第9話 黒騎士Ⅱ~銀の覚醒~
「何か、何か手があるはずだ……ッ!」
薄い装甲を円盤が削るガリガリと耳障りな音を意識的に聞き流しながら、俺は必死に頭をひねっていた。
ガリガリガリッ!――ガリガリガリッ!――ガリガリガリッ!
規則的な命を削る音。その間に数秒だけ流れる、静かな時間。
どこからでも飛んでくる円盤――そんな兵器、聞いたこともない。そもそも、本体から離れて行動する物を一体どうやって操作しているというのか。
眼前のモニターには、勝利を確信した余裕からか、まるで楽団を束ねる指揮者のような動きをするエピメテウスの姿が映っている。
『――ジャック』
窮地の中で、おごそかさすら感じさせる声に振り返る。
「マリア……ッ!?」
すぐ後ろで展開されていた光景に、思わず目を疑った。
操縦席に座るマリア。その全身が、銀色にひかり輝いていたのだ。
少女の身体を包む光――それは、俺にとっては絶対に忘れられない、忘れてはいけない輝きだった。
「マイクローゼの光!もう、そこまで悪化していたのか。マリア、心を静かに保つんだ。マイクローゼの侵蝕を少しでも抑えなければ――」
必死の訴えに、マリアはゆっくりと首を横に動かした。
『これは、私が意図的にマイクローゼを活性化させているの。こうすれば、あなたを守ることができるから――』
「何を言い出すんだッ!君が居なくなってしまっては、元も子もないじゃないか!」
『――もう、守られてばかりはイヤなの!!』
悲鳴にも似た叫びに、俺は呆気にとられてしまった。こんな必死な声をあげるマリアを見るのは、旅をしてきた中で一度もなかったから。
『いつもあなたは、私を守るために傷ついて、無茶をして……私なんかのために!もう、あなたを盾のようにして生きていくのはイヤなのよ!私も一緒に戦うわ!今までずっと守られ続けてきた分、今度は私があなたを守る!』
「何を言うんだ。俺は君が元に戻る方法を探して旅をしてきたんだ。それが、あと少しで叶うかもしれないんだぞ。それなのに、ここまで来てこんな――」
視界が、悔しさに滲んだ滴でゆがむ。自分の騎士としての力不足が、人間としての至らなさが、少女にこんな決断をさせてしまったのだ。
「俺は、君の為なら何もかも失ってももかまわない」
『私は、あなたを失いたくない!』
口を開く度に、どんどん銀の光はその輝きを増していく。まるで、残り時間の少なさを俺に分からせる為のように。
子供扱いすると不満げに俺を見上げていた瞳も、そのわりに軽く頭を撫でると満足そうに微笑む口も、光にとけていく。
『溜まってた事が言えてすっきりしちゃった。あ――もう、時間みたい』
悟ったような安らぎに満ちた声を発する唇の輪郭も、どんどん薄くなって行く。
その光景に、理論ではなく感覚で悟ってしまった。
「――俺は、過保護すぎたんだな。君の為を思ってしてきたことが、逆に君につらい思いをさせてしまっていた」
もう、止めても無駄なのだ。
これで、彼女と面と向かって言葉を交わす事ができなくなる。
「すまなかった。俺は、本当に、どうしようもない男だな……」
さらに、胸の中でもう一つ頭を下げる。
(最後の言葉が、謝罪になってしまって、ごめんな)
