第13話 銀の騎士 対 天空神
高く振り上げた拳を、力任せに叩きつけてくるウラヌス。おそらく、ミョルニル程の重装甲を持ってしても、あの一撃で簡単に地に伏してしまうだろう。
「くっ!」
やむなく回避をしようと操縦幹を引く。しかし、ジャックの操縦にパンドラはぴくりとも反応を示さなかった。
「マリア、どういう事だ!」
(あの程度なら、避けるまでもありません)
あっさりと言ってのけるマリアの声。さらにパンドラは右手で拳を握り、腰溜めに構える。
「……わかった。任せるよ」
(はい!)
嬉しそうな返事をするマリアの上から、十分に速度ののった腕が振り下ろされる。
(ハッ!!)
鋭い爪の一本を左手で掴むと、すかさず右腕が放たれる。その肘についた鋭利なブレードが、爪を支えるアーム――その関節部分を一刀両断した。
『うぬっ!?だが避けなかったのは失策だったな!』
残り二本のアームが地面のパンドラを捕らえ、高々と空中に持ち上げる。
「うわっ!?」
(……)
『くらえぃ!』
掌に開いた穴から、砲弾を射出するウラヌス。
掴まれているパンドラは、それを避けられるはずもなく――。
ドォン!
普通の砲弾では起き得ない、激しい爆発が闘技場を揺らす。
『フンッ!!』
ウラヌスは、力任せにパンドラを投げ捨てた。遊び飽きた玩具を子供が無慈悲に捨てるように。
誰もいない客席に受身も取れずに落下していく白銀の騎士。
直後、轟音と共にもうもうと上がる煙を見ながら、皇帝は勝利を確信していた。
『完全融合といってもこの程度か……他愛ない。止めでも刺しておくか』
まるでついでのようにそう言うと、もう片方の腕を伸ばす。
照準をつけて固定された掌から放たれたのは、砲弾ではなく血のように赤い粒子の奔流だった。
『旧世界の兵器の力、とくと思い知るがいい!』
煙を貫いた赤色の光線が、さらに大きな爆発を生み出す。
ガラガラと崩れ落ちる瓦礫を尻目に、悠然と歩き出すウラヌス。
『反逆者の排除は終わった。さて、次はマイクローゼの補充を――』
「――すごい」
背後から聞こえた感嘆の呟きに、踏み出した足が止まる。振り返った皇帝の目に入ったものは、波打つ空間の向こうで立ち上がったパンドラの姿だった。
『空間湾曲――そうか、次元干渉が出来るのであれば造作もないか。……面白い、この程度で倒れられては見出した意味がないからな』
嗜虐心をむき出しにすると、ウラヌスは背部中央のアームを展開する。多重関節構造を利用して小さく折りたたまれていた細腕が、まるで蛇のように蠢きだすと、先端から飛び出した小さなカギ爪状の刃が高速回転を始める。
『スコルピオ・シュヴァンツ!』
ついに騎体正面へと飛び出したアームは、一直線に煙から立ち上がったパンドラへと向かう。
(空間湾曲障壁、解除)
障壁を展開するために伸ばしていた指を握りこむ。空間湾曲は、大砲や矢など遠距離攻撃に対しては無敵といえるほどの効果を持つが、刃など近接攻撃の前では驚くほどにもろいのだ。腕を腰の横に持っていった五指を一度伸ばしてから力を込めて握りこむ。閃光がほとばしると共に、腰の部分に一振りの剣が顕現した。
「剣……?」
(マイクローゼが凝縮してできた剣よ)
「剣技となれば騎士の本分だ。任せろ」
すぐさま剣を構え、半身の姿勢のままジャックは待った。
(おそらく、あの武器は可動範囲がかなり広く取られているはず。早い時点で避けても、簡単に追尾されてしまう。かといってまともに刃を合わせようにも、何かしらの仕掛けはしてあるだろう……となれば、狙うは一つだ)
「マリア、俺の合図で騎体を右に移動させてくれ。無論、旋回してあの尾っぽを視界におさめる事前提で」
(了解。でも、どうするの?)
