第5話 霊剣、その名は村正!?

 さてさて、江戸に帰る前日の事。

 当然と言うべきか、私たちは最後の稽古のために神社までやってきたのだった。


「あれ、友種様?」

「やぁ、お松、お竹、ちょうどよかった」


 すると、そこには友種様と、相変わらず岩の上でぶすっとしてる天狗様の姿があった。

 友種様は、しばらく柳生の里に滞在していたようなんだけど、どこで何をしていたのかは私たちもさっぱりだった。

 お寺を回ったり、里の老人たちと何やら難しいお話をしていたらしいけど、私たちはお母様から邪魔をするなと言われていて、様子を探ることもできなかった。


「明日、江戸に戻るのでしょう? 私も京に戻らねばならないので、急いで準備をしていたのですよ」

「準備? そういえば、天狗様の封印をどうにかすると」

「うん、その事でね」


 友種様はにっこりと笑うと、天狗様を見上げた。


「ふむふむ、封印の力が弱まりつつあるね。天狗よ、真面目に稽古をつけてあげた様子だな」

「ふん、所詮暇つぶしよ。ま、存外楽しかったが、それだけの話だ。あの小娘どもは明日江戸に帰るのだろう? なら俺様の役目は終わりってわけだな」

「そう不貞腐れるな。言っただろう、陰陽師は嘘をつかぬと。お前の封印を解く手助けぐらいはしてやるさ。お松、ちょっと手伝ってくれないかな?」


 友種様に手招きをされて、私は一刀岩の切れ目の前に立つ。お竹も私の後ろについてきていた。

 いつ見ても凄い切れ目だ。

 あれ? よく見ると、切れ目の中になにか光るものが見える。


「なになに、お姉ちゃん。何が見えるの?」

「んー……なんだろう、金属かな?」


 まだ背の小さいお竹は後ろでぴょんぴょんと跳ねながら隙間を覗き込もうとしていた。

 私もちょっと背伸びをしないとよく見えないのだけど、あのキラキラと光るものはなんだろう?


「気がついたかな? あれは、刀の剣先だよ」

「刀ですか?」


 友種様に言われてみると、確かにそうだ。

 岩の切れ目の奥底に折れた刀の先っちょがある。深く食い込んでいて、おいそれとは取れないような感じだけど、確かに刀があった。

 岩に突き刺さり、折れた刀……ピンとくるものは一つだけだ。


「お姉ちゃん、もしかしてその刀って……!」


 どうやらお竹もわかったみたい。


「うん、ひいお爺様の刀!」


 私たちの答えに友種様はにっこりと笑って頷いてくれる。


「そう。柳生宗厳様が天狗を封印するときに使った刀の破片さ。実は、あれこそが天狗の封印の要となっているんだよ」

「封印の要……もしかして、天狗様って一刀岩に封印されているんじゃなくて、あの先っちょに封印されているんですか?」

「正解」

「まことか……」


 これには天狗様も驚きの様子。

 というか、気が付かなかったんだ。


「半ば岩と一体化しているようなものですからね……さ、お松。この岩の切れ目に手をかざしなさい」

「え、はい……」


 言われた通りに右の手のひらを岩の切れ目にぴたりとくっつける。ひんやりとした感触だけがある。


「そのまま、動かないで」


 そう言って友種様は両手を合わせて、ぶつぶつと呪文のようなものを唱えながら、印を結び始める。


「……朱雀・玄武・白虎・勾陣・帝久・文王・三台・玉女・青龍……」


 九つの言葉に合わせながら、手の形を変えていく。

 これ、九字って奴だ。お父様もたまに訓練の前に唱えていたのを覚えてる。その時はもっと別に言葉だったような気がするけど。

 とにかく、友種様が九字を唱え出すと、じんわりと手のひらが熱くなってくるのを感じた。


「……終わりだ。お松、手にもっているものをご覧」


 言われて、私は自分の右手を見てみた。


「え! これって……!」


 手のひらが熱くなった以外に、光ったり衝撃が飛んでくることもなく、なんだか拍子抜けするような感じで終わったと思ったいたのだけど、いつの間にか私の右手には刀の先っちょが収まっていた。さび付いていて、刃こぼれもひどい、こんなんじゃ切る事も突くこともできやしない。

 でも、なぜだかボロボロの刃先からは未だにじんわりと温かみが宿っていた。


「そう、これぞ柳生宗厳様がお使いになった刀、その一部分です。ですが、このままではただの錆びた残骸……ですので」


 友種様はボロボロの刃先を手に取り、指で文字をかくようになぞっていく。


刀剣浄化とうけんじょうか急急如律令きゅうきゅうにょりつりょう!」


 呪文を唱え、錆びついた表面を強くこするように払うと、どうだろうか!

 一瞬にして錆ついていた刃先がピカピカに磨き上げられて、光を放っているのです。

 そして友種様は、袖から小さな鞘を取り出し、その中に刃先を収めて、柄で蓋をする。

 それは侍様がたずさえる小刀のようなものだった。

 柄が収まると、かちり、とまるでカラクリみたいな音がしたと思ったら、友種様は再び柄を引き抜く。


「わ、小刀になった!」


 一体、どんな方法を使ったのか。ただの折れた刃先は、いつの間にか見事な小刀となって姿を現した。すらりと鋭く、鈍色だけど決してくすんだものじゃなく、ぴかぴかと光沢を放つ小刀。

 本物の刀なんて数回みた程度だけど、それでもわかる。これは、とっても良いものだ!


