第10話 マイクローゼの真実
「ここか!牢屋は!」
ぜいぜいと息を切らせながら、アマツは叫んだ。
目の前には、シュタールリッターが通るために作られたかのような、巨大な門が鎮座している。
背後から石造りの壁に反射して聞こえてくるのは、大勢の兵士が立てる硬質な金属音。
「くっ……すまない」
背後を任せた巨人が最後に見せた後姿に、哀悼の意を表する。
守備隊長と彼が率いる部隊を巨人たちの犠牲によって辛くも退けたものの、それから先は、まさに仲間の血で道を作るような有様になってしまっていた。各所から集結してくる守備隊たちから逃げ回り、時には不意をうって攻撃を仕掛け、敵がひるんだ所で再び逃走に転じる。巨人たちやヤマンチュールの弓兵たちの「先に進んでください」の声援を背中で浴びながら。そうしてついに、解放軍リーダーたちは目的地――賢人たちが繋がれている牢獄へとたどり着いたのだった。
残る障害は、眼前の長大堅牢にして豪奢な装飾を施された一枚の石扉のみ。
「アマツ、鍵穴や開閉装置どころか、取っ手らしきものすら無い。一体、どうやって開閉しているんだ……?」
扉である必要性すら疑うようなヤシロの分析結果に、アマツは獰猛な笑みとともに答える。
「要は力ずくで開けろって事だろ?単純じゃねえか。スキア族の皆、頼むぜ!」
「「おう!!」」
突入したときは多かった巨人たちの大きな影も、いまや二人――族長ポデスと、参謀オルソーしか残っていない。
両側から進み出てきた巨人たちの背中には、べっとりと血がついている。
それは、彼ら自身からでたものではない。背負ってきた仲間から流れ落ちたものだ。
黒く固まり、入れ墨のように張り付いたその血に報いる為に、疲れた身体にむち打って全身に残ったすべての力を双腕に込める。
「「ぬうううううううん!!」」
ゴ、ゴゴゴゴゴ――。
普段なら、鋼鉄騎士の力を持って開けているのであろう扉が、生身の巨人たちの渾身の力によって開かれていく。
「早く中へ入って!すぐに扉を閉めるんです!」
敵のシュタールリッターはほぼすべてジャックや巨人達が倒してくれているはず。もし、あり得ない話ではあるが、人間によって開ける事が出来ない構造なのだとすれば、この扉は自分たちにとって何よりも硬い防壁となる――秒速で思考を巡らせたヤシロの号令に、全員が中へと転がり込んだ。
体勢を整えて立ち上がる皆の耳に、再び石同士がこすれあう音が入ってきた。
「中からは開閉できるようになっているのか……普通逆だろ?これが本当に牢屋なのか?」
首をコキコキと鳴らすオルソー。
「…………」
「おい、どうしたよ?黙っちまって――」
全員が無言のまま、足音もたてない事に不思議がりながら振り返る。
まず目に飛び込んできたのは、、白と金だった。
牢屋というから、薄暗くて狭い部屋がいくつも並べられ、やせ細った囚人たちが怨嗟の声をか細くあげている――そういった思いこみを破壊するには、純白に磨きあげられた壁と、そこに黄金の線で描かれた見事な絵は十分すぎた。
さらに、壁には一目で相当な名画とわかるほどの絵が数枚かけられ、壁際におかれた台――これも装飾や彩色が施されている――の上には、立派な石膏作りの彫刻がおかれている。
視線を下げると、真っ赤な絨毯の上に、いくつもの椅子が置かれている。そこには、何かがもぞもぞと身じろぎしているようだ。
「こ、こりゃあ一体……」
答えを求めて、足下へ目を向けると、絨毯の上で固まったままのアマツの姿があった。
「おい、アマツさんよぅ。ここが本当に牢屋なのか?どう見ても応接間だぜ?」
「ええ……間違いありません」
くい、と眼鏡の位置を直して口を開いたのは、ヤシロだった。
「椅子の中にいる人を見てください」
「人……?」
ヤシロが指さしながら歩いていく方にある椅子――純白のソファーを凝視する。
白く柔らかな中に埋もれるようにして手足をばたつかせているソレは間違いなく――。
「赤ん坊じゃねえか」
周りにある椅子をよくよく見てみると、そのどれにも小さい赤子が置かれていた。どの子もうれしそうにきゃっきゃと笑い声をあげており、泣いている子供が一人もいない。そのことが逆に不信感をかきたてる。
「この子供たちは……一体……」
「マイクローゼを注入された反乱の首謀者たち――その、なれの果てです」
