第11話 人騎一体
「な、何があったんだ……?」
光に飲まれてからしばらく気絶していたようだ。
ゆっくりと目を開くと、自分が先ほどまで座っていた場所が全く違う物へと変貌していた。
周囲は、溶けた金属が自然に固まったような質感へ変化し、無数にあったスイッチやレバーも二本の操縦幹を残して全て消えている。
「!」
気絶する寸前の光景が心に去来し、すぐさま振り返る。
先ほどまで光輝いていた後部シートは、光を失った銀色の金属によって完全にふさがれてしまっていた。
「マリア……」
光に溶ける少女が自分にかけようとしてくれた最後の言葉――途中で切れてしまったあれは、果たして何を言いたかったのだろう。
「……うん?」
光が失せて、寂しさを際立たせる後ろの壁――その足元に、きらりと光る物が落ちていた。
拾おうと手をのばす。指が当たってかすかに動いたソレが、小さく音を立てた。
りん、と澄んだ音色に慌てて床をむしるように指を立てて拾い上げた白銀の小物を握り締める。
掌に収まる大きさのそれは、銀色の羽をモチーフにして、鈴をつけた髪留め――自分がマリアへ贈ったプレゼントだった。
「……クッ!」
再び心の底から湧き上がる悲しみを髪留めと共に胸のポケットにしまいこむと、戦士の眼差しで正面を睨む。
一二時方向――搭乗者をぐるりと覆うように半球形になったモニターには、片腕を失ったエピメテウスが立ち尽くしている。
しかし、下半身や断ち切られた肘の関節から水銀をぼたぼたと流れ落とすエピメテウスに、攻撃をしかけてくる様子は見られなかった。
「マリア……君が、やったのか……?」
(ええ……)
「!!」
音を耳で聞いたわけじゃない。文字を目で見たわけでもない。
しかし、自分の問いを肯定する言葉を、ジャックは心で感じたのだ。そしてその声は、紛れも無く彼女のものだ。
(コクピット内部もずいぶんかわってしまったわね……騎体内部を侵蝕していくマイクローゼを必死で抑えたのだけれど、間に合わなかった)
「操縦に支障は出てないよ。ところでマリア、君は一体どうなっているんだ?」
(私はこのパンドラ自身になっているの。マイクローゼによって完全に性能を引き出されたこの騎体は私の意志通りに動いてくれる。私が手を上げようと思えばパンドラは鋼の腕を振り上げ、私が走り出そうと思えばパンドラは大地を目にも留まらぬ速さで疾駆するわ)
マリアの説明に、ジャックは口角を上げる。
「……つまり、俺がやる事は今までと変らないって事か」
(どういう意味?)
「君を守るために戦う――いや、君と一緒に戦っていく。これは前とかわっていないだろう?」
(――はいっ!!)
心の底から嬉しそうな声を心で感じながら、ジャックは呆然と立ち尽くしたままのエピメテウス――その後ろに鎮座する皇帝を睨みすえ、叫ぶ。
「皇帝!あなたが心血を注いで作った少女すら、あなたに逆らった!あなたの作った薄っぺらい世界に従う者なんて、もう誰もいないんだ!」
『……ククク、それは早計というものだな。ジャックよ』
負け惜しみを、と返そうとしたジャックはしかし、目の前で展開される光景に言葉を続ける事ができなかった。
朽ちた枯れ木のようにその場で直立するエピメテウス。その痩躯が、まるで紙で出来ているかのようにふわりと浮かび上がったのだ。
「な、なに……ッ!」
浮き上がったまま空中で静止する漆黒の騎体。
その周囲の空間が、まるで波打つかのように揺らぎ始める。
(これは――次元跳躍)
「次元……跳躍?」
(ええ。今いる場所とは違う時空間を通して、物や人を引き寄せるの)
「一体何を引き寄せるんだ――?」
ぐにゃりと蜃気楼のように歪んだ空間より顕現してきたのは、鋼鉄の塊たちだった。
喪失した腕が、付け根から溢れ出す銀の光によって瞬く間に復元される。
「あの光、マイクローゼ!」
『搭乗者が生きているというのであれば、次善策をとるしかあるまい。シュルツェン!』
皇帝の苦虫を噛み潰したような――それでいてどこか楽しげな表情の中で発せられた言葉に、再びエピメテウスが変化を起こす。
騎体を覆っていた装甲がバラバラと落下し、内部に秘められていた幾本ものケーブルが飛び出した。射出されたケーブルは次々と現実空間へ現れてくる鋼の塊へと接続されると、まるで鋼の衣を纏うように再びエピメテウスの中へと巻き取られ、新しい装甲をエピメテウスに装着していく。
(いけない!)
いち早く我に返ったマリアが、パンドラの腕を上げる。まっすぐ伸ばした腕の先へ意識を集中させると、掌に虹色の輝きが生まれる。
「一体何をするんだ?」
(皇帝の力によって開かれた空間を閉じるんです。あれはおそらく、このパンドラに装着されるはずだったモノ。皇帝が自分専用に作り上げた強化装甲でしょう)
『そうか、試験体単体でもそこまでの事が可能か。しかし、付け焼刃の次元干渉など!ぬぅん!』
パァン!
皇帝のうなり声とともに、パンドラの手のひらに生まれていた虹の光が掻き消える。
薄いガラスが砕け散るような音が響くと同時に、思わず膝をつくパンドラ。
「マリアッ!」
(だ、大丈夫……です……)
『まったく、この記念されるべき瞬間を邪魔立てするなど無粋の極みだ。おとなしくこの神々しき姿を目に焼き付けるがいい』
まるでひざまずいているような姿勢のパンドラの前で、ついにそれは完成を向かえた――。
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