第10話 春一番はかまいたち?
玄武様を鎮めてから四日目が経った。
相変わらず寒い日は続くけど、天狗様の言う通り雪は止んで、晴れ晴れとした空を久しぶりに見る事が出来た。
けれどもまだ風は強くて、寒い空気が突き刺さるってなもんです。
こんな日は道場でお稽古……といきたい所だったのですが、ここ最近、宗冬のおじ様たちがとても忙しそうにしていて、それどころじゃないみたい。
「お姉ちゃん、おじ様たち何を忙しくしているんですかぁ?」
「んー将軍様のご病気が重たいみたいでね。近々、
兵法披露というのはそのままの意味で、剣術や槍、柔道などの武術をお披露目する事なんだ。
ご病気が続く将軍・家光様を慰める為に催されるらしくって、それを提案したのが宗冬のおじ様なのです。
そのせいか、おじ様は他のお弟子様たちと一緒になって稽古を続けていて、門下生や私たちへの稽古は今の所はなしというわけ。
「……だからって、なんで人気のない川辺で稽古なんだよ」
道場で稽古できないなら他の所ですればいい!
という事で、私たちは天狗様も連れてあまり人の寄ってこない川辺で稽古をする事にしたのです。
当然、教えるのは天狗様!
「あぁ、全く。江戸につきゃ面倒くせぇ事から離れられると思ったんだがなぁ……」
「まぁまぁ、天狗様だってお屋敷にずっといるよりはいいでしょ?」
天狗様ってば、日がな一日、天井裏で寝てるか、お屋敷の屋根の上で日向ぼっこしてるだけなんだもの。
私たちがお勉強してる時もずーっとお昼寝。
そういうのはちょっとどうなのかなぁって思うんだよね。そりゃ天狗様は妖怪だし、他にやることもないし、お仕事もないかもしれないけどずっとのんびりしてるのって情けないと思う!
「日々の稽古で心身を鍛える事こそもっとも大切な事! これはお爺様である
「へい、へい、やりゃいいんだろ、やりゃあ……」
***
それからみっちりとお稽古を積んだ私は休憩がてらに川に足をひたしていた。
とっても冷たいけど、体を動かしてほてった今ならちょうどいい感じ。
あんまり長い時間つけてると流石に風邪をひいちゃうけど、気分転換にはなるしね。
「あ、虫! でかい!」
「あんまり遠くまでいかないでよー」
一方で、お竹もさっきまでは一緒に休憩していたのだけど、暇になったのか、それとも体力が有り余ってるのか、石や岩をひっくり返しては下で眠ってる虫たちを見つけて喜んだり、まばらに咲いている花を摘んで遊んでいた。
「元気なやっちゃなぁ」
「あはは! そうだね、私よりお転婆かも」
お竹ってはもっと小さい頃から活発でよちよち歩きを始めたのも早かったし、生まれてからずっと木刀や竹刀で遊んでいたぐらいだからね。
それに私も結構お竹を連れまわしていたし。
お父様もお仕事やお弟子様のお稽古がない時は私たちの相手をしてくれたもんなぁ。
「お転婆って自覚はあったのかよ」
「そりゃあ、女の子で木刀片手に走り回ってればね」
柳生の家っていうのも関係してるのかもしれないけど、そうじゃなくても私はたぶん剣術を習おうとしただろうなぁ。
だって、私もお竹も別にお父様たちから剣術をしろだなんていわれてないしね。私たちが自分からやりたいって言いだしたんだもの。
そう、好きでやってることなんだ。
「ねね、天狗様。天狗様ってひいお爺様に稽古をつけてあげてたわけだど、ひいお爺様ってどんな人だったの?」
「つけてねーって言ってんだろ……それに、石舟斎の奴だぁ?」
だって、ひいお爺様を知っている人はもうみんな死んじゃってるし、そうなると天狗様ぐらいしかいないんだもの。
私たち柳生が剣術で将軍様にお仕えするようになったきっかけを作ったお人、いうなれば私たちの原点だよね。
剣聖ってよばれたすごい人なわけだし、気にはなっていたんだよねぇ。
「何度も言ってると思うが、石舟斎の奴はあれだ。無類の剣術馬鹿だな。子どもの頃からずーっと剣ばかり振っていた。ま、それなりには強かったが、あいつはそれだけじゃ飽き足らなくてなぁ」
天狗様は何を思っているのか、じっとお空を眺めながら語ってくれた。
「あんまりにも剣ばかり振っている姿を見ていると、俺様も興味が湧いてな。やめときゃいいのに、ちょっかいを出したのが運の尽きだったな」
「じゃやっぱり、ひいお爺様に稽古つけたんじゃないですか」
「だから、やってねーよ。俺様としちゃからかってやろうと思っただけだ。びびって逃げ出すだろうと思ってたんだが、あの野郎、来る日も来る日も切りかかってきやがって……こっちも相手するしかねーだろ?」
なんだか話だけ聞いているとひいお爺様って変な人みたい。
普通、天狗様を見て切りかからないよね……あ、でも確か天狗様って悪さばかりしてたんだよね? だったら、やっぱり懲らしめてやろうって思ったのかな?