ヤシロは一人の赤子を抱きかかえると、その顔をまじまじと見つめる。
「はぁ?マイクローゼって、マリア嬢ちゃんが冒されてる病気の元だろ?なんでそれで赤ん坊になっちまうんだ?」
「ずっと考えてきたんです。帝国軍が作るシュタールリッターの装置として育てられた子供たちと、仲立ちをする謎の液体マイクローゼについて。マイクローゼは、摂取する事でいろいろな恩恵を受ける代わりに、寿命を縮めるといわれています。しかも、大きな街なら路地裏に行けば、手に入れるのは難しくありません。もちろん、大金と引き換えになります。しかし、領主たちの私兵たちも大がかりな取り締まりをしてはいませんでした。適合しない人間が飲んだら死んでしまう危険があるにもかかわらず、です」
「それは、そこの領主が怠け者だったからじゃねえか?」
「人間の世界では、人頭税といって、領民の人数分だけ税を搾取できるのです。自分たちの富を最優先する大多数の領主たちが、それを妨害する輩を見逃すとは考えられない」
「自分の金を横取りするような輩を見逃す領主か……たしかにおかしいな」
「はい。では、領主たちが無視していたのはどうしてか……それは、マイクローゼを流通させていたのが彼らを統括する存在、すなわち、皇帝自身であったからだと私は思うのです」
大胆というより突飛な推測に、全員の目が点になる。
「ちょ、ちょっと待てヤシロ!そいつはいくらなんでも無いんじゃないか?」
一番に異議を唱えたのはアマツだった。
「流通を見逃していた領主たちがそのままマイクローゼの売人から金を受け取っている可能性は無いのか?人頭税以上に金が支払われればどちらにしても問題ないんじゃないのか?」
「その可能性はもちろんある。だが、そもそもその説には決定的に欠けているものがあるんだ」
「欠けているもの?」
「ああ。マイクローゼの入手経路だよ。マイクローゼは自然の沼や洞窟に溜まっているわけじゃない。帝国が組織的に製造している」
「その根拠は?」
「原材料が見つからないんだ。元々あるものを加工すれば手に入るのなら、材料自体が高値で取引されていてもおかしくない。しかも、マイクローゼ自体が最近の錬金術師たちの研究で見つかったとされている。最近流通量が増えり、値段が高騰した品物を探していけばマイクローゼの原料を特定することは難しくない。だけど、旅の途中で寄ったどの街や村でもそんな物はなかった。どれくらい広域を探したのかは、アマツ自身が良く分かっているだろ?」
ヤシロの筋の通った反論に、アマツは唖然とした。
「お前、そんな事してたのか……」
「少しでもジャックとマリアちゃんの目的に近づこうと、自分なりに考えていたら出た結論だよ。でも、なんで皇帝がそんな事をしているのかまでは皆目見当もつかないけど」
『では、ワシ自らが語ってやろう』
突然部屋に響き渡った聞きなれぬ声に、全員とっさに武器を構えて周囲を見回す。
『ハッハッハッハ、標的自ら敵の只中へ行くわけが無いだろう。キミたちには優秀な殲滅部隊を送ってある。そこの青年の見事な推察に免じて、命が尽きるまでの時間で、皇帝自らが語ってやろう』
「語る……一体何をだ?」
『マイクローゼを用いた進化――とでも題しておこう』
「進化だって?あんな危険な物が進化を促すというのか?」
半ば唖然としたヤシロのつぶやきにも似た問いに、皇帝はその通り、と肯定を返した。
『そもそもマイクローゼとは、環境浄化の際に採取した細菌にワシが改良を加えて生み出したものだ。その点、そこの青年の言葉通り、原料といったものは無いに等しい。強いてあげるなら、帝国軍研究所のビーカーの中身か』
「やはり、国が主導してばらまいていたのか……一体なんの為に!?」
『まぁそう焦るでない。マイクローゼの一般的に知られる効果としては、まず適応する人間には身体能力や免疫力の向上。さらに知識を増やすといったものもある。逆に適応できない者には猛烈な拒絶反応を示し、最悪死に至る……こんなところか』
皇帝の語り方に疑問を覚えたのは、ヤシロだった。
「一般的……?まだ何かあるのか?」
『うむ。そもそも、マイクローゼの適応するしないというのは、単にマイクローゼが長く生存できるかどうかの違いにすぎん。体内に入っただけでも多少の目的は果たされる』
「もったいぶらねえでさっさと言ったらどうだ?」
