愚生が勝手にえらぶ『人類史上最高の藝術』
かつて、丸谷才一をはじめ、各界の知識人をあつめて『千年紀最高の作品をえらぼう』という企画がなされました。文学のみならず、絵画、映画、建築まで、日本の知性を総結集して人類千年史をふりかえったのです。愚生は曩時より、本作を読みたかったのですが、ながらく絶版のようで、結局、『人類史上最高の作品はなんなのか』よくわからないままになりました(検索したら、『源氏物語』が一位だったようですが、理由は不明です)。そこで、愚生は、個人で勝手に『各分野の人類史上最高峰の作品をえらぼう』と妄想したのです。
くだんの妄想の結果、映画、絵画、文学、詩、などの暫定ベスト1をえらび、ここに列挙いたしました。本頁の最後に、『総合一位 人類史上最高の藝術』を品隲いたしましたので、おたのしみにしていてください。おそらく、『これが最高峰かよ』とつっこまれるでしょうが、愚生は真剣にえらびました。もし、おもしろい企画だな、自分もつくってみたいな、とおもっていただけたらさいわいです。
【洋画】
『エド・ウッド』
史上最低の映画監督といわれるエド・ウッドの伝記映画である。才能ゼロにもかかわらず、けっして情熱を失わないエド・ウッドの姿勢に感動させられる。本作はアカデミー賞作品賞の候補になった。爾時に受賞していれば、『エド・ウッドという人生そのものがアカデミー賞を受賞した』という劇的な事件となったであろうが、運悪く、当時の候補のなかに、傑作『ビューティフル・マインド』があがっていたために、受賞をのがした。
【邦画】
『世界大戦争』
僧侶でもある映画監督によって制作された反戦映画の傑作である。朝鮮半島での核兵器の使用によって勃発した世界核戦争に翻弄される市井のひとびとの悲劇がえがかれる。東京核攻撃をまえにして、主人公であるタクシー運転手が黄昏の穹窿にむかって「おれは金をかせいで娘を大学へやるんだよう。おれのいけなかった大学によう」というようにつぶやくシーンは、映画マニアのなかでも有名な『泣ける』場面である。
【西洋美術】
ダリ「マグロ漁」
ダリの出発点であるキュビズムを肇始とし、ライフワークとしたシュールレアリスムを閲して、ポップアートにいたるまで、あらゆる技術を集大成した巨編である。絵画における『ユリシーズ』といっても過褒ではないだろう。
【日本美術】
狩野芳崖「悲母観音」
たしか国宝である。正直にいって、日本美術に造詣がふかくないので、単純明快に『もっとも感動した日本美術』をえらんだ。現代日本美術にも傑作はおおいのであろうが、現代美術において、日本はいささか西洋におくれをとった感がいなめない。そこで、狩野派の代表作に注目してみた。
【海外文学】
ジョイス『ユリシーズ』
個人的に、二十世紀という時代は、『実験の世紀』だったとおもっている。政治的にも藝術的にもである。帝国主義の実験が両次世界大戦を惹起せしめ、戦後は共産主義という実験が失敗した。藝術の分野でも、さまざまな実験がなされ、あるいは成功し、あるいは失敗した。本作は、散文藝術における実験の成功例としてあげられる。人間ひとりの伎倆により、ありとあらゆるエクリチュールを網羅した大長編である。なかんずく、邃古ラテン語から現代の若者言葉までを網羅した「太陽神の牛」の章は、各国語に翻訳する爾時に最大のネックとなることで有名である。日本語訳では、丸谷才一を劈頭とする『三人訳』が有名だが、皮肉なことに、くだんの「太陽神の牛」の日本語訳はあまりに素晴らしい出来映えであり、個人的には『日本語表現の最高峰』だとおもっている。かつて、山城むつみは「文学のプログラム」のなかで、日本語は翻訳に適しているがゆえに、日本語のプログラムによって、日本国は根源的にグローバルな国家なのである、というように論じていたが、まさに、『翻訳がネイティブの日本語を凌駕』した結果となったのである。
【日本文学】
丸山健二『争いの樹の下で』
鬱蒼たる山中で縊死した女性が産んだ『おまえ』の生涯をえがく巨編である。その圧倒的な文章力、実験的な構成、感動をもたらすクライマックスなどを総合して、日本文学で本作を凌駕するものはないとおもわれる。なお、全集版では大幅な改稿がなされており、賛否両論がなされている。
【漫画】
『寄生獣』
読者に感動をあたえる、という目的へとむけて、一齣も無駄がないほどに完璧な漫画作品である。手塚治虫の『火の鳥』とまよったが、『火の鳥』は玉石混淆であり、また、実験的手法が失敗しているところもあって、『寄生獣』をえらんだ。
