第5話 強制介入
「なんだ!まだ何か……ヒッ!」
部屋に戻るなり、最高責任者の酔った視線が向けられる。
しかし、自分に続いて部屋に入った人物の格好に、一気に酔いが醒めたようだ。
「アナタがデュッセル伯爵ですね?ワタシは親衛隊長の――そうですね、噂どおり、黒騎士とでもしておきましょうか」
「ハ、ハイッ!して、親衛隊のお方が一体どのような御用でこのような辺ぴな場所へいらっしゃられたのでしょうか!?」
酔った赤ら顔から一転、冷や汗で青くなった顔の伯爵と自分を視界におさめ、黒騎士は厳かな声で言葉をつむぎ始める。
「ワタシがこちらへ来たのは、現在この監獄に攻め込んできている侵入者についてです」
「そ、それは……」
「それを退けられなかったアナタたちを責めようというのではありません。むしろ逆なのです」
黒騎士の思いも寄らぬ言葉に、思わず目が点になった。
(退けられない事を見越していた……?しかし、ここに収監されているのは反逆の首謀者たちであったはず……)
そこまで考えが至って、ふとした疑問が沸いてきた。
(そういえば、自分は囚人たちの姿を全く見ていない……報告ではかなりの人数が収監されているにも関わらず、だ)
「では、皇帝陛下からの御言葉を伝えましょう」
僅かに顔を覗かせた疑問を黒騎士の一言で頭の片隅に放り投げ、最敬礼の姿勢を取ったまま皇帝陛下の御言葉に耳を傾ける。
「『ヴィクナスト監獄へ侵入したシュタールリッター《パンドラ》とその搭乗者を、地下決闘場へと案内する事。ただし、他の侵入者は確実に殲滅する事』以上です」
「「……は?」」
全く気に入らないが、伯爵と同じ返答を同じタイミングで返してしまった。
しかしそれも無理はないだろう。何しろ、侵入者を一部とはいえ監獄の奥深くへと案内しろと言っているのだ。それも、首謀者たちのみを隔離するように決定した皇帝陛下御自身が。
目的地である地下決闘場も、自分の記憶ではただの広い空間でしかなかく、何か特別なモノがあるわけでもない――この場所に異動してきた当初、内部見学の際に未完成だからと一度だけ入る事を許されたあの空間の印象はその程度でしかなかった。また、そんな部屋をわざわざ出入り厳禁にしている理由も長年引っかかっていた疑問だった。
全く不可解な言葉に混乱気味な自分の耳に、裏がえった返事が聞こえた。
「……ハッ!了解いたしました!!」
驚きに一瞬崩れた敬礼の姿勢を整えなおし、すぐさま表情を引き締める伯爵。ここら辺の振る舞いはこの男から見習っておくべき数少ない点かもしれない。
「よろしくお願いします。それでは――」
ガシャガシャと音を立てながら踵を返し、部屋を去っていく黒騎士。そのどこかギクシャクとした動きを敬礼の姿勢のまま見送る自分と伯爵。
「聞いた通りだ。さっさと部下に指示を出しておけ」
足音が遠ざかって少し経った後、自分に目を向ける事も無く放言すると、再びワイングラスに手を伸ばす伯爵。
「……了解いたしました」
どうにか怒りに震える肩を抑えて敬礼をすると、今度こそ自分は酒のにおいが染み込んだ司令室を出て行った。
(暖かいな……)
少女は、心の中にともっている光を確かに感じていた。
目の前に背中を向ける青年に助けてもらったときに生まれた小さな篝火は、いまや少女の魂の原動力となっていた。
その象徴は、自身の銀髪につけられている。
半ば無意識に手を伸ばしたそれは、のびに伸びた髪を束ねる髪留めだ。羽根をモチーフに小さな鈴がついたそれは、目の前の彼から贈られたプレゼントなのだ。
思わず、人としての少女の顔に笑みが浮かぶ。
建物の中に入ってから、一行は敵拠点のまっただ中だというのに、緊張せず行軍を続けている。
それは、敵の応戦が予想よりも少ない事が要因だろう。自分たちのグループは敵の攻撃を全くと言っていいほどに受けていないのだ。しかし、正門付近で相手取ったリッターたちがこの広大な敷地すべてを警備できていたとは思えない。なにかしらの意図があっての事だと予測は全員が共通して持っているので、奇襲に対する警戒は怠っていない。
そして、もし何かがあれば――、
(私の力すべてを使って、ジャックを、みんなを、守るんだ!)