じれたアマツの言葉をうけて、しばしの沈黙の後に皇帝は再び口を開いた。
『ワシがマイクローゼを製造した目的、それは、人間の生態を知るため。マイクローゼは宿主となる者の脳へと寄生し、思考や知識など、様々な情報を収集していく。集めた情報は、すべてワシの元へと集められ、蓄えられるのだ』
「どうしてそんな事をする?必要な事なら国民に問いかけるくらい訳ねえだろうが」
『国を動かす指針というのもあるが、情報というのは、ワシにとって栄養にも等しい重要な物なのだ。もっとも、マイクローゼが増殖や活動する際に宿主の身体組織を消費してしまうので、無尽蔵に採れるわけでもないのが欠点か。しかし、増えに増えた大衆なら、かなりの期間ワシを満たしてくれるだろうな』
「やはり、この首謀者たちの姿は適合しすぎた結果でしたか……」
『そこにいる者たちは、姿は人間だが中身はマイクローゼの塊よ。動的平衡を保たせているにすぎん。都市でここまで進行した例はみられぬのが残念でならんよ。いうなれば、食べられる部分を残したまま手をつけられないような物だな』
「てめえは、この惨状を町でも起こそうってのか!」
怒号とともに抜いた肉厚の剣を天井に突きつけるアマツ。率いてきた者たちとの距離が家族のように近いリーダーである彼にとって、皇帝が行おうとしている事は自らの手で家族を死に追いやるのと同じに感じられたのだ。
『何か問題が?この国の――いや、この世界の民はすべてワシがつくりし駒にすぎん。どう扱おうととやかく言われる筋合いは無いはずだが?』
平然とした口調の皇帝に、さらなる怒りがこみ上げてくる。
「!放せヤシロ!」
「そう言うなら今すぐ投げつけようとしているその剣を置いてくれ。敵の中枢と直接会話できる機会などめったにないんだ」
「……ああくそ!ったく、ジャックの野郎はどこで油売ってやがるんだ!」
剣を床に捨ててなおくすぶり続けるやり場の無くなった怒りを大声にして吐き出すアマツに、意外な所から答えが返された。
『ジャック・L・マーズなら、ワシの目の前に居るが?』
「何だと!?」
『パンドラと試験体を使い、ワシが呼んだのだ。試験体の教育係を任せようと思っていたのだが、断られてしまったよ。全く、人間というのは理解に苦しむな』
皇帝の何気ない言葉に含まれた驚愕の内容に、ヤシロは目を見開く。
「試験体……マリアちゃんのマイクローゼを操作したというのか」
『この建物内部程度の距離であれば造作もない。そもそも、ワシが使う為に製造したのだぞ?操作できんでどうする』
「二人は、そこにいるのか!?おい、ジャック!聞こえるか!?」
皇帝のスピーカーを通して仲間に呼びかけようと必死のアマツの叫びは、皇帝の嘲笑によってかき消された。
『ハッハッハッハッ!滑稽にも程がある。今のヤツに何を言っても届く事はない!試験体が完全覚醒した今、パンドラの騎体内部は一変している。ワシが搭乗するためにな。人間が残る隙間など存在し得るハズがない!』
「アナタがシュタールリッターの開発を命じ、マリアちゃんたちをあんな風にしたのは、自分の為だというのか……」
『それがどうしたというのだ?……ああ、耳を澄ませたまえ。外は愉快な状況になりつつあるぞ』
「アマツさん!外から足音が!かなりの数です」
「何!?」
血相を変えて報告してくるバンシィ族の少女に、アマツは苦い表情をしつつ、弓矢をつがえる。
「全員、攻撃姿勢をとれ!扉が開かれた瞬間が勝負だ!」
『鋼で全身を覆った騎士たちに粗末な弓矢で立ち向かうか……今回の反逆者の命運ももう尽きるな。では、さらばだ諸君』
大笑と共に通信が切れ、牢屋に静寂が戻る。
弓矢を持つ者は照準を扉の合わさった隙間に定め、剣や槍を持つ者は射線を遮らないように隙間の左右で各々の武器を構えて、その瞬間を待つ。
(生きて帰って、今の話を皆に伝えねば!)
全員がこの一念の下、扉を凝視する。
「――あっ」
バンシィ族長マリィが、吐息にも聞こえる声を漏らす。
「どうした?」
「足並みが乱れたみたい。……剣戟音がするわ……」
「何?」
何が――と口を開こうとしたアマツの目の前で、超重量の扉が開かれていく。
その先に広がっていた光景は――
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