「二度同じ轍は踏まない――それだけだよ」
(――了解)
ジャックの言葉にいつもと同じく信頼の篭った返事で答えると、マリアは下半身に意識を集中する。合図が来たら、コンマ一秒の遅れすら許されないのだから。
迫る刃の鈍い光を一心に見つめるジャック。
『浅知恵など、通用せんぞ?』
「……」
皇帝の挑発も耳をすり抜けていく。集中して時間が引き伸ばされた意識の中にあるのは、攻撃をしようと近づいてくるカギ爪と、己のみ。
「――今だ!」
(はい!)
片足を浮かせ、方向転換をしつつ下ろす。身体がずれて空いた空間へとアームが飛び込んでいった。
「せいっ!」
一瞬の隙を逃さず、目の前でだらしなく延びるアームへすばやく刃を振り降ろす。
『やれやれ、バカの一つ覚えか』
まるで肩でもすくめていそうな調子の言葉とともに、赤い光が向かってくる。
「マリア!」
(空間湾曲障壁、展開!)
反射的にのばした掌から溢れだした銀色の光が、周囲の空間を変質させていく。
まるで粘液を通しているような視界の中、迫ってくる赤色が眼前で弾け、弱々しく拡散していく。
(ふぅ、危なかった……)
『ほれほれ、安心していて良いのか?』
「何……はっ!」
気づいたときにはすでに遅かった。切り捨てたはずのアームが剣を伝い、ギリギリと締めあげるように腕に絡みついていたのだ。
(しまっ――ッ!)
『神の雷、とくと味わうがいい!』
皇帝の叫びとともに放たれた雷撃が、アームを通してパンドラを襲う。
「うわああああああ!」
(きゃああああああ!)
銀色の装甲をさらにまばゆく輝かせて、ずし、と片膝をつくパンドラ。
『試験体にとっては雷を直接その身で受けているようなもの、さぞこたえるだろう?』
全身の関節から煙をあげるその様を満足げにしばらく見下ろしながら、皇帝はアームを収縮させていく。
対してパンドラは、膝をついたまま微動だにしない。
「……」
(……)
『フッ、完全に気絶したか。脆いモノだな。さて――』
おもむろに両腕をパンドラへ向けるウラヌス。
『今のうちにとどめを刺して後顧の憂いを絶っておくとするか』
まるで物のついでのようにそう言ったものの、その砲口はなかなか火を吹かなかった。
『ふむ……この程度では先ほどの二の舞になるやもしれん。念には念を入れておくか』
肩に追加された肉厚の装甲が展開され、中からは小さな球が一つずつ飛び出してくる。
それぞれに上部から回転翼を、中央から小さな砲塔をつきだしたその姿は、紛う事なき砲台であった。
『囲め』
親機を守るように浮遊していた無人砲台は、操縦者の指示通り標的――パンドラの左右へと移動した。ウラヌスの両腕とあわせて三方向から狙う事で、障壁を全方向に張り巡らせる事はできないという弱点をついたのだ。
さらに、胸から突き出ていた角が二つに割れ、中から巨大な砲身が姿を現した。
『設計段階から携わったが、万が一動作不良という事もあり得る。試射をしておかねばな。チャージ開始』
胸部の奥から、高速回転特有の甲高い音が漏れ聞こえてくる。動力源からあふれでるエネルギーをそのまま攻撃へ転用するこの兵器は、その特性上、動力の回転数を最高値へと持っていかなければ発射ができないのだ。
しばらくすると、無人砲台と胸部の砲口がうっすらと赤みはじめ、見る見るうちに濃度を増していく。
『そろそろか……発射!』
号令一下、浮遊する二つの砲台、そして両腕と胸から一斉に砲撃が放たれた。
三本の光線と連続発射された砲弾が、微動だにしないパンドラへ迫る――。
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