揺るがない決意を改めて固めた――その瞬間。
『こちらへ来い!』
突然起こった有無を言わせぬマイクローゼの奔流に、少女の意識は瞬く間に飲み込まれ、心の奥底へと封印された。
『――あっ……』
「どうした、マリア」
『――呼んでいるわ。私を』
突入班と合流し、監獄の異常に広い廊下をすすむパンドラ。後ろからの不思議な言葉に振り返ったジャックの目に入ったのは、焦点の合わない目を下に向ける少女の姿だった。
「マリア!どうしたんだ!?」
『呼んでいる……私を、あなたを……』
彼女の強い意志に反応したのか、それまで前進していた足を止めてしまうパンドラ。
『どうしたんだ?ジャック。騎体にトラブルでもおきたのか?』
「いや、そうではないんだが……マリア!正気に戻ってくれ!パンドラ!」
『呼んでいるわ、私たちを……』
『……』
同じ言葉を繰り返すマリアと、機能停止してしまったように無言のままの管制人格。
気にかけてくれたアマツの言葉にどう説明したものか悩んでいる間に、パンドラは進行方向とは全く別方向を向いてしまった。
『いったいどうしたんだ?』
「マリアが妙な事を言い出して……バンシィの人たちは何か聞こえなかったか?」
『これといって何も――正面!右角より駆動音ッ!』
『きやがったか!』
バンシィたちの素早い報告に負けず劣らずの速度で携行していた弓に矢をつがえるアマツ。
その前では瞬時にスキア族が隊列を移動させて前後方へ防御の陣形を組むと、携えていた巨大な盾を構えて脚を床に打ち込むように踏みおろす。
巨人の防御のすぐ後ろにはバンシィの少女たちが最前線の変化を逐一部隊に伝えるために控えている。
仲間たちが戦闘態勢へと移行していく様子を、ジャックはコクピットから見つめる事しかできない。
「くっ、こんな一大事に……俺は……」
操縦幹やペダルをいくら動かしても、まるで先ほどまでとは違う騎体のようにピクリとも反応を返してこないパンドラに手も足もでず、ただ歯がゆさに暴れだしそうな身体を抑えてモニターを凝視することしかできない。
四角い画面の中では、右に曲がっている通路から封鎖するように現れた敵のシュタールリッター《ゲイボルグ》と、反乱軍の戦いの様子が映っている。
ゲイボルグの数は四騎。対してスキア族の戦士の数は五人。数の上では有利な解放軍だが、リッターへの攻撃に使えるのがヤマンチュールのもつ弓矢だけ。一方のゲイボルグは全騎、標準装備である槍を構え、槍ぶすまを形成している。
『隙間に入れれば一発だ!撃て撃て!!』
ヤマンチュール族長アマツの号令一下、十人の弓の名手が文字通り矢継ぎ早に矢を射続ける。
しかし、槍を構えたまま動かないリッターたちはわずかな装甲の隙間を互いの盾で補いあっているため、そのすべてが弾かれ、無惨に床に転がった。
『チッ!そう簡単に通らせちゃくれねえか』
歯ごたえのある相手だ、と嬉しそうなアマツの声をスピーカー越しに聞いて、彼の獰猛な笑みがジャックの脳裏に鮮明に浮かび上がる。
「くそ……マリア、頼むから騎体の操作をこちらに返してくれ!」
『行かないと……あの場所へ……』
突如、激しい振動がジャックを揺さぶった。
敵の攻撃かとモニターを注視するが、相手との距離は縮んでいない。それどころか、規則正しい振動とともにどんどん距離が離れ続けている。
(これは……どこかに向けて走っている……誘導されているのか……)
考えてみれば、相手が最大戦力であるパンドラを狙おうとしなかった。いくら阻まれていると言っても、ロックオンすらしなかったというのは明らかにおかしい。
「これ自体が敵の策略か……ッ!」
先ほどまでとは違う悔しさに、思わず握った拳をふるふると振るわせる。
おそらく、一番の戦力である自分たちを引きはがし、その間に残りのメンバーを叩くつもりなのだろう。
しかし、と怒りに燃える思考に一つの疑問が浮かぶ。
(なぜ、あの場所だったのだろうか……?)
会敵した場所は、シュタールリッターが四騎横に並べるほどに広い。それより狭い場所は、この廊下というには余りに縦横に広く空間が取られた通路の前にいくつもあった。
わざわざこちらが万全の陣形を組める状態で挑まず、狭い横幅が広くなる場所で待ち伏せして、出てくる者を一人ずつ倒していった方がはるかに効率的だと言うのに。
(一体、なんなんだ……?)
とっくに見えなくなってしまったアマツたちの無事を祈る願いと、敵の不可思議な奇襲への疑問を抱えるジャックを乗せて、漆黒の巨人は下へと続く通路をゆっくりと降りていった。
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