「だがまぁ、あいつが生きていた時代は戦国の世だ。しばらくは合戦に出たりして顔を見せなかったが、何十年か経って、どこぞの剣術家に弟子入りあとにまたふらった戻ってきてな。その時はもう四十路をこえた親父の癖に未だ剣の事で真剣に悩んでいる奴だった」
「それは知っています。確か、ひいお爺様のお師匠様だった
私たちが天狗様と出会った天石立神社でひいお爺様が修行していたのはそういう経緯があるからなのです。
そんな時に天狗様が現れて、ひいお爺様に倒された……って言うのが私たちが聞いた言い伝え。
この時、ひいお爺様は柳生の、ひいては新陰流の奥義であり
「だが、まさか村正で切りかかってくるとは思わなかったぜ。ったく、恨まれるよーなことはしてねぇんだがなぁ」
「でも、悪いことしていたんでしょう?」
「あ? あぁ、まぁ、なんだ。妖怪だって腹が減る。今でこそ封印されてるせいかそんな事はねぇが、俺だって生きてるんだよ。はぁ、昔はよかったんだがなぁ、人間たちは俺様にお供えものだってしてくれたのによぉ……」
がくりとうなだれる天狗様。
なんだか、妖怪の世界も大変なんだなぁ。
他の妖怪が何をやってるのかは知らないけどさ。
「でも、悪い事するのは駄目ですよ。ひいお爺様だって、そういう事するから天狗様を封印したんじゃないんですか?」
「けっ!」
あ、ふてくされた!
図星をつかれたんだ!
「封印してからは顔もみせねぇままくたばりやがるし、誰か来たかと思えば陰陽師の友景。何をやるかと思えば封印の強化だしよぉ……ま、色々あって今じゃお前らの所有物だがな。あぁ、俺様って本当にみじめな天狗だ……うぅ、かつては山の主だったってのに……」
今度はいじけはじめたよ……。
なんだかだんだんとかわいそうになってきたなぁ……。
「でも、ほら。あれじゃないですか。良い事をすれば封印だって解けるんですし。あぁでも、また悪い事したら今度は私たちが封印しますからね」
「わぁってるよ……さっさと俺様を解放してくれぇ……」
なんてことを言いながら天狗様はぐてーっと河原に寝転んで昼寝を始める。
あぁ、ダメダメだなぁこの人。
「きゃあぁぁぁぁ!」
その時、お竹の悲鳴が私たちの耳を打った。
「お竹!?」
私はすぐさま声のした方角へと走る。
「お、おぉぉ?」
天狗様を封印している小刀を持っているせいか、それに引っ張られるように天狗様も引きずられていくけど、私は構わず走った。
お竹は草花が生い茂る場所にいて、草むらの中でひざをついていた。
「お竹、大丈夫!」
「あ、お姉ちゃん……」
「何があったのよ、急に叫んで」
「う、うん、なんだかすごい風が吹いて……」
風? もう、驚かせないでよ。大方びっくりして倒れたって事かしら。
お竹に手を貸しながら、それでも一応は怪我がないかを見て回る。
ん? 右の袖口がすっぱりと切れている。私は袖をめくって、お竹の右腕を見て驚いた。
「あんた、怪我してるじゃない!」
「え? あ、本当だ!」
そんなに酷い怪我じゃないけど、右腕に小さな切り傷があった。うっすらと血がにじんでいるけど、浅いようでちょっと安心。
でもおかしいわね。こんなところで、こんな傷はできやしないと思うけど……。
「あ、じゃなくて違うのお姉ちゃん! これ」
「何よ」
傷の手当てをしなくちゃと思っていたのだけど、お竹はそれどころじゃないぐらいに慌てていた。
私の腕を引っ張りながら、お竹は草むらの中を指さす。
「あ!」
そこには一匹に赤い……違う、血だらけの白い猫が倒れていた。
ひどい傷、他の動物にいじめられたのだろうか。
「ど、どうしようお姉ちゃん」
「どうするって、放ってはおけないし……天狗様、何か薬とか術とかないんですか?」
「ねぇよ。準備が必要だ。それにしてもずいぶんと弱ってるな……傷の手当てをしてやらねーと死ぬかもしれねぇ。それにしても、こいつぁ、獣にかまれたとかじゃねぇな。刃物かなにかで切られたような傷だ……おい、お竹、お前の腕も見せてみろ」
天狗様は難しい顔でじっとお竹と猫の怪我を見比べていた。
「かまいたち……」
「え?」
「たぶん、これはかまいたちって妖怪の仕業だ……」
え、妖怪?
「しかし、妙だな……かまいたちの気配なんざ……」
「かまいたちってのがどういう妖怪なのかは知らないけど、いまはこの子の手当てが先だよ」
気にはなるけど、いまはこの子を助けなきゃ!
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