第6話 巨人 対 鋼鉄騎士


(なかなか、やるじゃないか)

 再び浴びせられる矢の雨を肩部に接続された可動式盾で防ぎながら、グリッドは自然と口角があがるのを感じていた。

 今まで何度もあった、突撃しか能がない弱小部隊を鋼鉄騎士の力でねじ伏せる一方的な虐殺ではなく、体格差を補うために編み出された工夫を凝らした戦術を攻略するという思考の遊び――いわば知恵比べができる。

 そして、小さい頃に枕元で乳母から子守唄代わりに聞かされていた数々のおとぎ噺から抜け出てきたような巨人と戦える事が、彼の幼少期にやどった英雄願望に火をつけていた。

「各騎、手を出すな。巨人の首は自分がとる!巨人よ、もっとも優秀な者を一人選べ!一騎打ちだ!」

 侵入者側の攻撃が止んだと同時に片手で握っていた槍を両手で持ちかえ、半身の姿勢を取る。

『昔ながらの突撃戦法か。騎士ってヤツは頭が固いのかねぇ……』

 やれやれ、と肩をすくめる隊列中央に陣取る黒髪――ヤマンチュールの男の声を、集音マイクが拾い上げた。

「そう侮れるものかな?使い古されるほど使い込まれたこの戦法、容易く破れるものではないよ」

 騎士とは元来、馬に乗る騎兵であった。その最大の武器は、言うまでも無く機動性――速度である。

 長所を最大限発揮するために編み出された戦法が、騎馬隊による一斉突撃なのだ。馬上槍と呼ばれる専用の巨大な槍を脇に抱えた騎士が騎馬の速度で走ってくる様は、対抗して槍衾をつくる歩兵たちにとって最大の恐怖であった。

 さらに、ここは広いとは言っても屋内の廊下だ。逃げる場所などあるわけがない。

 呼びかけに応じるように、ふらりと一人の巨人が前へ進み出て来た。

「行くぞッ!」

 必勝の確信を持って踏み込むグリッド。

 大きく屈んだ騎体が、バネ仕掛けのように巨人へ向けて飛び込んでいく。

「これで――」

『どっこい。終わりじゃねえんだよ!』

 突然襲ってきた衝撃に、思わずグリッドはモニターに顔面を強打してしまった。

「い、一体、何だ」

 痛て、と鼻を押さえて再度モニターを見つめた彼は、思わず目を疑った。

 モニターには、一人の巨人が映っていた。その表情は、絶望に支配された顔などではなく、勝利の笑みに口元を歪ませているのだ。

『ただ突撃してくるだけってんなら、こういう止め方もあるよなあ』

 巨人が盾を投げ捨て徒手空拳になった両手を使ってがっしりと捕まえているのは、接触寸前にゲイボルグが突き出した槍であった。

 たしかに、槍を突き出してしまえばそれ以上攻撃距離がのびることはない。しかし、理論的にはそうであっても、自分にむけて繰り出される刺突を臆する事無く冷静に見定め、その柄を握るという離れ業など、一体何人の騎士ができるものか。

「あり得ない……槍を突き出す、あの刹那を捉えたのか」

『そう難しいもんでもない。おまえさんたちの感覚に例えるなら、放り投げられた物をつかむ程度だ』

 やすやすと言ってのける男の顔は、虚勢など微塵も見られない。

「そうか、巨人の動体視力というのはまさに常識外ということだな。しかし――」

 カチリ、と操縦桿の横についたスイッチを押す。

 直後、明らかな変化がおきた。それも、巨人が掴まえている槍から。

 籠もった破裂音がした直後、すっと後ろに下がるゲイボルグ。その手には、幾分か短くなった槍を握りしめている。

「せいッ!」

 背面の噴射装置の加速も加わった強烈な一突き。

 一瞬呆気にとられた巨人はしかし、防衛本能が勝ったようで、手にしたナイフほどの長さになった槍の先端を逆手から順手に握り直し、猛烈な速度で迫る鋼の騎士とつばぜり合いを果たす事に成功した。

