうことを考えると、日記に書かれている内容が関係しているのかもしれないと思うんです」


「日記の内容と・・・?」


 真一は興奮気味に福田に質問した。


「ええ・・・でもまだ確信ではない仮説のレベルなんで・・・確信が持てたら報告しますよ」


「そうですか・・・よろしくお願いします」


 一瞬興奮した真一も声が落胆に変わった。落ち込んだ真一の声が福田の心に痛く刺さった。思わず元気づけようと明るい声で話した。


「あと吉岡さんの日記帳をそろそろお返ししたいと考えているんですけど、お会いすることはできますかねぇ?」


「そうですねぇ・・・でも、今は忙しいからなぁ・・・私が社長になってから、大規模な経営改革をしているところなんです」


「そうなんですか・・・いろいろな方から聞きましたが、真一さんはだいぶ会社に革命を起こしているようですねぇ」


 真一は少し機嫌が直ったようで、口調に活気が戻ってきた。


「だいぶ大鉈を振るいましたよ。会社を若返らせて、新生吉岡産業を誕生させるんです!!」


「また思い切ったことをしてますねぇ」


 福田はややオーバーなリアクションをした。


「ええ、父は会社を業界一の規模にしたいというのが、かねてからの夢だったんです。僕はその意志を継いでその夢を実現させてみせるって決めたんです」


(これが本当に真一君なのか!?)福田は初めて会ったときの真一への印象を想い描いて会話をしていただけに、電話の向こうの真一に対してとまどった。


「・・・」


 福田が頭の整理をしているところに、真一は話を続けた。


「そりゃあ社員から多少の反発はあったんですが、そんなことは覚悟の上でやってますから!」


 一瞬福田の脳裏に吉岡産業を去った加藤の顔が浮かんできた。


「あとこれはまだ表立って言えない話なんですが・・・実は今度ある会社を買収する予定なんです」


「買収ですか!?そりゃあすごい!」


「そうでしょ!その会社のサービスとウチの会社のサービスを組み合わせればシナジー効果が期待できるんです。まあこれも経営改革の一環ですが、そのために今回銀行から3億円調達しました」


「さ、3億円も・・・ですか!?」


「はい!当面は資金繰りが大変になるだろうし、買収資金や諸々にそれくらいは必要になるんで、思い切って調達しちゃいました。でもこれまでの改革で経営がスリムになってきたし売り上げも増えているから、これに買収した会社のプロフィットとシナジーを考えれば、3億円というお金は案外計画よりも早く返せるんじゃないかと思うんです」


「そうなんですか・・・真一さんはいつの間にか男になっちゃいましたね!」


「いやあ、僕は昔から男ですから!なんちゃって!でも本音を言えば、こんな思い切ったことを一人でできるわけがないですよ。それ以前にこんなことをしたいとすら思わなかったんだと思います。これも父の友達だった方が協力してくれているからですよ。本当頼もしい仲間を得ました」


「仲間・・・?」


 明美が言っていたサンクチュアリの人たちだ。福田は明美から彼らの話を聞いたときからずっとサンクチュアリの今木戸と村上に興味を持っていた。


「ええ、父と長年一緒に仕事をしていた方たちです。二人はサンクチュアリという会社の人で、社長をやっている今木戸さんっていう人がウチの会長に就いて、CFO(最高財務責任者)をしている村上さんが副社長になってもらってもらったんです」


「サンクチュアリってどんな会社なんですか?」


 福田が一番知りたかったことだ。この間、あらゆる手段を使ってサンクチュアリについて調べてみたが、投資とコンサルティング業をしていている以外何もわからなかった。。


「サンクチュアリは投資事業が専門のようです。いわゆるベンチャー・キャピタルですね。そして投資した事業の経営全般のサポートをして上場利益を得ることが主な事業らしいんです。その他に経営コンサルティングやM&Aも手がけているようで、その彼らが父の縁で協力してくれるというから頼もしいものです」


 真一は今木戸と村上に全幅の信頼を寄せているようだ。確かにこれまで吉岡産業で取り組んできた改革には相応の成果が出ている。そして何よりも真一は短期間で経営者としての自信を手に入れたようだ。(やっぱりサンクチュアリはまともな会社なんだろうか・・・)福田は真一の話を聞いてそう思った。


「応援してますよ!」


「ありがとうございます」


「それじゃあ日記帳は郵送して方が良いですかね?」


「いえ、それは福田さんが持っていてください。福田さんから日記帳を受け取るときまでに、父に良い報告ができるよう仕事を頑張ろうと思うんで・・・だからそれまでは父の日記帳を預かっておいてもらえますか?」


「わかりました。じゃあ大物になった真一さんに会うのを楽しみにしつつ、それまでは僕も吉岡さんのことガッツリ調べて報告ができるようにしますよ!」


「ありがとうございます。これで楽しみがまた一つ増えました」


 真一の覇気に溢れた返事がかえってきた。


「ところで、吉岡さんのお友達というサンクチュアリの方々に一度会ってみたいですね」


 福田はさりげなく真一に言ってみた。


「そうしたいんですけど・・・今木戸さんや村上さんは人前に出ることやメディアが大嫌いなんですよ。お二人は福田さんのことを当然知ってはいるんですけど、こればかりは難しいかと思いますね」


「えっ!?僕のことを知ってるんですか?」


 福田は驚いた。今木戸や村上のことは明美から聞いてはいるが、どんな人物なのかは全く知らない。しかし、彼らは自分のことを知っているという。


「もちろんですよ!福田さんがあれほど父の周辺人物へ取材をしているんだから、知らない方がおかしいですよ」


 真一は笑っていた。


「そうなんだ・・・残念だなぁ」


「まあ多分無理だとは思いますけど、タイミングをみて今木戸さんたちにそれとなくお願いをしてみますよ」


「すんませんがよろしくお願いします!」


 福田は改めて真一と再会を約束してから電話を切った。そして煙草を吸いながらしばらく考えにふけていた。


 吉岡産業は真一の自信からうかがえるように順調に運営いているようだ。それに彼の成長は短期間でめまぐるしい。しかし、何か言葉では表現できない不安を感じる。そしてその不安が背中からジリジリとした寒気に変わり福田の心臓の鼓動が荒くなってきた。これが数ヶ月前に明美が感じ取っていた感情なのだろうか?福田はその感情を落ち着かせるため煙草に火をつけた。

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