第4話 剣の道のススメ
天狗様と出会い、稽古をつけてもらうようになって一週間と四日が過ぎた頃。
江戸に戻るまであと三日に迫ってなお、私たちは天狗様の下に通って日々の稽古に励んでいたのです。
朝はお屋敷でお母様のお手伝いとキライな勉強。
お昼が過ぎたらやっと自由な時間ができるから、私たちはすぐさま神社に向かったのです。
「やみくもに剣をふるうなよー筋がぶれてたら意味がねぇからな」
天狗様は岩の上で寝転がってやる気を見せていないけど、稽古は真面目につけてくれる。
諦めの境地という奴なのだろうか。何度追い返されようと私たちはずっと居座るものだから、天狗様も折れて、こうして色々と教えてくれるというわけ。
ま、ほとんど基礎中の基礎ばかりだけどね。
足運びや間合いの取り方、姿勢、剣の持ち方に、振り下ろし方。
なんだ簡単な事じゃないって思う人も多いけど、とんでもない。この基礎の基礎が出来てない人がどれだけいるか!
「剣の筋は垂直じゃねーと余計な力がはいる。肩の力を抜いて、振り下ろす時だけに、瞬間的に力を入れろ」
そう、天狗様の言う通り、剣を振るうのに無駄な力は必要ないんだよね。
力任せに振るう、これも別に間違いじゃないんだけど、ずっと力を入れっぱなしって疲れるよね?
だから、剣を振るう時以外はゆったりと力を抜いて、添える程度に持つ。
これが一番疲れないんだ。
「足運びを雑にするな。体の動かし方ひとつで剣の動きは大きく変わる。ただ歩けばいいというわけじゃない。つま先を意識しろよ」
これもそう。いつでもどの方角に体が動かせるようにしておくのも大切なんだ。
前に進むにしても、後ろに下がるにしても、足の動きがもつれちゃったら意味がないしね。
ただしこれは跳んだり跳ねたりしろって意味じゃないんだ。そんな曲芸みたいな事、やる必要ないし。
ま、でも出来たらかっこいいかなぁ? とは思うけどね。
「あとはてきとーにやれ」
「いやいや、そこからが重要な事だと思いますけど」
「うるせー、基礎練習しときゃいいんだよ。派手な技なんざ必要ないの」
一向にやる気が感じられない姿勢だけど、飛んでくる指摘はどれも的確なんだよね。
それに、なんだかんだと教えるのが上手。ひいお爺様に稽古をつけていたってのはやっぱり本当みたい。
こうやってたまに適当になることもあるんだけど。
「ふん、できるじゃねぇか。一つひとつの動作をしっかりと保て。難しいのはわかるが、やるんだよ」
それに、天狗様はなんだか楽しそう。
「忌々しいが柳生の家系だな。女子だっていうのに、そこらの男子より強いんじゃねぇか? 教えれば教えるだけ飲み込んでいく。天性の才能って奴だな」
口ではなんだかんだ言いつつも人にものを教えることが好きなのかもしれない。
江戸にある柳生の剣術道場の師範たちよりも上手かも?
それにしても、天性の才能だなんて……。
「おだてても駄目ですよー」
本音を言えばちょっぴりうれしいけどね。
「お世辞じゃねぇよ。事実だ。俺はそういう事に関しては嘘は言わねぇし、世辞も飛ばさねぇ。お松、お竹、お前ら才能あるぜ? ま、戦のなくなった世の中、剣の腕がなんの役に立つかは知らねぇがな」
「そりゃそうですよ。私たち、剣術は好きでも、剣で人を傷つける事は好きじゃないんです」
「なんだそりゃ。どういっても剣ってのは傷つけるための武器だ。その術を習うってのはつまり、誰かを倒すためのものなんだぞ? 因果応報って知ってるか? 俺様が言うのもなんだが、そのうちひどい目に会うぜ、お前ら」
そんなことを言う天狗様はどこか遠い目をしていた。私たちに言い聞かせている風には見えなくて、まるで自分に言い聞かせてるみたい。
昔の悪さでも反省しているのかしら?
「それならさっさと勉強しておいた方がずっと身のためだと思うがな」
天狗様の言ってる事はごもっともというか、間違ってないと思う。そりゃ確かに平和になったこの天下泰平の時代に剣術ってどこまで意味があるんだろうって私も時々思う。
それでも、剣術って色んな事に通じてると思うんだよね。
「難しい事はよくわかんないけど、心と体を鍛える事は無駄じゃないですし、剣術で習った姿勢や体の動かし方は普通に生活するうえでも大切な事だと私は思うんです」
「だったら別に剣じゃなくてもいいだろ?」
「まぁ、そうなんですけどね……でも、私、うぅん、私たち柳生の人って、剣が大好きなんです」
私はお竹を見た。お竹も私と同じ考えだったらしく、にっこりと笑ってくれる。
おかしい、変な考えって思われるかもしれない。
でも、不思議と、私たち柳生の一族はみんな剣が大好きなんだよね。
ひいお爺様も、お爺様も、お父様もおじ様も……私たちがあったことのない親戚たちも、みんな、柳生の人は剣が大好き。剣を通じて、いろんなことを学んでいるんだ。
「だから、私は剣術を通じて色んな事を学びたいし、知りたいんです。どんな事が学べるのかは、ちょっとわからないですけど、無駄じゃない、これだけははっきりと言えますから」
「石舟斎の野郎もそうだったが、お前ら柳生の連中の考える事はわかんねーな」
「えへへ、よく言われます」
だって普通に生活する分には剣術って必要ないものだもの。
でも、だからこそ、好きでやっていて、好きだからこそ何か学べるものがあるんじゃないかって思える。
好きな事を、好きなようにできるってとっても良い事だと思うな、私。
「ふん、まぁいいさ。お前らとはあと数日でお別れ。中々良い暇つぶしにはなったが、これで肩の荷が下りるってもんだ」
あー、そういえば天狗様ってこの岩から離れられないんだよね。
てことは、もう天狗様に稽古をつけてもらうってもうできないのかぁ。
でも、そうなると天狗様の封印ってどうするんだろう。何か良い事をしないと封印は解けないって友種様は言っていたけど。
「ほれ、今日は帰れ」
天狗様は羽を器用に使って、私たちをせかすように押し出していく。
気が付けばお空の太陽も傾き始めていた。夕暮れにはまだ早いけど、そろそろお屋敷に戻らないとまたお母様からおしかりを受けちゃう。
私たちはきちんと天狗様にお辞儀をしてから、神社を後にしたのでした。
「……二度と物事は教えねぇって決めたんだがな」
その時、天狗様が何かつぶやいたように聞こえた。ちょっと振り返ってみると、既に天狗様の姿はなくて、ぽつんと一刀岩だけがそこにあった。
天狗様は神社のどこかに住処を作ってるらしいのだけど、そこに帰ったのかな?
それにしても、さっきの言葉、一体どういう意味だろ?
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