第6話 魔道士のいざない ②

 士郎は空閑兄妹の近くへと進んだ。

「隼人くん、蒼依ちゃん、ぼくと一緒に行こう。そして、新しい世界を作るんだ」

「嫌……」

 拒絶の意を示した蒼依が、震えながら立ち尽くしていた。そんな彼女に、士郎が右手を伸ばす。

「蒼依にさわるな!」

 とっさに体が反応していた。右手のこぶしで士郎の顔を狙った――つもりなのに、標的は消えていた。

「え――」と息を吞む隼人の横に、士郎は立っていた。

「向こう見ずだな」

 そう告げた士郎に、隼人は瞬時に正面を向けた。

 士郎の左手のひらが、隼人の胸の前に突き出されていた。

 どん、という衝撃を胸に感じると同時に、隼人の体は一メートルほど後方に弾き飛ばされた。そして背中から床に落下する。

 弾き飛ばされる寸前、士郎の左手は隼人の胸に接していなかった。二十センチほどの間隔があったはずである。それなのに、何かに突かれたような衝撃を胸に感じたのだ。その胸や床に打ちつけた背中に、それなりの痛みが残った。

「若さは諸刃の剣だね。慎重さが足りないと命取りになるよ」

「何様のつもりだ」

 歯ぎしりしながら、隼人は半身を起こした。

 折りたたんだ状態のパイプ椅子を振りかざした行人を見たのは、そのときだった。壁に立てかけてある別のパイプ椅子を取ったらしい。明らかに、行人は士郎の背後を狙っていた。

 ――本気かよ?

 士郎に気づかれるわけにはいかず、隼人は声を立てられなかった。しかし蒼依が、行人に顔を向けてしまう。

 行人が走り出したのと蛇女が胴をのたくらせたのは、ほぼ同時だった。

「若くなくても、変わらないか……」

 隼人に顔を向けたまま、士郎は残念そうに言った。

 まっすぐに伸ばせば二十メートル近くあるだろう長い胴が、士郎の背後に迫っていた行人に巻きついた。パイプ椅子が固い音を立てて床に落ちる。

 隼人が立ち上がったときはすでに、行人は頭まで何重にも蛇女の胴に巻かれていた。露出しているのは左右の足先だけである。

 長い胴がほどかれると同時に、行人が床に倒れた。微動だにしない彼をよく見れば、頭や四肢があらぬ方向を向いている。ほうり出された操り人形のようだった。

「お……お父さん……」

 現状を把握できないのか、それとも認めたくないのか、小さな声を漏らしただけで蒼依は固まっていた。

「うあああ!」

 かなわぬと知りつつ、隼人は再び士郎に飛びかかろうとした。しかし、体の自由が利かない。見下ろすと、腰に大蛇の――蛇女の尾先が巻きついていた。

 脳細胞が腐るかと思われるほどの糞尿のにおいが、隼人の鼻腔を満たした。

 不意に、黒髪を乱した女の顔が隼人の目の前に現れた。血走った両目がにたりとゆがんでいる。

「そこまでだ。彼を犯すことは許さないよ」

 士郎が命令を下すと、蛇女は両腕を隼人の首に回し、頬ずりした。彼女の肌はひんやりとしており、わずかに湿っていた。

 爆音が轟いた。

 士郎の背後、場内の片隅にいくつもの瓦礫が落下し、粉塵が舞い上がった。

「もう来たのか」と顔をしかめた士郎が、背後に体を向けた。

 隼人から両腕を離した蛇女も、そちらに気を取られたようだ。もっとも、尾先は隼人に巻きつけたままである。

 舞い上がった粉塵は広がることなく鎮まっていった。散らばっている瓦礫はスレートらしい。見上げると、天井に直径三メートルほどの穴があった。

 もう一度、散らばっている瓦礫のほうに目をやる。粉塵の鎮まったそこは、床が五、六メートル四方に渡って抜けていた。

 床を踏み抜いた本人が、かぎ爪を有する左前足を自分が嵌まっている穴からのそりと抜き出し、床面に置いた。可視状態の白いハイブリッド――あの白い巨獣だった。長い両耳を宙に漂わせ、士郎に向かって低く身構えている。

 隼人を解放した蛇女が、白い巨獣に向かって走った。長い胴をくねらせて突き進む様は、まさしく大蛇だ。

 白い巨獣がうなると、蛇女は人間の女の声で叫んだ。

 瓦礫を蹴散らして白い巨獣が跳躍した。

 対する蛇女も、くねらせていた長い胴を一気に伸ばして飛ぶ。

 二体は宙でもつれ合い、床に落ちた。

 新たに生じた巨大な穴が、隼人の足元近くまで広がった。

 白い巨獣が嚙みつけば蛇女は巻きつき、白い巨獣が前足の鉤爪でひっかけば蛇女は尾先で叩く。化け物同士の死闘に動きの止まることは一瞬たりともなかった。

 隼人は冷気を感じた。悪臭がこれまでより強くなり、わずかだがアルコール臭も交じっている。それら空気の変化に促されて視線を移すと、士郎が蒼依を横抱きにしていた。蒼依に意識はないらしい。

