第3話 陰陽師登場!

「こ、この術は……!」


 地面に落っこちた天狗様は頭を押さえながら、真後ろを睨みつける。

 一方で、私たちはあまりにも色々な事が起きすぎて、目の前の出来事にもうまく反応が出来ない。


「やれやれ、法要のついでにと寄ってみれば……話には聞いていたがここまでお転婆だとは思いませんでしたよ」


 私たちが唖然としていると、神社の方角から真っ白な服を着た誰かが歩いてくるのが見えた。

 とっても身長が高くて、女の人のように長い髪はさらさらと真下に流れていた。真っ白な服は着物じゃなくてお坊さんたちが着ているような袈裟とも違って……そうだ、神官様が着る浄衣って奴にそっくり!

 その人は人差し指と中指を重ねて、シュッと真下に振り下ろす。


「んげ! この奇怪な術……お前、陰陽師おんみょうじだな!」


 天狗様の頭を見えない何かが小突いているようだった。

 それに、陰陽師ですって?


「お、お姉ちゃん、陰陽師って、何?」

「う、うん。確か、昔から鬼や妖怪を退治してたり、占いをしたりして、人助けをしていた人たちだって聞いたことあるけど……」


 今の江戸からさらに昔、平安時代に活躍した人たち。

 確か、安倍晴明あべのせいめいって人が一番有名かな? お芝居にもなっているって聞くし、今でもその人の子孫が陰陽師をやっているって聞いたことがあるんだけど。


「よくご存じですね」


 男の人はフッと小さく笑みを浮かべながら、天狗様と私たちを交互に見渡した。


「やぁ、初めまして。私は幸徳井こうとくい友種ともたねと申すものだ」

「こう、とくい……?」


 んん? どこかで聞いたことのあるような、ないような?

 幸徳井、幸徳井……駄目、思い出せない。でも、やっぱり聞き覚えがある。


「なに、知らぬのも無理はない。私の父は友景ともかげと申す。そして私の祖母は柳生宗厳様の妹君であらせられた。いわば私は柳生の遠い親戚にあたるものだ」

「友景……あぁ!」


 その名前を聞いて私はすぐに思い出した。

 陰陽師・友種様の言う通り、私たちの柳生一族で陰陽師の家に養子に行った人がいるって聞いたことがある。

 確かその人の名前が友景というのだ。京の方に住んでいて、やんごとなきお方に仕えているから、私は会ったことはないけど、宗矩のお爺様がとても仲が良かったとか……お父様も『友景殿はすごい御仁だ』って教えてくれたことがある。

 その人の、息子?


「幸徳井だとぉ? 友景の息子だとぉ?」

「これ、動くな」

「んがぁ!」


 天狗様は友種様の事を睨みつけるけど、そのたびに友種様は指を振って、天狗様を懲らしめていた。


「全く。いかな理由があれど、女子供に手を出すとは妖怪と言えども卑劣であると心得よ。ましておぬしは天狗であろうに」

「んだ、やめ、やめろ! いてぇんだよ!」


 何度も指を振り下ろす友種様。

 頭を抱えて、うめき声を上げる天狗様。本当に苦しいのか、ずっとうずくまっていた。


「と、友種様! あの、もう許してあげてください!」

「お姉ちゃん!?」


 その光景を見て、私は思わず駆け出して、両腕を広げながら天狗様をかばうように立っていた。

 お竹はもちろん友種様も、そして天狗様も驚いたような様子で私を見ていた。


「て、天狗様がなにをしたのかは知りませんけど、私たち、まだなにもされてませんし……ちょっと脅かされたりはしましたけど、本当にそれだけで……それに天狗様がかわいそうです……」


 私だって、いきなり何やってるんだろうとは思う。

 でも、なんだか、天狗様がちょっとかわいそうだなと思ったんだ。

 だって、天狗様、まだ私たちに何かしてきたわけじゃないし……あ、いや、ニオイを嗅がれたっけ? ま、まぁそれはいいとしましょう。

 だけど、叩かれたりしたわけでもないし、食べられそうになったわけでもない……はず?