溢れる涙を拭って、まぶしさに目をいささか細めつつ、しっかりと光を見つめる。
もはやそれは、人の形をした光の塊になっていた。
全身が光に融けていく。
もう、痛みの感覚なんてとっくに消えている。
見えるのは、私のパートナーである青年だけ。
ああ、最後に、伝えなきゃ。
本当は、ちゃんと肉声でつたえたかったなぁ。
いつからか分からないけど、この想いはしっかりと私の中で根を張って、育っていた。
まるで、それまでの無感情と戦闘理論で支配された半生からの反動のように、強烈な想い。
でも、きっと口に出す瞬間までこの人は気がつかないんだろう。
それくらい、彼の中で「騎士と主」という関係は重要なんだ。
すぅ、と息を吸って、ジャックを見つめる。
目の前の騎士は、目から溢れる涙を拭い、まぶしさにも負けずに自分を見つめてくれている。
(泣かないで。あなたが泣いていると、私も悲しい……)
そう思っても、口には出せない。
残り少ない時間と声は、今、この時の為に残しておいたのだから。
『ジャック。私、あなたの事が――』
す――と息を吐き出そうとしたところで、意識は銀の光へと吸い込まれていった。
かすかな鈴の音を残して――。
「なんです……?」
とどめの一斉攻撃を仕掛けようとした瞬間、強烈な光が視界を白く染めあげた。
「閃光弾?させません!」
目くらましをする間に何か奇策を講じてくるのでは――これまで観察して分かった相手の機転の良さを考えると、あり得ない話ではない。
急いで、空中を舞わせていた円盤兵器――チャクラムを操る極細の糸を巻き上げる。
薄暗い中でこの仕掛けを見破る事は困難なはずだ。おそらく、遠隔操作の方法を知るためも兼ねた閃光弾なのだろう。
「舞いなさい!」
糸の収納口となっている手首を延ばし、複雑な軌道を通らせたチャクラムを漆黒の騎体めがけて引く。
白銀色の輝きに向かっていく十数個の円盤。
それを見ながら、ふと疑問が浮かび上がった。
(閃光弾にしては、長いですね)
帝国軍が使用する閃光弾は、奇襲の際に用いる事を想定した仕様の物が多い。そのため、強烈な光をだし続けるというのは珍しい。
――ピン!
鋼が断ち切られる音とともに、軽い衝撃が騎体を揺らす。
「何?――チッ!」
モニターに映る兵装一覧に走らせた視線が、思わず細まる。
『チャクラム一~一二…鋼糸断裂の為ロスト』
「ワイヤーが切れた?やはり何か小細工を!」
ようやく収まり始めた輝きへ、残った噴射剤を使いきる勢いで噴かし、腰部左右から抜剣しつつ突撃をかける。
(一撃の破壊力に勝るツーハンデッドソードと、威力を捨てて速度を優先したレイピア。特性の違う攻撃をどう捌きます?)
「でええええええええぃ!!」
大小の剣を大きく振りかぶったまま跳躍。遠距離からの攻撃への対抗策が無い敵騎の頭上へ舞い上がり、展開した右腰部装甲内から鋼鉄製の針を射出する。
幾本もの針――といっても一本ずつが人間の身長程の長さを持つ――が、闘技場へと降りそそぐ。
そんな中でも微動だにしない敵騎へ、落下の速度を攻撃力へ換えて二本の刃を振りおろした。
バキィ!
(この感触、間違いなく直撃――!!)
