第4話 門前の攻防Ⅲ
「くっ……!」
吹き飛ばされた衝撃に歯を食いしばって耐えながら、噴射装置を一瞬噴かして崩れかけた騎体を直す。
体勢を立て直した騎体のすぐ後ろから振り降ろされた剣の風切り音が聞こえ、冷や汗が背中を滑っていく。一瞬の操縦ミスが即座に致命傷に直結する状況の中、必至に集中を持続させていた。
モニターは、周辺のそこかしこに敵部隊のリッターが倒れている様を映している。
まるで青い絨毯でも敷かれたかのような光景を作るガベルの一団は全騎、内部駆動系への攻撃によって行動不能にされているのだ。
これも、巧みな操縦技術と、禁忌の地を巡る旅で手に入れた鉱石を加工した矢じり、そして、その矢を射るべく友が死に際に託した弓を改造したクロスボウの賜物だった。
しかし、そのとっておきも、もう最後の一つを使いきってしまっていた。
「ありがとう、エルト……」
矢の切れたクロスボウを地面に落すと、おそらくまた不安そうな顔をしているだろうマリアに向けて軽口をたたく。
「どうにか、二対一まで持ち込んだが……ずいぶん減らしたな。もうすぐ終わるからな」
『はい』
返答の声に淀みや疲れが感じられない事を確認しつつ、足下にうつ伏せに倒れたままの敵騎の背面に装着された小型ダガーを二つ、抜き取りざま正面の敵へ投げる。
うおッ!と驚く敵搭乗者の声が聞こえるように、明らかに狼狽えた様子の敵騎。
しかしそれも一瞬の事。左右の肩部に一つずつ装備された可動式の自動防御爪が、向かってくるダガーを確実にはじき落とす。
「せいッ!」
ダガーを投げると同時に走らせていたパンドラが油断した敵騎に肉薄し、すぐさまクレイモアで一閃。とっくに刃こぼれしていた剣は、華麗に斬るというより無理矢理めり込んでいくような力業でもって、がら空きになった敵騎を腰部分から両断した。
『疲労もしているだろうに、よく動くな』
残った最後の敵騎――それまで相手にしていたガベルとは異なる鈍重そうな見た目とサンドカラーを基調とした色合いを持つ騎体――から、しゃがれた声で賞賛の言葉が送られてきた。
「驚いた。新兵ばかりかと思っていたら、貴方のようなお年の方もおられるのですね。それにしても、ハルパーとは……ずいぶんと旧式な騎体を使う」
『いちおう、教導官という立場をやっているのでな。……いやはや、まさか我が国にこれほどの猛者がいようとは……ジャック・L・マーズ君?』
かまを掛けるつもりなど全くない確信に満ちた口調に、ジャックも思わず苦笑交じりになってしまう。
「はは……さすがに反逆者ともなれば悪名はとどろいてますか……」
『その悪名と、実態はずいぶんかけ離れているようだがの。ここまで苛烈な戦いをして、私の鍛えた生徒たちが誰も命を落としていない……』
「人が死ぬのは、つらい事です……今までの出来事から俺が学んだのは、その当たり前な事実でした」
『……惜しい、実に惜しいぞ。その力が帝国の力として振るわれたならば、どれほどの命が救えたのか……』
忘れていた訳ではない。今こうしている間にも、西の平原では帝国軍と共和国軍の兵士が血で血を洗う戦いを続けているのだ。しかし、いや、だからこそだ。戦い終わって帰って来る彼等がより自由に生きる為にも、この襲撃は成功させなければならない。
「……俺は、俺の信じるものの為に進みます!それが、この国をより良くするはずです」
『若さ故の過ちにしては、ずいぶんと大それたホラを吹く。……よかろう、ワシが一命を賭して、貴様の覚悟を試してやろう』
話は終わりだ、というように、背部ハードポイントに装着されていた漆黒のショーテルを抜き放つハルパー。アーチを描く黒い剣身が、まるで悪魔の角のようにも見える。
『戦場にて多くの敵兵の血を吸った我が刃の一撃。しかと受けてみよ!』
「二本のショーテル……騎体色で気づくべきでした。まさか、貴方があの「荒野の黒山羊」ですか……」
『二つ名など既に過去の物だ。今のワシはただの教導官にすぎぬ。もしもあの世で、戦地で命尽きていった者たちに会ったら、反乱に加担して国力を浪費させた己の行いを侘びるがいい!』