 と、とにかく何もされてないんですから。


「ふむ、確かに……君の言う通りだな。私も、少し大人げなかったと思べきだな」


 友種様はまたもフッと笑みを浮かべて、指を振るのをやめてくれた。

 すると、私の後ろにいた天狗様は何かから解放されたように、大きく息を吐いて、ゆらりと立ち上がる。


「なんのつもりだ、小娘」

「なんのって……天狗様がかわいそうだなって思っただけです」


 苦しんでいる人を放っておけるわけがないじゃないですか。

 私は天狗様に駆け寄ったのだけど、天狗様ってば翼を広げて、私を遠ざけてくる。


「よるな。ったく、お前、能天気にもほどがあるだろ。俺様はお前たちを襲おうとしていたんだぞ?」

「でも、まだ襲われていません」

「襲ってたんだよ! 普通はそう思うだろ!」

「襲われてないといったら襲われてないんです! なんですか、その言い草、折角助けてあげたのに、ありがとうの一言もないなんて、大人として恥ずかしいですよ!」

「うるせぇぇぇ! 俺様は妖怪だ、人間じゃねぇんだよ!」


 んま、なんてこと言うのかしら!

 天狗様って頑固すぎる!


「これこれ、二人とも、喧嘩はよしなさい」


 そういいながら友種様は言い争いを続ける私たちの間に入って、私たちの額に人差し指をぴたりとくっつけた。


「ぬ、ぬ!?」

「え、えぇ? う、動けない?」


 その瞬間、私と天狗様はぴくりとも体を動かせなくなってしまったのだった。

 友種様は苦笑いをしながら、シュッとまた指をふるう。さっきから友種様が行っているこの動作、確か陰陽師たちの間では印を結ぶ、印を切るというものだったはず。

 こうすることで、不思議な術が使えるのだとか。

 本当にその通りみたいで、友種様が印を結ぶたびに私と天狗様は自分の意志とは関係なく、真後ろに向かって歩き出す。

 十分な距離を取ったところで、友種様が真上から指を振り下ろすと、私たちは解放された。


「やれやれ、妖怪とはいえ天狗と喧嘩を売る女の子なんて初めてみましたよ……流石は柳生のご息女といったところでしょうか」


 友種様は苦笑いを浮かべながら、小さくため息。

 あれ、もしかして私、呆れられてる?


「ですが、入ってはいけないといわれていた場所に忍び込むはいけない事ですよ。このように、妖怪に襲われてしまうかもしれませんからね。妹もいるのです、姉というのならば、その辺りはきちんと、ね」


 う、友種様の笑顔が怖い……怒っているようには見えないけど、有無を言わさない迫力がひしひしと感じる。

 でも、友種様の言う通りかもしれない。私、自分の好奇心だけで、お竹を連れまわした事になるし、もし本当に危ない目にあったら、それって私のせいだものね。


「はい、ごめんなさい……お竹も、ごめんね」

「いいよ、お姉ちゃん。私も、ついていったし……」


 お竹が私のそばまでやってきて、手を握ってくる。

 さっきまでのやり取りを眺めていて、お竹も不安だったのかもしれない。


「ん、姉妹二人、素直でよろしい。そして、天狗よ」


 友種様はじっと天狗様を見据える。

 天狗様も無言だけど、友種様を睨むようにして向かい合っていた。


「その方の封印、解いてやれとの遺言を父より承っておる」

「なに!」


 天狗様も驚いているけど、私たちだってちょっと驚く。

 天狗様の封印を解くって言いますけど、それって、その、良いんだろうか?


「ど、どういう風の吹き回しだ!? 貴様の父、友景は石舟斎の封印の上からさらに封印を施す始末だったぞ! おかげで俺様は未だにこの岩から遠くへいけんのだぞ!」

「その父より、封印を解いてやれと言われたのだ。だが、条件がある」

「じ、条件だと? なんだ、言ってみろ。自由になれるなら俺様はなんだってしてやるぞ!」

「ならば遠慮なく。天狗よ、人の為になれ」

「なぬ?」


 天狗様は首を傾げる。

 私たちも友種様の言ってる意味がちょっとよくわからなかった。人の為になれって、ようは人助けをしたり、親切にしろとか、そういう意味なんだろうか?

 確かに、悪い事をしたのなら、その罪滅ぼしで良い行いをしなければいけないって話は聞いたことあるけど。


「石舟斎様と我が父友景の施した封印は、解こうと思って解けるものではない。お主が過去の罪を償い、善行を積めば次第に解放される仕組みなのだ。残念であるが、私ではそれを無理矢理解くことは出来ぬ」

「な、なぜ俺様がそんな小間使いのようなことを!」

「石舟斎様の時代では畑で盗みを働き、夜な夜な村人を驚かせた姑息ないたずらばかりしておったらしいが」


 え、天狗様、そんな近所の男の子たちですら今時やらないような事やってたの?