 隼人が駆け寄る前に、蒼依を横抱きにする士郎が宙に浮き上がった。そしてほんの一秒ほどで、隼人の手の届かない高さに達してしまう。

 士郎の頭上、天井付近に虹色の球体が浮かんでいた。鮮やかな七色のマーブル模様が表面に蠢くそれは、直径二メートル前後だろう。その虹色の球体から一本の灰色の触手が真下に伸びており、士郎の胸に巻きついていた。

「これが彼女の髪の毛さ」自分の胸元から頭上の虹色の球体へと、触手に沿って目を這わせた士郎が言う。「門から突き出しているこの髪の毛は常に可視状態だったはずだ。隼人くんはそれを不思議に思わなかったのかな?」

 こんな状況でそんな愚問に反応するほど、隼人は間抜けではない。

 バニラの香りと糞尿のにおい、アルコール臭が混淆する中、ハイブリッド同士の戦いは熾烈を極めていた。ほこりが舞い、床が抜ける音と咆哮とが響き渡った。

 それでも士郎は、意に介さない様子で語る。

「彼女は髪の毛を門に通している間は、常に興奮しているのさ。何せ、この門自体が神の御身の一部なんだからね。だからこの髪の毛は、こうして可視状態でいるんだよ」

 などと説く士郎を隼人は睨んだ。「髪の毛」とやらがなんたるか、聞きたくもなかった。

 士郎の顔に狂気じみた笑みが浮かんだ。

「神の加護を受けていない隼人くんにはわからないだろうけど、ぼくも興奮しているんだよ。神にふれることで得られるこの満たされる感じ、君にも分けてあげたい。そのためにも、早くぼくの仲間になってほしい」