【アニメ】
『AKIRA』
とにもかくにも、『現場は相当にブラックだったのだろうな』とおもわせるほどにつくりこまれたアニメーションの水準に驚愕させられる。ただし、かなりグロテスクな表現が垣間見られるので、お子様に視聴させるのはおすすめしない。
【詩集】
ウマル・ハイヤーム『ルバイヤート』
鬱病患者のための聖書である。これほどにうつくしい絶望を見たことがない。ちなみに、題名は『四行詩』という意味にすぎず、一般的な『四行詩』がみな、ハイヤームのようなものともかぎらないようだ。おそらく、太宰治『人間失格』に挿入される四行詩は、『ルバイヤート』を意識したものである。
【短歌】
靖国の母は九段にひざまずき 銃弾(十段)にたおれし 息子慕いて
――桂歌丸
笑点の大喜利で(一応)即興でつくった一首である。笑点は出来レース説があり、番組収録前に御題だけは出演者につたえられているといわれるが、それでも数時間でつくられたとはおもえない出来映えである。短歌は総数がおおく、原理的に一位はきめられなかったので、前述した経緯をふくめて、本作をえらんだ。
【俳句】
おい癌よ 飲み交わそうぜ 秋の酒
――江國滋
江國香織のお父様の一句である。辞世の句だったかもしれない。というのも、愚生はよく『原典を参照しないで文章を引用する』といういいかげんな悪癖があり、本作も『どの本に書いてあったかわすれた』ので記憶によって再現したのである。もしかしたら『飲み明かそうぜ 秋の酒』だったかもしれない。おそらく、本作における癌は飲酒が原因なのであろう。そんな癌と最期の酒を飲み交わす。『いのちとはなにか』という大仰な主題への問いと答えが一句におさめられているような感動がある。
【クラシック】
モーツァルト「主イエズス・キリスト」(『レクイエム』収録)
一時期は、『これ以上うつくしい音楽は存在しない』とおもうほどに感動し、一日で20回以上再生したこともあった。あまりに聴きすぎたせいで、さすがに飽きて、疎遠になってしまった。次点はリストの「ラ・カンパネラ」としたいが、これは演奏者の個性に倚藉しすぎるので、一位にしなかった。「ラ・カンパネラ」がすきなのは、そもそも、パガニーニのヴァイオリン協奏曲がすきだからなのだが、原曲は構成に不満があるので、えらばなかった。
【洋楽】
ピンク・フロイド「あなたがここにいてほしい」(『炎~あなたがここにいてほしい』収録)
ピンク・フロイドの活動は、全三期にわけられる。シド・バレットがヴォーカルをしていたころの第一期、バレットが発狂して脱退し、ギルモアが加入した第二期、第二期のリーダーであったウォーターズが脱退したのちの第三期である。『炎』自体をベスト1とするかまよったが、本作のなかでも、名バラード「あなたがここにいてほしい」一曲を最高峰にえらんだ。本アルバムは、『狂気』の6000万枚という爆発的なヒットを閲して、レコード会社から『自由につくっていい』といわれて制作された実験ロック巨編である。代表作「狂ったダイアモンド」は、発狂したバレットへささげるバラードとしてつくられたが、録音爾時、当人バレットが歯をみがきながら、儵忽とスタジオにあらわれて、『ぼくの出番はまだかい』といい、メンバーがバレットの豹変ぶりにあらためて悲嘆したことから、もう一曲、バレットのために本作「あなたがここにいてほしい」が制作された。もうあれだ。泣ける曲だ。『あなたは仮面とほんものの笑顔の区別がつくかい』だとか『おれたちは永遠に金魚鉢のなかをさまようふたつの魂』だとか『あれからおなじグラウンドをはしりつづけてみつけたものはおなじ不安だけ』だとか、歌詞の水準が異常にたかい。ボブ・ディランが獲れるのならば、ピンク・フロイドにもノーベル文学賞を穫らせるべきである。
【邦楽】
井上陽水『氷の世界』
岡村靖幸『家庭教師』および稲葉浩志『マグマ』とまよったが、まあ、どれも邦楽の最高峰である。共通点として、シンガーソングライターによる全編自作曲のアルバムという特徴があげられる。また、ながらく「自己嫌悪」が自主規制のために収録されていなかったが、最近のCDでは復活しているようだ。愚生は「自己嫌悪」を聴いたことはない。
【総合一位 人類史上最高の藝術】
ロジャー・ウォーターズ『ザ・ウォール~ライブ・イン・ベルリン~』
主人公の誕生から、ロックスターになり、麻薬におぼれて裁判にかけられるまでをえがいた、ピンク・フロイド時代の巨編ロック・オペラ『ザ・ウォール』CD二枚組を、ベルリンの壁崩壊直後のベルリン市内において再現したロックコンサートである。