雄叫びと共に二つの刃を構え、突撃をかけてくるハルパー。防御力に重きをおいた旧型騎の外見に似合わず、その機動力はかなりのものだ。おそらく、噴射装置の設置など、様々な改良が行われた結果なのだろう。
「詫びるのは俺ではありません!この戦争を始めた者たちです!」
左右から挟み込むように振るわれた二つの牙を、クレイモアと、即座に抜きはなった小振りで取り回しやすさに秀でたグラディエーターで間一髪防御するパンドラ。
「くっ……!」
『ジャック。設計時期が古いリッターは単純な基本構造しか持たない分、力では現行騎種に勝るわ。現行騎と比較しても脆弱なパンドラでは、分が悪すぎる』
「わかっている。しかし、ここで敵騎を消耗させなければ、外の仲間たちに甚大な被害が……」
『フン!口だけは達者なようだが、肝心の腕が伴わぬようだな!』
ギギギ、とパンドラのフレームがハルパーの剛力に屈するように悲鳴をあげる。
「まだだ。まだ堪えてくれ!パンドラ!」
『……何とかやってみる』
ジャックの声に答えて、瞼を閉じるマリア。徐々に苦悶に染まっていく表情に、ジャックは再び声をあげる。
「待つんだ!」
しかし、制止の声は届かなかった。
彼女は今、パンドラとの間でやりとりしているマイクローゼの量を自らの意志で引き上げているのだ。リッターとの適合係数が上がってしまった管制人格となる人間が行使できる能力の一つであった。
しかし、渡すマイクローゼの量を増やせばその分マリアの肉体にかかる負担も加速度的に増していってしまう。
「だめだマリア!それをしては、君の体が……」
『もう力押ししか状況を打開する策が無いわ』
全身を襲う苦痛を堪えて発せられた言葉を合図に、状況は一変する。
ギイン!と鈍い音が左右で同時に響く。
「ぬっ!?」
目の前で展開された光景に、幾多の歴戦をくぐり抜けた老兵は思わず目をむいた。
左右から挟みこむ刃に当てられていた大小二本の剣。
パンドラの両腕に宿った異常とも言える出力は、防戦一方に回っていた剣でショーテルを軽々と押し返す。
さらに、それだけにとどまらず、勢いよくハルパーの両腕を跳ね上げたのだ。
「ば、馬鹿な……」
錬金術と魔術の塊であるシュタールリッターの能力を完全に制御し、発揮する為に調整されたシステム――資料として目を通していた管理人格の力を実際に肌で味わい、その底知れぬ力に思わず距離を取るハルパー。
「まさか、この歳になって臆する事があろうとは……これほどの力が秘められていようとはな……」
背中を伝う冷たいものを感じて、苦々しく言葉を吐き出す老兵。
その双眸が、さらなる苦渋に細められる。
ガキン!ゴゴゴゴゴゴゴゴ……
重々しい作動音と共に、巨大な歯車が久しぶりに動き出す音が集音マイクを通じて彼の耳に届いたのだ。
「扉が……開いていく、だと!?一体誰だ!!」
過去の苦い記憶が脳裏によぎり、荒々しい怒声が最大音量で響き渡る。
「「「おおおおおおおおおっ!」」」
扉の開かれる時間も惜しく、できた隙間に身体を滑り込ませるようにして入ってきた三つの巨大な影。
「何!?リッターか!?グウッ!!」
驚愕に意識が支配されている僅かな時間で、勝敗は決していた。
すばやく滑り込んできた三人の巨人――スキア族の勇者たちが、瞬く間にハルパーをねじ伏せ、地面に倒していたのだ。
いかに出力に優れていようと、自身と同じ身長を誇る巨人三人に組み付かれれば、さしものハルパーもひとたまりも無い。
『助かった。ありがとう』
「無事で何よりだ。いやあ、話の分かるヤツはいるもんだな!!」
『……?何の話だ?』
がはは、と頭を掻きながら大笑する巨人と対等に話すリッター――その光景を見上げる老兵が、呆然とつぶやいた。
「こんな事……ワシは夢でも見ているのか?」
『夢ではありません。現実ですよ』
これを帝国全員の日常にしようと俺たちはここに来ました、と話す漆黒のリッターは、心なしか胸を張っているように見えた。
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