 今の隼人には意味のない御託だ。もしくは、気持ちを逆なでするだけの贅言である。

「形勢が悪化した。隼人くんは置いていくよ。それに、そろそろ準備ができている頃だ」

 形勢が悪化したという割には、士郎は揚々とした色を浮かべていた。そして彼は、蒼依とともに虹色の球体に吸い込まれる。

「蒼依!」

 どうにもならないとわかっていても、叫ばずにはいられなかった。

 虹色の球体はみるみるうちに小さくなり、やがて消滅した。同時に冷気も失せてしまう。

 呆然としていた隼人のすぐ横を、蛇女が胴をくしゃくしゃに丸めた状態で転がっていった。白い巨獣によって弾き飛ばされたらしい。

 壁にぶち当たって回転を止めた蛇女が、体勢を立て直した。口を大きく開け、三メートルほども伸ばした舌を振り回している。

 大きく跳躍した白い巨獣が、蛇女の目の前に着地し、またしても床を抜いた。そして、長い両耳を前方に伸ばす。

 板を割ったような音とともに、白い巨獣の両耳の先端と蛇女の頭部との間に光が走った。

 鼓膜が破れるかと思うほどの音だった。気づけば、隼人は尻餅を突いていた。

 頭部を失った蛇女の胴が床に倒れ込んだ。長い黒髪をつけたいくつもの肉片と、紫色の体液が、ない交ぜになって一帯に散らばっている。

 白い巨獣が振り向き、赤い眼球で隼人を見た。バニラの香りが悪臭を駆逐していく。

 へたり込んだままの隼人は、巨獣から目を離せなかった。隼人に対する敵意は感じられないが、蛇女を打ち負かしたこの獰猛さは否定できない。

 隼人に顔を向けている白い巨獣が、喉を鳴らした。アマガエルの鳴き声に似た音だ。

 獲物を見定めているのかもしれない――隼人は固唾を吞んだ。

 不意に、白い巨獣が顔を上に向けた。そして後ろ足で床下を蹴って飛び立ち、翼をたたんだまま天井の穴から颯爽と出で立つ。

 隼人は行人に視線を戻した。半開きのまぶたを閉じてやりたく、なんとか立ち上がるが、足がすくんでしまい、とても近づけない。

「なんでだよ」

 力が入らなかった。体が前後左右に揺らいでしまう。いっそのこと倒れてもかまわないのに、もう一人の自分がそれを許してくれない。

 小学校の運動会で行人が持ってきてくれた手作り弁当。

 家族三人で楽しんだ夏のキャンプ。

 叱られたこと。

 褒められたこと。

 励まされたこと。

 行人との思い出が走馬灯のように浮かんでは消えた。

 どれほどの時間が経過しただろうか。

 サイレンの音が遠くから近づいてきた。パトカーの音らしい。やがてその音は大きくなり、忽然と鳴り止んだ。

 外がかなり明るくなっていた。

 悪臭もバニラの香りも消えている。

 どこからか人の声が聞こえた。

 ステージの手間、向かって右にある通用口のドアが開く。

 二人の警察官が慎重な様子で入ってきた。

 荒れ果てた場内を見渡した彼らは、入り口付近で躊躇していたが、隼人の姿を認めるなり、そろそろと近づいてきた。

「おい君、何があったんだ?」

 先頭の警察官が、歩を進めながら隼人に尋ねた。

 そして二人は隼人の前で足を止めると、骸となった行人を見下ろした。

「どういうことだ!」

 もう一人の警察官が声を荒らげ、隼人を睨んだ。

 蛇女の残骸は、体液もろとも、跡形もなく消えていた。


 午前七時半過ぎに、特機隊の何人かが二台のSUVに分乗して神宮司邸の敷地をあとにした。数分後には三台目のSUVが出ていったが、その運転席には恵美の姿があった。

 瑠奈はそれらの様子を車寄せの屋根の下で見ていた。どうしても眠れず、真紀に請うて家の外に出ていたのだ。

 はなから休むつもりでいたため、トレーナーにジーンズという姿だった。隼人と蒼依が行方をくらました、という状況では授業など受けられない。学校を休むことは真紀も承知している。むしろこの非常事態では、登校しようとしても真紀に止められるだろう。

 その非常事態が急変したのかもしれない――瑠奈はそう感じていた。未明の慌ただしさにさらに輪をかけた動きである。真紀にも瑠奈に逐一報告できるほどの余裕はないらしく、現状は聞かされていない。だが、この騒々しさに何も感じないほうが異常である。

 それでも、正門近くの植え込みの横と、池の東にある疎林の手前には、センサーグラスをかけたグレースーツ姿が一人ずつ、いつものごとく身動きもせずに立っていた。

 別宅のほうから歩いてきた藤堂が、瑠奈の前で足を止めた。

「お嬢様、無理をなさらないでください。部屋で少し休まれたほうがよろしいかと」

「藤堂さんこそ、夜中過ぎから働き詰めのはずです。敷地内の確認は特機隊に任せてもいいと思いますよ」

 藤堂や瑠奈だけではない。真紀も特機隊の隊員たちも、誰一人として一睡もしていないはずだ。

「特機隊は安全の確認はしますが、破損した箇所を見つけてもほったらかしだし、報告すらしてくれません」そして藤堂は、相好を崩した。「それに、こう見えてもわたしは頑丈にできているんですよ。ただの老いぼれではありません」

「そんなつもりで言ったんじゃ――」

 訂正しようとしたが、それより早く藤堂は言う。

「隼人様と蒼依様が無事に戻ってきたときに笑顔で迎えられるよう、お嬢様は元気でいなければなりません」

 こんな状況でも、藤堂はいつもと変わらぬペースだった。真紀が彼に全幅の信頼を寄せるのも当然だろう。無論、瑠奈が藤堂に抱く思いも同様である。

「ありがとうございます」

 礼を口にしたの同時に、瑠奈の腹から子犬の甘え声のような音がした。

 顔が熱くなるのを覚え、瑠奈はうつむいた。

佐々木ささきさんと井上さんが朝食の準備を始める頃です。今朝はちゃんと食べてくださいますね?」

 厳かに尋ねられ、瑠奈は拒むことができなかった。

「はい……ちゃんと食べます」

 瑠奈が答えると、藤堂は笑顔のまま頷いた。

 玄関ドアが開き、ワンピースにスカートの真紀が現れた。

「水野さんたちと話があるから、しばらく分駐所に行っているわ」真紀は瑠奈に言うと、藤堂に顔を向けた。「藤堂さん、あとはよろしくお願いします」

「承知しました」

 藤堂は恭しく頭を下げた。

「お母さん、あれから何か進展があったの?」

 瑠奈は吉報を期待したが、真紀は眉を寄せる。

「空閑行人さんとの連絡が取れなくなったの」

「そんな」

 思わず肩をこわばらせてしまった。

「今、特機隊第二小隊が調査しているわ」

「そう……」

 これで空閑親子三人の安否が不明となってしまった。なんと返せばよいのか、瑠奈にはわからない。

「それ以外のことは、わたしもまだ何も聞かされていないの。特機隊の動きからして何かあったに違いないけれど、たぶん、そのことについて話があるのだと思うわ。すぐに来てほしいって、今、電話があったばかり」