予想以上の手ごたえに、勝利を確信する。
落下した衝撃で舞い上がった砂が起こした煙が、ゆっくりとはれていく――。
「――何ですか!?」
光が完全に収まり、敵――パンドラの姿が露わになった時、思わず驚嘆の声をあげていた。
漆黒だった装甲は白銀を基調とし、所々に鮮やかな青が入っている。その形状も、光り始める前と違い、直線を主体とした構成の中にも、どこか女性を思わせる丸みが混在している。四肢の関節はそれが特に顕著で、前とは比較にならない程に複雑な曲面が合わさり、まるで人間の女性が騎士甲冑をまとっているかの様にも見える。背部に背負っていた大きな噴射装置は消失し、代わり鋼の板が一対装着されている。
頭部も、それまであった角は大部分が取り払われ、より人間のような顔になった。
そして、兜のようになった後頭部から伸びる一房の銀糸――その根元には、一対の羽と小さくて丸い鈴をかたどった飾りがつけられている。
「これは……一体……?」
呆然とさまよう視線が、さらにあり得ない光景を見つけた。
まっすぐ振りおろし、直撃の手応えと音を返してきた二本の剣。その刃が、まるでパンドラの装甲に傷をつける事をためらったかのように、銀色の装甲にそって削り取られている。
「装甲にめり込んだわけでも、衝撃で剣が折れたわけでもない……一体、何が起こっているというのですか……?」
恐怖に、たまらず距離をとる。
『すばらしい……ここまで進化を遂げるとはな』
スピーカーから聞こえる皇帝陛下のお声に、立場をわきまえずに聞き返してしまう。
「進化……で、ございますか……?」
『そうだ。マイクローゼと試験体の完全融合により、あの騎体の各所に仕込んでおいたブラックボックス――パンドラの箱が開かれたのだ。その結果、全身がマイクローゼを含んだ金属によってコーティングされ、試験体の思うがままに騎体を操ることができる――ワシが乗るにこれ以上適当な鋼の巨人はない!』
感極まり、呵呵大笑なさる皇帝陛下。
その様子と、渾身の力で打ち込んでいる刃が削れて行く様に、心にやるせなさが漂う。
「陛下。まさか、ワタシはこの為の……」
『ワシは、より優れたモノを求めている。それは良く知っているではないか』
口調は平坦だが、言外に潜む薄ら寒い何かをひしひしと感じる。
その感覚に、諦観も絶望も無く、一足飛びに突然悟ってしまった。
(あ、そうか。ワタシも「あちら側」になってしまったのですか……)
思い返せば、陛下に作られてからの途方もない時間は、常に針のむしろにいるようなものだった。
皇帝陛下の役に立つか立たないかという二元論の世界を、ずっと歩き続けてきたのだ。
同時期に作られた仲間たちより、一秒早く質問に答えた。それだけで自分は親衛隊の隊長に選ばれた。他に存在した二〇体以上の自分と同じ姿をした者たちはすぐさま廃棄されていった。
それから先も、陛下の振る舞いは変わらなかった。いくら同じ時間を過ごしていようとも、使えなければ処分していく。処刑人の役割は、いつからか自分が仰せつかるようになっていった。
自分の腰に帯びた剣は、あまたの逆賊の血を吸った。人間らしく振る舞う為に組み込まれていた感情は血の海の中でどこかに忘れてしまったのだろう。
『黒騎士よ、命令だ。その性能を遺憾なく発揮して、パンドラのコクピットを破壊しろ』
「承知しました。陛下の仰せのままに」
いつでも、自分の答えはこれ以外ありえない。
たとえ、相手が何であろうと。
命令の先に、避け得ない死が待っていようと。
「エピメテウス、ダイレクトリンケージシステム作動」
指示を出すと、すぐさまコクピット内の至る所からケーブルが延びてくる。機械人形である黒騎士を、文字通りエピメテウスの一部とするため、ケーブルが甲冑の隙間から接続されていく。
「パイロット保護機能カット。余剰エナジーを全て下肢および右腕のアクチュエーターに」
銀色のパンドラは、自分に何が起こったのかわかっていないのか、呆然と突っ立っている。
(狙うのは、今しかない)
残っていた暗器をすべてパージ。揃えてまっすぐに伸ばした指を腰溜めに構え、腰を落とす。
(貫手――コクピットだけを正確に貫くのであれば、これが最適解ですね)
エピメテウスの全身に配されたアクチュエーターを一斉に最大稼働。
ダン!と地面を踏んだ足からダイレクトに伝わってくる衝撃に、コクピットの中をはね回りそうになる全身をケーブルの束縛で押さえつけて、必殺の左掌を突き出す。
狙うは、パンドラの腹――その奥の空間にいる脱走騎士、ジャック・L・マーズ。
空気との摩擦で灼熱を纏う指先が、銀の装甲へと触れ――
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