第8話 対黒騎士Ⅰ~窮地~
「これは……《パンドラ》なのか……?」
ゆっくりとした足取りで近づいてくる漆黒のシュタールリッター。その姿は、ジャックが乗っているパンドラの完成当時の姿ととても良く似ていた。
現在量産されている《ミョルニル》とは一線を画した細い四肢と胴体には、所々に角のような装飾が施され、そこを基点に金色のラインが走っている。腰部側面に装着された鞘には、その細腕で扱うには似つかわしくない長大な剣と、刺突を主目的に据えられたと思える三角すい状の槍に近い武器が収まっている。直線的なフォルムで構成されたそのシルエットは、パンドラと比較すると雄々しく感じられた。
『ワタシの親衛隊として創り出した機械人形の黒騎士。彼専用のシュタールリッター《エピメテウス》だ。設計計画で言えば、ちょうど《パンドラ》と兄妹騎といえる。これ以上の処刑人はおるまい――全力で戦ってくれたまえ』
笑みとともに、老賢者は指を弾く。
『――ジャック!』
「マリア、無事か!?」
『はい……』
苦々しい表情を浮かべる少女に、ジャックは不思議そうな表情を向ける。
「どうしたんだ?」
『また……私は、肝心な時に……』
「マリア……?」
『――ううん、何でもない。今は、目の前の敵を倒す事に集中して』
スピーカーでも出せないボリュームで何かをボソボソとつぶやいたかと思ったら、涼しい顔で自己完結をする少女を、しばらく疑問符を頭に浮かべて見つめるジャック。
「マリ――」
『ジャック、来ます!』
口にしかけた少女への問いかけを打ち消すように、強烈な斬撃がパンドラへと繰り出される。
エピメテウスが振り降ろしてきた想像以上の速さを持った長剣を、振り上げたクレイモアで受ける。
「重いッ!噴射装置を併用しているのか!」
『陛下から賜った最高の騎体、そうやすやすと倒せるなどと思わないでください!』
カシャン、と乾いた展開音。
「何ッ!?」
直感で敵の狙いを悟り、ジャックは鍔迫り合いをしたままの騎体を噴射装置を使って強引に右へ平行移動させる。
直後――展開された左腰部装甲から射出された鎖付きの銛が寸前までパンドラのいた場所を風切り音とともに通過していった。
「ふぅ……暗器とは、親衛隊にしては姑息だな」
『ワタシは騎士などという華々しい道など元々歩んでいません。陛下の陰となりて、確実に賊の息の根を止める事こそがワタシの使命』
合わせていた刃が離れ、たたらを踏みそうになった騎体をぐっととどめ、腰から引き抜いた鎖付き銛を鞭のようにふるうエピメテウス。鎖の奏でる荒々しい音色が静かになったコロッセオに響く。
鞭の攻撃範囲から離脱したパンドラは、牽制とばかりに残しておいた投擲用ショートソードを二本投げる。
『近接戦闘に重きをおきすぎれば、距離をとった時の攻撃は自ずと貧弱になるもの……』
鞭を握る手首のスナップをきかせ、エピメテウスはショートソードをたたき落とすどころか絡めとってしまった。
『相手からの貴重な武器の贈呈だ。もらわないわけには――』
余裕な口調は、爆発音によって封じられた。
もうもうとあがった煙に、油断なくクレイモアを構えてエピメテウスの不意打ちに備えるパンドラ。
『――ハッ、ジャック!真上です!』
彼女の言葉を信じ、視認するより先、勘を頼りにして最後のショートソードを投げる。
『フッ……同じ物を三度も見せられれば、手の内もよめる!』
「何ッ!?」
ジャックが驚いたのは、自分の攻撃手段が読まれていたことではなかった。
晴れ始めた砂煙のさらに上。何の足場もない空中から落下してくるエピメテウスは、噴射装置の力だけでパンドラの放ったショートソードを回避して見せた。
それどころか、さらに噴射装置を噴かして作った推力を上乗せし、初撃を遙かに上回る強烈な一撃をくりだしてきたのだ。
『残念でしたね。空からの急降下が自分の専売特許とでも思っていましたか?あの程度、騎体特性をつかんでいれば造作もないこと!』
「クッ……ッ!」
たまらず、噴射装置で後退するパンドラ。
あの一撃の威力は、生半可な防御などお構いなしに突き破ってくる。下手に鍔迫り合いを演じようとしても、剣ごと叩き折られるか最悪腕まで破壊されてしまう。これ以上、貴重な装備を消耗する訳にはいかない。
攻撃が当てられない事を悟った黒騎士は、振り上げていた剣を持ち直させつつ、エピメテウスを静かに着地させた。