「そうなんだ」

 肩を落とした瑠奈は、ふと気づいた。

 バニラの香りが漂っている。

 瑠奈が何度も何度も言い聞かせ、どうにか身につけさせた体臭だ。バニラの香り――泰輝のにおいである。

 改善する以前のその体臭は、あまりにひどいものだった。ともに世話をしてくれた藤堂に言わせると「くみ取り式トイレのくみ取りをしたときに漂うにおいよりも百倍ひどいにおい」なのだそうだ。瑠奈自身はくみ取り式トイレを使ったことはないが、登下校の途中でどこからか漂ってくる「くみ取り」のにおいを嗅いだことはある。それだけでも卒倒しそうだったが、泰輝の以前の体臭を初めて嗅いだときは、実際に意識を失ってしまったほどだ。たとえ意識を保てたとしても、嘔吐を催すばかりか、強烈な刺激によって目は開けられず、一度嗅いでしまえば三日は食事が喉を通らなかったのである。以後、体臭が改善されるまでは、泰輝は敷地内の小屋で育てられ、世話をする際は防毒マスクを着用せねばならなかった。

 あの強烈な悪臭が今ではうそのようだ。防毒マスクを着用し、バニラエッセンスを染みこませたティッシュを泰輝の鼻先に近づけて、「わたしはこのにおいが好きなの」と訴える――この作業を何度も何度も繰り返し、そして十日ほどしてようやく彼の体臭が変わり始めたのだ。

 一分でも一秒でも泰輝とともに過ごしたい。そんな思いと瑠奈の忍耐強さが、功を奏したと言えるだろう。

 泰輝のにおいを感じたらしい真紀と藤堂が、辺りを見回した。

「お坊ちゃまが戻られましたな」

 藤堂は言った。

「はい!」

 思わず声を上げ、瑠奈は真紀を見た。

「行ってあげなさい」

 微笑みを浮かべ、真紀は瑠奈を促した。


 泰輝の部屋は瑠奈の部屋の隣だ。本宅の二階では一番狭い部屋だが、それでも八帖である。

 瑠奈はドアをノックし、五秒だけ待った。もっとも、泰輝が在室していても返事のあった試しがない。

 やはり返事はなかったが、瑠奈はドアをそっと開けた。

 とたんにバニラの香りが鼻腔に入り込む。

 カーテンは閉じてあり、照明もつけてないが、外の光が緩く室内を包んでいた。

 全裸の男児がベッドの上で掛け布団も掛けず、仰向けになっていた。

 瑠奈はドアを閉じてベッドの横に立った。

 軽い寝息を立てて、泰輝は目を閉じている。

 股間のものがあらわになっていた。

「風邪は引かないでしょうけど」

 瑠奈は言いつつ、そっと掛け布団を掛けてやった。

「まったく、今までどこへ行っていたのよ」

 一日一度の食事に出かけていたに違いないが、これほど遅くなるということはかなり手こずっていたのだろう。現に、いつもなら帰宅すると瑠奈に甘えてくるのに、今日はさっそく熟睡しているのだ。

 すぐにでも起こしたかった。泰輝の力が必要なのだ。とはいえ、この様子では起こしても本来の力は発揮できそうにない。

 もうちょっとだけ待ってあげよう、と判断した瑠奈は、勉強机の椅子をベッドサイドに持ってくると、それに腰を下ろした。

 バニラの香りが薄くなっていく中、泰輝の寝顔を静かに見下ろした。

 見ようによっては、清一にも真紀にも瑠奈にも似ている。関係者以外には「親戚の子」で通していたが、むしろ「いとこ」としておけばよかったのかもしれない。特機隊設立以降の親戚付き合いは、機密保持のために皆無も同然だ。「いとこ」程度の欺騙は可能である。

 瑠奈は右手で泰輝の頬をそっと撫でた。

 ほんのりと温かかい。

「あなたはここのお坊ちゃまなんだからね」

 たとえ聞こえていたとしても、泰輝にその意味は把握できないだろう。

 バニラの香りが完全に失せた。人間体への変身が落ち着いた証しである。次にバニラの香りを嗅ぐときは、泰輝が戦いに巻き込まれるときだ。

「隼人さんと蒼依を、助けてあげてね」

 小声で口にしたその言葉は、泰輝が目を覚ましたら、もう一度、口にしなければならないだろう。

 ――ちゃんと言えるかな?

 弱気になっている自分を、意識した。

 そんな弱い自分が、とてつもなく疎ましかった。

 単なる悪あがき、で終わらせるわけにはいかない。

 泰輝の体力が完全に回復するのを焦らずに待つのはもちろんのこと、一秒たりとも時間を無駄にできない、という思いもあった。

 泰輝の目覚めをここで待つしかなかった。


 分駐所の裏にある大型ガレージに残っていた二台のSUVが、裏庭の駐車スペースに移された。その二台に並ぶ白いワンボックス車も特機隊専用車であり、今回の強襲作戦で使われることになっている。

 神宮司邸にはガレージが二棟あるが、こちらは普通自動車が六台も収容できるサイズであり、特機隊が使用していた。普通車なら三台が収容可能なもう一棟は、本宅の西側にあり、そちらは神宮司家が使用している。