『なんて珍妙な武器だ。先だけすっぽ抜けるなんてな』

「一人を串刺しにする度に槍を抜いていては、隙を自ら作っているようなものだからね。技術は進歩しているんだよ。それにしても機転が良くきくじゃないか……だけどね」

 操縦桿の横についたボタンを再び押し込みながら、今度こそ勝ちを確信していた。

 パイロットの操作に反応し、今度は刃と柄の接続部分が花弁のように広がる。

 直後――発射された幾本もの太い針が巨人へ襲いかかった。


「うおっ!?」

 完全に不意をつかれた。

 後ろの仲間達を庇っている今、避けるという選択肢は最初から捨てている。

(思い返せば、槍のわりに太い柄だ。中に何かを内蔵していてもおかしくはなかった。完全に自分の油断が招いた結果だ)

「ぐぐっ……」

 まるで剣山に押し倒されたような痛烈な痛みが胸板を襲う。背中の方からは痛みを感じないということは、胸から入った針は自慢の筋肉でしっかり受け止めたということだ。

 丈夫な針だ、と苦し紛れに笑ってみるが、口はわずかに動いただけ。全身のかすかな痺れもそうだが、どうやらただの針ではなかったようだ。

「アルゲル!」

 仲間の――オルソーの悲痛な叫びが耳に届いた。ヤツには、アマツたちの護衛を頼んでいるが、どうやらまだ健在ということは、あの人間は本当に一騎打ちを仕掛けてきたようだ。

 生真面目なヤツだ、と一瞬相手に思考を傾けるが、すぐに仲間を思って声をかける。

「大丈夫だ。心配むよ……ぅ……」

 気丈に笑って見せようとするが、口から出たのはまるで枯れ木の折れるような乾いた音だった。

 がくり、と体勢が崩れそうになるのを、どうにか踏ん張ってこらえる。と、下を向いた目に、おびただしい赤が飛び込んできた。

 鋼鉄を磨きあげた床に、ぼたぼたと落ちる赤い水。それは紛れもない自分の血だと気づけたのは、痛みに混じって感じる、腹の上を液体が流れる感覚があったからだ。

『ははっ、さすがに突発的変化じゃあ対応できなかったみたいだね。暴徒鎮圧用だけど、十分効果的だ』

「く、くそっ……」

 鼓動に合わせるように噴き出し、流れる命。呼吸が肺にたまった血で満足にできず、せき込むと口からは唾の代わりに大量の血が床にまき散らされる。

「まだ……まだ、負けちゃあいねえぞ!」

 意識が遠のき始めるが、最後の力を振り絞って、一歩を踏み出す。

 足を床に下ろすたび、廊下に血の足形がおどろおどろしく刻まれていく。

『一体何をするつもりかな?もうほとんど力の残っていない君が』

「当然……お前を倒すんだよ」

 霞がかった目を今一度カッと見開き、指を鉤爪のようにした腕を高く上に広げる。山で大白熊を脅した時の姿勢のままつんのめるようにして鋼鉄騎士ににじりよる。

『な、なんのつもりだ!そんな身体のどこに……』

 グサリ、と腹を貫いた槍の痛みは感じなかった。さっきまでのおどけた様子だった相手が、見る影もなく怯え、慌てている。その様がまさに自分の勝利を確信させるものなのだ。

「雪山ではなぁ……ビビッた方が……負けなんだぜ?」

 相手の腰に回した両腕をしっかりと組み、そのまま後ろにブリッジの要領で倒れ込む。

『は、はなせっ!はなせぇぇぇぇ!』

「あばよ……」

 昔、山の主たる大熊様から習った荒技だ。これで倒れねえ奴なんて見たことがない。

 そのまま、相手の頭だけを地面にたたきつけ――。

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