『先ほどから逃げに徹している……騎士というのは腰抜けの集まりのようですね』
(見え透いた挑発などに乗るものか)
心中で反論しつつ、現状を確認するジャック。
騎体自体に損傷はないものの、正門での戦闘で使い続けた噴射剤の残りがかなり少なくなっている。急旋回や制動には余裕があるものの、急上昇などはできて一度だ。それも、満足な高度など得られないだろう。
次、携行してきた武装。
投擲用ショートソードは完全に使いきった。
手元に残った遠距離攻撃のできる兵器は、ショートソードより小振りな投擲用の針――ピックが五つ。しかし、シュタールリッター相手に有効とは言い辛い物だ。
近接兵器としては、クレイモア一振りと、バスタードソード一振り。
対して、エピメテウスはどうにか鎖を破壊できたものの、まだどこに武器を隠しているか分からない。先ほどのを見る限り、両腰に下げた大小の剣だけが全ての武装とは思えない。
『どうしました、この程度で終わりではないでしょう?』
余裕しゃくしゃくな様子で大振りな剣――本来は両手で扱うツーハンデットソードを右手で軽々と振り回すエピメテウス。
「…………」
『――時間稼ぎでですか?ならば、その暇すら奪い取りましょうか』
ヒュン、と軽い投擲音。
とっさに騎体にステップを踏ませて回避をするジャック。背面を映すモニターで、飛翔物の正体を確認する。
「これは……円盤?」
『どうやら、円形の刃物みたいね』
いつの間にか照明の灯がいくつか落とされて薄暗くなった闘技場に、二つ、三つと円盤が投げられていく。
しかし、回避運動の間隙を縫うように投擲されたそのどれも、パンドラの装甲を削る事はできなかった。
「この程度、造作もない」
舞踏のように繊細な足運びと噴射装置の併用によって円盤を避けつつ、エピメテウスとの距離を着実に詰めていくパンドラ。
一歩、二歩、と足を進める度に、投げられる円盤の数も確実に増えていく。
そして――ついにクレイモアが届く範囲へたどり着いた。
「この距離なら投擲もできまい。黒騎士、覚悟!」
横薙ぎにクレイモアを振るうパンドラ。
しかし、必殺の一撃を右手のツーハンデットソードで受ける黒騎士の口元には微かな笑みが浮かんでいた。
『なんと分かりやすい行動。まさか、陛下のお眼鏡にかなったという男がこの程度とは……〝ダンスマカブル〟!』
キーワードを口に乗せると同時に、空いてる左手を堅く握るエピメテウス。その拳を、ゆっくりと後ろへ引いていく。
黒騎士はすでにパンドラなど眼中にない。彼の視線は、すでに役目を終えた筈の円盤へと注がれていた。
『ジャック!さっき避けた円盤が!』
「何だと?――くッ!」
思いも寄らぬ背後からの攻撃に、驚きつつ悔しそうに目を細めるジャック。
通常のリッターであれば装甲を削る程度のダメージしか負わない円盤の攻撃も、元々装甲の薄いパンドラにとっては十分すぎる威力を持つ。
しかも――
『……噴射剤タンクに異常!今の攻撃で亀裂でも入れられたのかも!』
マリアの鬼気迫る叫びに、ジャックはギリッと歯を鳴らす。
ただでさえ残り少ない噴射剤に、時間制限までついてしまった。
もしも噴射剤が底をついてしまえば、機動力以外にも斬撃の威力強化に噴射装置を使っているパンドラは勝利する術を完全に失ってしまう。
「マリア、全周警戒!」
『はい!』
先ほどまでの勝利の雰囲気はとっくに消え去り、防戦一方に立たされた。クレイモアとバスタードソードの二刀流で、あらゆる方向から襲いかかってくる円盤をいなし、はじいて、どうにか騎体への直撃だけは避けようと足掻く。
しかし、噴射装置の効きがどんどん悪くなっていく。踏み出す脚が、剣を振るう腕が目に見えて遅く、重くなる。まるで、騎体が大地に縛り付けられていくような感覚が、ジャックの焦燥感を否応なく煽りたてていく。
「くそっ!」
目の前に立つ敵へ一太刀浴びせようと脚を動かすが、縦横無尽に飛び回る円盤たちが、まるで結界のように行く手を阻む。
後ろも左右も、抜け目なく円盤が周回している。
前後左右どころか、頭上や股下からも飛んでくる円盤が、ついに二刀の防御を抜け、パンドラの装甲を削り始める――
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