 空になった大型のガレージの床いっぱいにブルーシートが広げられた。三枚あるシャッターのすべてが閉じられ、照明が灯される。

 片隅に置かれたいくつもの段ボール箱から、ヘルメットや防弾ベストなどの防具類が取り出され、ブルーシートの上に並べられた。さらに、段ボールの横に並んでいる木箱からは、M4カービンを改良した特機隊専用ライフルが次々と取り出された。まるで、押収した証拠物件だ。

 作業に従事している二十四歳の須藤すどうは、特機隊第一小隊では最年少の隊員だ。今朝になって急遽編成された強襲班のメンバーに抜擢された彼は、装備になじんでもらうという目的から、この作業に割り当てられたのである。

 これらの装備は、つい三十分ほど前に補給部隊の中型トラックによって届けられた。荷物を下ろした補給部隊は、これらの梱包を解くことなく、速やかに神宮司邸の敷地をあとにした。装備は一人ぶんの予備を含めて六人ぶんだけだが、種類が多く、予想どおりに骨の折れる作業だった。

 須藤はこの作業を効率よく遂行するため、自主的に普段着のジャージを着用した。確かにそれは正解だったが、ジャージという姿が気恥ずかしくもある。少なくとも、特機隊第一小隊の仲間以外には見られたくなかった。神宮司母子や藤堂に目撃されるなど、絶対に避けたい。シャッターを閉じなければならないことが、須藤にとってはありがたかった。

 シャッターを閉じなければならない理由は機密保持のためだ。特機隊隊員たちが警備に就く神宮司邸の敷地内ではあるが、塀越しに覗かれないとも限らなければ、やむをえない事情で訪問者を敷地内に招き入れる事態が起こる可能性もあるだろう。加えて、特機隊に協力的な神宮司母子や藤堂であっても、この装備を見せるわけにはいかない。地味な作業に見えても重要度は高い、ということである。

 服装に関しても、外側が地味と言うだけだ。普段着のジャージ――であっても、内側のショルダーホルスターには拳銃が収まっており、腹部のポケットの右にはセンサーグラス、左にはペン型パララーザーを忍ばせていた。ジャージ姿ではあるが、あくまでも職務中なのだ。

 ライフルを並べ終えたとき、通用口のドアが開いた。

 一人のグレースーツ姿が、ガレージ内に足を踏み入れる。

「須藤、何か手伝うことはあるか?」

 そう尋ねた彼は、須藤より三歳年上の佐川さがわだった。彼の左手首に巻かれた包帯の白さが本人の無念さを表している――須藤にはそう思えてならない。

 佐川も特機隊全体から見れば若手であるが、強襲の任務には二度も就いていた。しかし、夜中の警備中に本宅側のガレージの前で背後から賊に襲われた彼は、左腕を負傷し、結果的に強襲班には選ばれなかった。それどころか、けがを負ったがために神宮司邸の敷地内における立哨の任務からも外されている。無論、強襲班用追加装備を保管することとなったこのガレージの警備も任されなかった。

 特機隊に配置される以前の佐川は、眼鏡を着用していたらしい。確認したわけではないが、おそらく佐川はコンタクトレンズに変えている。この屋敷の警備やハイブリッドとの戦いに就くたびにセンサーグラスを着用するのだから、眼鏡の存在は煩わしいに違いない。

「あとはハンドガンを並べるだけですから、大丈夫ですよ。それより、けがのほうはもういいんですか?」

「ただの捻挫みたいだが、力が入らないんだ。尾崎に厚い手当をしてもらったから、すぐに治ると思うがな」

 佐川はそう言って笑った。

「尾崎さんは器用ですからね」

「彼女は射撃も格闘も得意だ。頭も切れる。女だからと言って侮っていると、痛い目に遭うぞ」

「優秀な隊員であるというのは、おれも聞いています。侮りませんよ。佐川さんよりも痛い目に遭うなんて、嫌ですからね」

 須藤が言うと、佐川は「おいおい」と返しつつ、自分の痛々しい左手を宙に掲げた。

 二人は同時に噴き出した。

 ひとしきり笑ったところで、佐川がガレージの床を見回す。

「車の二台くらい、出さなくてもよかったんじゃないのか? というより、装備の一つ一つ、こんなに間隔を開けて並べなくてもいいだろう」

「そうですね。ただ、新人の自分には、このほうが都合がよかったんです。一つ一つ、確認しやすいし」

「そうか、装備に慣れるという目的も兼ねているんだったな」

「このライフルなんて、実物を見るのは入隊してまだ二度目ですからね」

 専用ライフルに使用する弾は、特機隊が通常装備する拳銃に使うものと同じ材質でできており、対ハイブリッド用だ。

 肩をすくめた須藤は、最後の木箱を開け、六人ぶんの拳銃を見下ろした。特機隊隊員が通常使用しているモデルよりやや大きめのこれら六丁は、グロック22ベースのカスタムであり、これも当然、使う弾薬は対ハイブリッド用である。