原典となるアルバム『ザ・ウォール』は、二枚組アルバムとしては史上最高記録となる3000万枚を売りあげた。といえども、当時のピンク・フロイドは、リーダーであるウォーターズの独裁バンドと堕しており、『ザ・ウォール』は元来のピンク・フロイドの幻想的な作風を豹変させた、硬質なロックばかりで、現在もピンク・フロイド・ファンのなかで賛否両論がまきおこっている。
『おれは壁のひとつの煉瓦にすぎない』と歌うヒット曲「アナザー・ブリック・イン・ザ・ウォール」を中心に、「ヘイ・ユー」、「コンフォータブリー・ナム」といった名曲のかずかずの最涯てに、『結局ひとつの煉瓦にすぎないおれに壁をこわすことなんてできなかったんだ』としめくくられる。
ここにおける『壁』とは、資本主義であり、共産主義であり、文明そのものともいえる。資本主義の暴走によって勃発した第二次世界大戦から、共産主義の擡頭と崩壊を閲して、冷戦の終焉を象徴することとなったベルリンの壁の崩壊にあたり、ウォーターズがベルリンで『壁』の悲劇を歌うという、これだけでも奇蹟的なライブであった。
ライブは高級車でウォーターズがステージに登場するところからはじまり、バンドの眼前で、スタッフたちが一個ずつ白堊の煉瓦をつんでゆく。後半は、最早、『壁』でバンドがかくされた状態で演奏がつづく。後半一曲目、つまり、CDの二枚目の一曲目にあたる名曲「ヘイ・ユー」では、ヴォーカルまで『壁のむこうがわ』で歌い、観客は聳立する『壁』のむこうがわからとどく音楽を聴くしかなかった。斯様にしてヴォーカルは「イズ・ゼア・エニバディ・アウト・ゼア」を歌う。『ねえ壁のむこうにだれかいるの』と。この斬新さ!
最終的に、クライマックスとなる裁判シーンをえがいた「ザ・トライアル」の演奏とともに、巨大な『壁』はスタッフの人力によって崩壊させられてゆく。本来ならば、ここで前述した『結局ひとつの煉瓦にすぎないおれに壁をこわすことなんてできなかったんだ』と歌う「アウトサイド・ザ・ウォール」が演奏されて終焉となるはずだったが、急遽、ウォーターズの発案で、『RADIO K.A.O.S』の収録曲が演奏され、大団円となった。慚愧すべきことに、愚生は『RADIO K.A.O.S』を聴いたことがなく、英語が苦手なので、最終楽曲の歌詞はわからないのだが、どうやら、曲調からいって、ベルリンの壁の崩壊を祝福しているようにきこえる。
人類の歴史が七万年くらいとして、二千五百年前くらいにターレスが本格的な学問を濫觴させる。それから文明はわれわれに利器をさずけるとともに、最涯てのない戦争の歴史をつむがせてきた。そんな人類史のなれのはてが、第二次大戦における原爆の投入からはじまる、核戦争を揣摩憶測させる戦後冷戦期だった。さような文明という化物に、ロックンロールで対峙しようとした『ひとつの煉瓦』であるウォーターズは、無論、文明という『壁』には勝利できなかったが、『ザ・ウォール』が人類に聴かれているかぎり、われわれは『壁』の悲劇を忘却しないでいられるだろう。
ヒトラーが自殺したとされ、東西冷戦の終焉を象徴するとされる場所、ベルリンで開催された奇蹟のライブ『ザ・ウォール』を観賞していると、おおげさではなく、『人類の歴史はこの二時間のためにあったのではないか』とさえおもえる。ギリシャ悲劇やシェイクスピアの戯曲に比肩し、音楽とイメージの大伽藍を構築した本ライブを、愚生は『あくまでも勝手に』人類史上最高の藝術として鑽仰したい。
余談だが、残念なことに、『ザ・ウォール~ライブ・イン・ベルリン~』のDVDは廃盤となっている。かわりに、本ライブを再現したらしい『ロジャー・ウォーターズ・ザ・ウォール』というDVDおよびブルーレイが発売されたので、こちらでも当時の感動を追体験できるかとおもわれるが、愚生は未視聴なので責任はとれない(どうやら、壁をつくってこわす、という演出は無理だったようで、巨大な壁へのプロジェクション・マッピングが演出の中心になっているようだ)。さらに余談だが、民主党支持者であるウォーターズは、トランプ政権樹立爾時に激怒し、ピンク・フロイド時代の楽曲を中心としたライブ『アス・アンド・ゼム』を開催している。そういえば、ドナルド・トランプも、メキシコとアメリカの狭間に『壁』をたてましたね。
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