第8話 サンクチュアリ
福田は明美の様子を見て心配した。彼女が今日ここに来た本当はこのことにあるのかも知れない。そしてそれは決して良いものじゃない。
「どうしたんですか?何かありました?」
「・・・実は、先月に加藤常務が突然会社を辞めちゃったんです!」
「えっ・・・!?」
「加藤常務って会社が出来た頃から働いていたでしょ。それにお客さんやメーカーの人たちからとても信頼されていたから・・・その人が会社を辞めちゃって、それが会社にとって良いことじゃないと思うんです」
「信じられない・・・何で加藤常務は辞めたんですか?」
「私もそのあたりはよく分からないんですけど、加藤常務は真一君が入社したころからの教育係だったから、以前は加藤常務のことをとても尊敬しているようだったんです。でも真一君が社長になって経営改革を打ち出した頃から、意見の違いで衝突するようになったんです。加藤常務はこれまで通りのやり方を主張していたんですけど、真一君は全く反対の意見を持っていたようで、結局は経営改革がうまくいって売上が上がってきたら営業からも加藤常務に反対する人が出てくるようになって・・・それで結局辞めちゃったんです」
「吉岡社長の経営改革っていったい何ですか?」
「あまりよくわからないんですけど、メーカーさんへの支払いを早くしたり、配達と営業を分けて、配達の人を契約社員にしたりしました。それから会社の定年を五十五歳にして、五十五歳以上の社員は契約社員にするって決めたんですけど、それで五人くらいが会社を辞めたんです。」
「なるほど・・・」
福田は真一がそこまで思い切った改革をする人なのかと不思議に思った。しかし、それらのどれもが合理的で、決して悪いやり方のようには思えなかった。
「加藤常務は職場の雰囲気が悪くなると言って、そのやり方には反対していました。それに社員を家族のように思っていた先代の社長のやり方に反するって言ってました」
明美は不安そうな顔で福田の顔をうかがっている。
「真一君がやっていることは本当に正しいことなのでしょうか?」
「どうだろう・・・僕にもそれはわからないですねぇ。けれど、それで会社は良くなっているんですよね?」
「はい。最近新しく営業が入社してきて、社内も活気が出ているんです。それに真一君は給料を業界で一番高い水準にしたいって言っていて、社員たちはやる気になっているんです」
福田は明美が話す真一の経営改革に魅力を感じた。
「明美さんが感じる不安って何ですかね?」
「それがよくわからないんです・・・ただ、何となく真一君のやっていることが私の知っている会社じゃないなって・・・私、何か違う会社にいるような気分なんです」
「もしかして加藤常務もそうだったんじゃないですかね?その加藤常務が辞めたから、明美さんも不安になったんですかね?」
明美は暫く考え込んでいた。その不安そうな表情から、変化していく会社の状況に馴染めていない様子がうかがえる。
「・・・どうだろう・・・でも、そうなのかも」
福田は会社の業績に反して明美がこれほどまでに不安がっている姿がとても気になった。
「加藤常務に取材できますかね?」
明美は大きく首を振った。
「ダメですよ!福田さんに話すなってきつく言われたんですから!転職して落ち着いたら連絡するから、それまではそっとしておいてくれって言ってました」
加藤が会社を辞めたことなど、少し調べれば簡単にわかることだが、明美に口止めをしたのは、会社を辞めたことがそれほど悔しかったからなのだろうか。福田は加藤の気持ちを考えた。
「わかりました。加藤常務からの連絡を待ちますよ。それまでは他を取材して回ろうかな」
「わがままいってすみません」
「いいって、気にしないでください。それに大事なことを話してくれて本当に助かります。なんとしても吉岡社長から話を聞きださなきゃ!」
「それなら私も協力しますよ。明日真一君にちゃんと福田さんに連絡するように言っておきますから!」
明美は胸を張った。
「お願いします」
福田は笑いながら言った。そしてチラッと時計に目をやった。いつの間にか20時を過ぎていた。そこで明美への取材を切り上げることにした。
「遠いのに来てくれてありがとうございました。何かすっきりしました」
「こちらこそ、またお話を聞かせてくださいね」
福田は明美に挨拶を終えると上野行きのプラットフォームに向かった。しかし数歩歩いたところで肝心なことを聞き忘れていたことに気がついた。
「明美さん!!」
「はい!?」
福田の呼ぶ声に振り返った。そして福田は明美のもとへ駆け寄っていく。
「どうしました?」
「す、すみません。大事なことを聞くのを忘れてました。吉岡産業に入ってきた会長と副社長の名前を教えてもらえますか?」
「そうでした!私はてっきりもう知っているものだと思って話していましたね。会長は今木戸さんっていう人です。それと副社長は村上さんっていって元銀行員で会計士さんだって聞きました。確かお二人はサンクチュアリっていう会社を経営しているようです」
「サンクチュアリ・・・?」
「心当たりがあるんですか?」
「・・・いえ、全くないです・・・ちょっと調べてみますね」
福田は明美に改めて挨拶をして別れた。そして上野に向かう電車に乗り込むと今日も電車は比較的空いていた。福田はシートに座り、今しがた明美から聞いた言葉をメモした。“サンクチュアリ、イマキド・村上”、それを少しの間眺めていたが、やがて睡魔におそわれた。福田は手帳を胸ポケットにしまうと腕組みをして眠りについた。
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