「下君畑で見つかった無人の車の件だが」

 ブルーシートに拳銃を並べ始めた須藤に、佐川は言った。

「はい」

 気になっていた案件である。拳銃を並べながら、須藤は促した。

「ハイブリッドだった。ドライブレコーダーに映像が残っていたんだ」

「じゃあ、家族三人が食われたわけですか?」

「そうだ。路面に残っていた血痕は、その三人のだった」

 幸いにも、その血痕は車の第一発見者に気づかれることはなかった。通報を受けた所轄の警察に出動の停止をかけた特機隊第一小隊が現場検証をおこなったが、ハイブリッドの出現を示す物的証拠は得られず、車に乗っていた者たちの身元と、路面に大量の血痕が残っていたことを知るのみだった。無論、血痕は処理班によって跡形もなく消された――が、ようやく状況が明らかになったわけである。

「それにしても、妙だよな」

 ふと、佐川が口走った。

「え、何がです?」

 問うた須藤は、最後の一丁をブルーシートの上に置いたところだった。立ち上がり、背筋を伸ばす。立ったりしゃがんだりが続く作業だったため、背中や腰にわずかな痛みが走った。とはいえ、特機隊隊員として泣き言は口に出せない。

「ゆうべの賊は無貌教の信者と思われるけど、どうしてやつらがこの敷地に侵入できたのか。そして、セキュリティをどうやって解除したか、だ」

 佐川の言葉を受けて、須藤は首を傾げる。

「隊長と副隊長と会長の話し合いって、そのことなんですかね?」

「それもあるが、今後のことも話し合っているようだ」

「強襲作戦とか?」

「ああ」佐川は頷いた「そして、その作戦が必要となったそもそもの理由……次の日没後に執りおこなわれると思われる無貌教の陰謀についてだ。すなわち、儀式について、ということだな」

「おれが就く任務は、その儀式を阻止するためにある」須藤は自分に言い聞かせると、佐川に顔を向けた。「しかし、佐川さんが不審に思っていること……賊の侵入方法とセキュリティ解除の方法については、いくら話し合ったところで、突き止めることはできないと思いますが」

「まあ、そうかもしれない。だが、手引きした者がいたとすれば、話は別だ」

 神妙な趣で、佐川は言った。

「手引き……って、最初から敷地内に敵が紛れ込んでいたということですか?」

 考えも及ばぬことだったが、同時に、考えたくもないことだった。

「敷地内のどこかに隠れ潜んでいた、なんてことはほぼ不可能だろう。最初からいた誰かが、賊の侵入を手引きした。その可能性は否めない」

「つまり、間者が紛れ込んでいた、ということですか?」

「そうだ。おれがここで話すまでもなく、話し合いの俎上に載せていると思うが」

 二人の間に重い空気が漂った。

 改めて考えてみれば、佐川の言うことは筋が通っている。たとえ憶測であっても、目を背けてはならない懸念だろう。

 だからこそ、あえて口にする。

「しかし、おれは仲間を疑ったりしたくありません」

「言われるまでもない。おれだってそうさ」

 佐川はすぐに切り返した。

「じゃあ、どうしてそんな勘ぐりを?」

「疑いたくないのと、疑わなければならないのは、別だ」

 ある意味、これも順当な答えなのだろう。重い空気は払拭されるどころか、さらに重さを増してしまった。

「事件のあった時間にこの敷地内にいたのは、まず、民間人の五人」

 佐川の言葉を踏まえ、須藤は、該当する人物を列挙する。

「神宮司真紀とその娘である瑠奈、執事の藤堂、空閑隼人と妹の蒼依」

「そういうことだ。そしてあとは、特機隊第一小隊の二十二人」

 そう付け加えられ、須藤は眉を寄せた。

「佐川さんは特機隊に間者が潜んでいると考えているんですか?」

「可能性は否定できない、ということだ。一方で、そのほかの可能性もある。空閑兄妹だって、山野辺士郎のいいように使われているとも考えられる。神宮司母子が山野辺士郎のグルではないとは言いきれない。藤堂に至っては、この敷地内の作りを知り尽くした執事だから、間者になりえる要素にあふれている」

 切りがない、というのが須藤の抱いた所見だった。

「疑心暗鬼でいなければ、特機隊の任務に就けそうにありませんね」

「まだまだだな」

 佐川は首を横に振った。

 矜持を傷つけられたも同然である。それでも須藤は、憤りを抑えた。

「少なくとも仲間を信じなければ、チームワークなんて取れません」

「チームワーク、いいだろう。しかし、それと馴れ合いとは別だ。個として、いかなる状況にも対応できなければ、特機隊の任務は務まらない」そして佐川は、須藤をじっと見つめる。「なあ須藤、おれが間者である可能性もあるんだぞ」