「お松、これをあなたに」

「え、え! でも、これって……」

「良いのです良いのです。もとよりこの刀は柳生のものですから。はるかな時を経て、本来の所有者の手に渡ったのですから」


 友種様に手渡された小刀は持てないわけじゃないけど、ずっしりと重かった。


「その刀の名を教えましょう。柳生宗厳様が振るい、天狗を封じ込め、巨大な岩を切り裂いたその刀の名は……村正むらまさ!」

「む、村正ぁ!」

「えぇぇぇぇ!」


 私たちは目を大きく見開いて驚いた!

 だって、村正だよ? 日本随一の刀匠・村正が作り上げた刀ってことだもん!

 村正様が作る刀はとってもよく切れて、昔の戦国武将様たちも好んで使っていたぐらいなんだって聞いたことがある。

 江戸を治めた初代の将軍様、徳川家康様もこの村正の刀を愛用していたんだ。


「なにぃぃぃぃ!」


 天狗様も驚きだ。


「よ、妖刀・村正で俺様を切りつけてやがったのか石舟斎の野郎!」

「お姉ちゃん、天狗様ってばなんであんなに驚いてるの?」

「うん、村正って刀はね、すごく有名で色んな人たちが使っていたんだけど、同時に怖いうわさもあるんだ。持ち主を呪うとか、不幸を呼び寄せるとか……」


 そう、村正の刀はよく切れる刀という以外にもそういった噂が流れる逸話みたいなのがあるんだ。


「えぇ! そんなの持ってて大丈夫なのぅ?」

「多分、だって噂だもん」


 そもそも、その怖い噂も村正の刀が多く広まったせいだってお父様から聞いたことある。たくさんの人が村正を使うから、何か事件が起きるとだいたいみんな村正を持っていたってだけで……。


「はっはっは、よく勉強していますね。確かに色々な噂はあります。とはいえ、その殆どがただの噂……ですが、そのうちのいくつかには本当に破邪、つまりは邪気などを払う力があるのです。この刀も、そのうちの一本というわけですよ」

「へぇ……やっぱり凄い刀なんですね」


 いつの間にか村正の小刀からはさっきまでのぬくもりは消えていた。

 私はもう一度、鞘から引き抜いて刀身を眺めてみる。私の顔が映りこむぐらいにピカピカしていた。

 不思議と吸い込まれるような刀身、軽く触れただけでも指先を切ってしまいそうな鋭さもある。


「村正を持ち出すとか……石舟斎め」


 そんな小刀をいまいましげににらみつける天狗様。

 まぁ、自分を封印した刀だから仕方ないのかもしれないけど。


「それだけ本気だったという事でしょう。あなた、心当たりがあるのでは?」

「知るか!」

「ふむ、ま、今はその辺りを追求する時じゃないですしね。とにかく、これで私の役目は終わりです。お松、その小刀は大切にもっていなさい。必ずあなたを助けてくれるでしょう。そして天狗よ、これにておぬしはこの岩、神社から解放された。しかし、未だ封印の途中であることを忘れるでないぞ。私が申した通り、善行を積めば、いずれ封印は解ける」

「わぁってるよ! 窮屈な神社から抜け出せるってだけでも感謝はしてんだからな。ま、ありがとうよ」


 これは以外!

 天狗様って素直にお礼が言えるんだ!

 ちょっと照れ臭いのかそっぽを向いているけどね。


「んだよ、何笑ってんだ、お松」

「え? うぅん、何でもないよ!」


 えへへ、思わず笑っていたのがばれてたみたい。

 私はちょろっと舌を出してごまかす。


「それより、これで天狗様もお江戸に行けるってことですよね?」

「そうなります。そして、その刀にはいまだ破邪の力が残っています。ま、お守りのようなものと考えなさい」


 お守り、村正のお守りかぁ。そしてひいお爺様の形見ってわけでもあるんだよね。

 私たち柳生一族にとってひいお爺様はとっても凄い人だし、これってもしかしなくてもかなり貴重なものだよね?


「いいのです。それはもともと、あなたたちに授ける予定のものでしたので」

「そうなんですか?」


 私たちのもの?

 なんでだろう。こんなに貴重なもの、本当なら生きているうちにお父様か、それか宗冬のおじ様のものになると思うのだけど。


「理由はわかりません。父、友景は隠し事が好きな人でしたのでね。とはいえ、父の遺言ですから。確かに、授けましたよ?」


 友種様はお辞儀をして、その場を去っていった。何だろう、なんだか不思議な感じがする。どうして、私たちにこの刀が……会ってこともない友景様は一体どういう理由で?

 色々な事を考えていると、ずしりと小刀の重みが増してくる気がする。

 小刀を胸に抱きかかるようにして抱えながら、私は去ってゆく友種様の姿を見送る。

 なんだか変な感じだけど、とにかく明日、私たちは江戸に帰るのです。


 それが、まさかあんな事になるだなんて、この時の私は思いもしなかったのです。

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