 なんだか想像と違うというか、崩れてきたというか。

 おかしいな、私の中では天狗ってもっとこう、凄い感じだと思っていたのだけど。


「ちょうどよい、そこな姫たちの役に立ってやったらどうだ?」

「え? 私たちですか?」


 いきなり話が向いてきて驚いてしまった。


「左様だ。柳生のお二人よ、この天狗にしてほしい事はないか? 世の為、人の為になるような、善行を積ませてやりたいのだ。さすれば、天狗の封印は解かれていくとは、先ほど説明した通り。どうかな?」

「ど、どうって……どうしよう、お竹」

「どうしよぅ……」


 二人して顔を見合わせて首を傾げる。

 天狗様に良い事をさせる?

 畑仕事とか? うぅん、でも天狗様が出てきたらみんな驚くよねぇ……それじゃお勉強とか? あ、でもお勉強は嫌だな。

 あれあれ? そもそも天狗様って何が得意なんだろう?


「うーん、うーん……」


 天狗様にやって欲しい事、やって欲しい事……。

 あっ!


「ひらめいた!」


 パチンと両手を合わせる。

 私ってば本当に良い事を思いついたの。


「天狗様!」


 私は天狗様の下へと駆け寄った。


「な、なんだよ、なんでそんなに目を輝かせてやがる……」

「天狗様、私決めました! 剣術を教えてください!」

「は?」


 そう、剣のお稽古!

 これなら私たちも大好きだわ!


「だって、天狗様はひいお爺様に稽古をつけていたのでしょう?」

「いや、どっちかというとあいつが勝手に俺を襲ってきたから……」

「とにかく、天狗様、封印を解いて欲しいんですよね? 良い事をしないと駄目なんですよね? だったら、私たちに剣術を教えてくれるってとっても良い事だと思います!」


 うむ、我ながら完璧だと思うわ。


「おー、さすがお姉ちゃん!」


 お竹もぱちぱちと拍手。

 ふふん、もっと褒めなさい。


「ふむ……よいではないか。それでは、天狗よ、この二人に剣術の稽古をつけてあげなさい」


 友種様もうんうんと頷いてくれている。

 やっぱりこの内容で正解だったようだわ。


「ま、待てよ! なぜ教える前提なんだよ、俺は嫌だぞ、こんな小娘どもに!」

「ならば封印はそのままだな。あぁ、残念だ。封印をなぁ、解けるすべを教えてやったというのになぁ、出来んというのならそれまでよなぁ」

「うぬぬぬ……」


 天狗様も頷くしかなかったようだった。


「わ、わかった……やりゃいいんだろ、やりゃあ!」


 こうして、私たち姉妹は天狗様に剣術の稽古をつけてもらう事になったのでした。


「あ、忘れてましたけど、私たちもうちょっとしたら江戸に帰るんですよねぇ?」

「あ……!」


 お竹の言葉に私は固まった。

 そうだった、私たち、ずっと奈良にいるわけじゃないんだった。


「おい、待て。お前らが帰るのはどうでもいいが、俺の封印はどうなる!」

「え、えぇと……お竹、私たちいつ帰るんだっけ?」

「に、二週間後ぐらいかな?」


 たぶん、それぐらいのはず?

 あれ、一週間だったかな?


「ふ、ふ、ふざけるなぁ! 二週間だと? そんなわずかな期間で俺の封印をどうこうできるわけねーだろ!」

「うわぁぁぁん、ごめんなさぁぁぁい!」


 だって、とっさに思いついたのがそれだったんだもん!

 あぁ、だけどどうしよう。


「ふむ、江戸に……ふむ……なに、心配する事はない。私がその辺りはどうとでもしてみよう」

「本当ですか!」


 私たちが大慌てしてる間も友種様は物静かで、冷静で、不敵な笑みを浮かべていた。


「天狗よ、まずは彼女たちに稽古を。二週間であろう? その時、また私も立ち会おう。おぬしの封印、なんとかしてやれるかもしれんからな」

「ま、まことか!」

「陰陽師、嘘は言わぬ」


 そういった時の友種様はなぜかいたずらっぽく笑っていたのを私は見逃さなかった。

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