「何を言っているんですか。けがだってしたじゃないですか」

 抑えた憤りが噴出しそうだった。

「意図的にけがをしたとしたら?」

 たたみかけられ、須藤は反駁する。

「防犯カメラには、佐川さんが背後から賊たちに襲われる場面が、一瞬だけ映っていました。よく見ましたが、あれは演技ではなかったと思います」

「だから。まだまだだな、と言ったんだ」

 語気が強まっていた。

 気圧され、須藤は次の言葉を吞んだ。

「いいか」佐川は一歩、前に出た。「特機隊の隊員になった警察官は、それ以前に邪教集団絡みの事件に遭遇している者ばかりだ。おまえも例外ではないんだろう?」

「はい」

「そんな世界を覗いてしまったばかりに、特機隊に入る羽目になった」

 佐川の言葉は事実だ。邪教集団の陰謀やハイブリッドの存在を知ってしまえば、たとえ警察官であろうと、一般市民と同じように処置を施されてしまう。それを免れる唯一の道が、特機隊への入隊だ。無論、多くの警察官は特機隊という特殊部隊の存在は認知していてもその任務について知ることはない。

「成り行きで仕方がなかった、なんて思うな。理不尽だ、なんて思うな」そう言い、佐川はさらに一歩、詰め寄った。「警察官の仕事を選んだときから、おれたちはもう一般市民ではないんだ」

 ぐうの音も出なかった。とはいえ、首肯することもできない。須藤はただひたすら、佐川から目を逸らすのみだ。

「特機隊隊員になったからには、個であり続けろ。任務は忠実にこなしつつ、チームワークを取りつつ、しかし誰も信じるな。でなければ、生き残れない」

 そして佐川はため息をつき、口を閉じた。

 ようやく、須藤は佐川に視線を戻す。

「だったらなぜ、佐川さんはおれにそんな忠告をしてくれるんです? おれを敵だと思っていないからでしょう? つまり、信じてくれているんでしょう?」

 矛盾を払拭したかった。佐川の言葉を理解するためにも。

 顔を背けた佐川が、横目で須藤を見た。その目がわずかに細まる。

「そうかもな。おれはおまえを信じているんだろうな。そんなおれだから、けがをしたのかもしれない。要するに甘ちゃんなのさ。今回は運がよかったが、次はないかもしれない。現に一人、殺されているしな」

 別宅の裏で殺害されたのは、宍戸ししどという隊員だ。自分より三歳上のその男とは、任務に関すること以外に言葉を交わしたことがない。こちらから挨拶しても、いつも無視されるほどだ。しかし、任務は的確にこなしている。そんな男が甘ちゃんなのだろうか。

「姿を消した伊吹いぶきさんも、無事でいるとは限らない。もしくは、彼が間者だった可能性もある」

 伊吹は状況を調べるために裏口から出ていったが、以後の消息はつかめていない。三十六歳の彼は、来年に結婚する予定だった。最悪の場合、婚約者は伊吹が特機隊隊員であることを知らないまま、彼の「警察官としての殉職」を知らされるだろう。

「おれには、まだよくわかりません」

 須藤が本音を口にすると、佐川は顔を正面に戻した。

「強襲作戦はおそらく今夜に決行される。時間はない。無理にでも理解しろ」

 そして佐川は背中を向け、通用口へと歩んだ。

 死にたくはなかった。だからこそ佐川の言葉の咀嚼を試みるが、やはり理解することはかなわない。

 ふと、通用口の手間で佐川が足を止める。

「すまなかったな」

 背中で言ったその言葉に、須藤は眉を寄せた。

「何がです?」

「おれがこんなけがをしなければ、経験の浅い須藤が危険な任務に就くことはなかったはずだ」

 佐川は振り向かなかった。

「でも、それが任務でしょう。佐川さんは言ったじゃないですか、警察官の仕事を選んだときから、おれたちはもう一般市民ではないんだ、って」

「だからさ、おれは甘ちゃんなんだよ」

 そして佐川はガレージから出ていった。

 同時に、須藤は佐川の言葉を理解しようとするのを諦めた。


「もしもし、おはよう」

「へえ、今井いまいがおれに直接電話をくれるなんて珍しいじゃん」

浅倉あさくらは今、何してんの? 話していて大丈夫か?」

「今、うちを出て、バス停に向かって歩いているところ」

「うちを出たところ? 遅いじゃん。走れよ」

「今井こそ何してんの?」

「おれはこれからうちを出るところ。てゆーか、まだ自分の部屋」

「あー、今井は学校が近いからな。それよか、なんでメッセージじゃなくて電話?」

「登校前だからな、時間がなくてさ」

「だったら、学校で話せばいいじゃん」

「浅倉よう、おまえはいつも遅刻寸前じゃん。しかも浅倉のクラスは一組だし、おれは二組。話す暇なんてあるわけねーし」

「休み時間があるじゃん」

「それじゃ遅いんだよ」

「さっきから、遅い遅い、って繰り返しているけど、なんなの?」

「吉岡と連絡が取れなくて困っているんだよ」

「はあ? 今井って吉岡と仲よかったっけ?」

「いいわけねーし。どっちかと言えば嫌いだ。てゆーか、あいつのことを好きなやつっているのかよ?」

「野村がいるだろう」

「ああ、そうか……って、彼女とかつるんでいるやつらは別!」

「はいはい。そんで、今井はなんで困ってんの?」

「吉岡に金を貸したんだけど、返してくれないから。ゆうべから連絡しまくっているんだけど、電話もメッセージも応答なしなんだ。てゆーか、やつのスマホにかけたら、呼び出しも音声案内もなくて、まったくの反応なし。自宅に直接電話したら、呼び出しが延々と鳴るだけで、誰も出ない」

