第16話 戦い終わって……
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……」
ずるり、と装甲の間から腕を引き抜くと、剣は根元から折れていた。
しかし、人間全体を救えたのだと思えば、剣一本なんて安すぎるくらいの代償だ。
(いや――)
後ろを振り返ると、変らず朽ち果てたままのパンドラが目に映る。
と、凍傷によるものか感覚のなくなった手首につけた鈴が清らかな音をたてた。
「結局、俺は……何ができたんだろう……」
思えば、独白すら久しぶりだ。常に傍らには少女がいたのだから。義憤を覚えたきっかけを救えず、根本を解決する事にもなったかどうか分からない。なにしろ、マイクローゼ自体は消滅したわけではないのだ。今も誰かが手に入れているかもしれないし、彼女と同じ存在が作り続けられている可能性すら否定はできない。
片時も離れず、自分の後ろをついてきた彼女は、果たして今、満足しているのだろうか。
「おーい!ジャーック!」
聞きなれた野太い声に振り返ると、閉ざされた入り口が巨大な拳で殴りつけられている最中だった。
「いるかー!返事してくれー!!」
「アマツか!?」
応、と答える声が、吹っ飛ばされた扉が跳ねる反響音で代弁される。
廊下の照明によって照らしだされたのは、アマツをはじめとした解放軍の仲間たちだった。
誰も彼も黒く変色した血がこびりつき、切り傷や擦り傷でボロボロになった服を纏っている。無事な者など誰一人いない。しかし、巨人や妖精など様々な種族が集合した彼等の顔には、一様に安堵の表情が浮かんでいた。
その中から、走り寄ってくるのは、アマツとヤシロだ。
「ジャック!何があった?」
「待っていてください。今すぐ手当てしますから」
ヤシロの慣れた手当てを受けつつ、アマツにこれまでの経緯を説明する。
「オレたちは、装置の手の上でもてあそばれてたってのか!?」
「ああ。しかし、それももう過去の事になった。これからは、自分たちで考えて国を動かして行かないといけない」
ジャックの言葉に、ヤシロが深く頷く。
「共和国も議会が壊滅した現在は混乱の真っ只中にいるでしょう。おそらく、停戦を打診すれば簡単に協定が締結される運びになるはずです」
「苦しいのはお互い様って事だな。共和国と帝国を操っていた黒幕をぶっ潰したんだ。耳を貸さないって事はないだろうな」
「戦争が、終わるのか……」
そうすれば、管制心理に供される子供も必要なくなる――おそらくどこかに再建されただろう訓練施設も解体の運びになるだろう。
「んで、その後はどうすんだ?」
「まずは、戦争の終結と皇帝の死を国民に伝える事から始めよう。それからどうなるかは想像もつかないけど、問題を一つずつ解決していけば、いずれは理想を実現できる」
「ああ。しかし――」
ジャックの悲しげな視線の先には、「ヤチホコ」だった幼子がいる。
「賢人たちが残らずこれでは――」
痛ましい光景に、苦りきった顔を背ける。
と――
「おい、あれは何だ?」
ポデスの言葉に振り返ると、残骸のはずのウラヌスが、まばゆく光り輝いている。
「マイクローゼの光――痛ッ!!」
「無理するなジャック」
任せろ、と前に出たアマツが放った正確無比な矢は、騎体に届く前に蒸発して消える。
「何が起こっているんだ……?」
打つ手の無くなった一同が呆然と見つめる中、光は宙へと浮かび、四散した。
「――はっ!?」
その変化に気づいたのは、ヤシロだった。
彼が抱いていた赤子が、ぼんやりと燐光に包まれたかと思った瞬間、激しい閃光が辺りを白く染め上げた。
思わず閉じた目を再び開いたそこには――見目麗しい女性が横たわっていた。
「ヤチホコ様!!」
女性の裸体に、額を砂に擦りつけて礼をするアマツ。
「……アマツ……か……?」
うっすらと開いた口から、たしかに名前を聞き取った瞬間、コロッセオは喜びにあふれた。
「ヤチホコ様が、蘇った!!」
「これで悲願が果たされる!!」
「ヤチホコ様万歳!ヤマンチュール万歳!!」
口々に喝采を叫ぶ黒髪黒目の民。
そして、更なる朗報は扉の外から、騒がしい足音によってもたらされた。
「牢獄の赤ちゃんたちが、みんな元に戻ってる!!」
バンシィたちからの報告に、全員が諸手をあげて喜んだ。
「なんで、こんな現象が……?」
「確証のない、完全な予想ですが、おそらく皇帝は内包した情報ごとマイクローゼを蓄積していたのでしょう。元の宿主へと適応していたマイクローゼをおし留める事も含めて。そして、その枷がはずれたため、元の宿主の所へと戻ったのではないでしょうか。崩壊していったのは……それこそ、奇跡とでも呼ぶ他ないのでは?」
説明しながら肩をすくめるヤシロの顔にも笑みが浮かんでいる。
「あ、そういえば、ここの所長はどうしたんだ?」
「ふんじばってから監視させてる。皇帝の事は知らないようだったから、信頼はおかれていなかったみたいだな」
「おそらく、アレは誰も信用していなかったよ……」
光と共に巨体が消え去り、ぽっかりと空いた空間に目をやる。
「神様が思ってた事なんて、誰もわからないけどな」
ふぅ、とため息を一つこぼすと、パンドラへと歩き始めるジャック。
満身創痍という言葉通りの巨体。
その双眸には、光はなかった。
「マリア……聞こえるか?」
ほんのわずかな可能性にかけて発した言葉は、虚しく氷壁のようになった装甲へと吸い込まれていった。
後ろからの歓声が、ことさら大きく耳に響く。
「やはり、駄目だったのか……あの時の防壁は、振り返ったときに見た青い瞳は、幻だったというのか……」
(最後の力を振り絞って、自分を生かしてくれた――自分の命は、マリアに貰ったものだ。ならば――)
「この命、マイクローゼを根絶する為に、全ての子供たちを救う為に使う」
堅く握った拳を、白銀の装甲へ軽く当てる。言葉を、その振動を確かに伝えるように。
――行ってくるよ。マリア。
強く念じてゆっくりと拳を離すと、ジャックは皆の輪へと戻っていった。
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