「なんだそれ。じゃあ、やっぱり学校で直接言えばいいじゃん」

「あいつ、そんな状態で登校してくると思うか?」

「さあ……てゆーか、それとおれと、どう関係あるんだ?」

「浅倉はおれなんかより吉岡と話とかしているじゃん」

「おれだってそれほど仲がいいわけじゃないよ。で、もしかして、おれが吉岡の居場所を知っているんじゃないか、ってか?」

「うん、そういうこと」

「知るわけねーって。おおかた、家族揃って親戚の葬式とか結婚式とかに行っているんじゃねーの?」

「そうかなあ……って、それじゃ、今日は休みかもしれないっていうことじゃん」

「もしそうだとしたら、明日以降にするんだな」

「それではまずいんだ」

「なんで?」

「今日の夕方、ネット通販で買ったゲーム機がうちに届く予定なんだ。時間指定でさ。代引きだから、その場で支払わないと」

「ゲーム? そういえば、この前、そんなことを言っていたよな?」

「そう、それだよ。貸した金は昨日の夕方までに返してもらうはずだったんだ。吉岡に貸した金は二万円。ゲーム機は四万円ちょっとで、貯めていた総額は五万円だから一万円、足りないんだよ」

「あいつが約束を守る、とでも思っていたのかよ?」

「まあ、そうなんだけど……」

「脅されて貸したのか?」

「うん……そんな感じだな」

「ったく、吉岡っていうやつは、本当にろくでもないやつだな」

良美よしみにも協力してもらっているんだけど」

「誰だ、ヨシミって?」

「おれの彼女だろう。浅倉と同じ一組の、石田いしだ良美だよ」

「ああ、そうかそうか。今井の彼女の石田な」

「……まあ、それはいいけど。でな、あんまり仲よくはないらしいけど、良美に野村とか宮崎に連絡を取ってもらおうと思ったんだよ」

「うん」

「今朝になってから電話してもらっているんだけど、二人のスマホのどっちにも繫がらないんだって。やっぱりまったく反応がないとか。それでこれも同じで、どっちの自宅の電話にも誰も出ないらしい」

「空閑は?」

「ああ、空閑がいたか。良美に頼んでみる」

「ちょっと待て」

「え?」

「もしかすると、それって神津山の都市伝説っていうやつじゃないか?」

「神津山の都市伝説……神隠し、とか?」

「そうだよ」

「まさか……でも、四人の家の電話に誰も出ないなんて、確かにそんな感じだよな」

「それに、今、思い出したんだけど」

「何?」

「あいつら五人、なんだか話し合っていたな。上君畑の怪奇スポットへ行く、なんてさ」

「上君畑?」

「先週のいつだったか、珍しく早めに登校したおれは、内田うちだたちと教室でだべっていたんだけど……」

「浅倉が早めに登校したなんて、うそだろう?」

「うるせーんだよ。えーと、なんだっけ……そうそう、あの五人が話し合っていたんだ。今度の月曜日……つまり昨日だな、その夕方に上君畑の怪奇スポットへ行く、ってさ。上君畑のどこかに妖怪が出る、なんていう話は、おれも聞いたことがあるけど」

「確かに、おれも聞いたことがあるよ。じゃあ、あいつらはそこへ行って、神隠しに遭ったというのか?」

「都市伝説が本当ならば、だけど」

「ありえねー」

「でもな、神隠しというか、神津山で行方不明者が多いのは、事実だろう」

「そりゃそうだけど、だからって……」

「まあ、あいつらがいなくなったところで、少なくとも二年のみんなは、なんとも思わないさ。むしろ喜ばれるんじゃないかな」

「おいおい、おれが困るだろう」

「なんで?」

「あいつらがいなくなること自体は大歓迎だけど、貸した金が戻ってこないじゃん」

「まあ、諦めろ」

「浅倉こそふざけんなよ」

「ふざけてねーし。てゆーか、今ね、バス停に着きました。人も並んでいるし、迷惑になるから、続きは学校の休み時間ですね」

「ああ、ちょっと待ってくれ。最後に一つだけ」

「なんだよ?」

「頼む、一万円、貸して」

「親に貸してもらえよ」

「うちの親は金銭管理にうるさいから、頼めない」

「あ、そう。じゃーね」

「あれ? もしもし……もしもーし!」

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